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屋久島訪問記

巨樹に興味を持つようになると、誰しもが行ってみたい・・・・そう思わせる地が日本にはある。
そう、屋久島である。
黒潮の真っ直中に花崗岩が隆起して出来た島であり、九州最高峰の宮之浦岳(1935m)を擁し、海中から忽然とそびえ立つ様と、九州内にある山々よりも、この小さな屋久島の山の峰々の方が遙かに高く険しいことから、洋上のアルプスとも呼ばれている島だ。
そしてその屋久島の観光の主役は、なんといっても縄文杉なのである。
縄文杉・・・ロマンを感じさせるそのネーミングも、縄文時代からの生きた化石であるということから名付けられたとされており、何とも妙を得た名前である。この名前のインパクトの強烈さも、屋久島への憧れを増幅させている一因のようである。

1993年に屋久島の原生林が世界遺産登録されて以降、屋久島へ向かう観光客の急激な増加が始まり、折からのエコブームに乗って観光客の多さはとどまることを知らない。
屋久島には縄文杉のみならず、紀元杉や大王杉といった縄文杉に負けず劣らずの大杉たちも存在しており、車で気軽に訪問できる木々が点在しているのも、観光客がここまで押し寄せるようになった要因の一つであろう。

もう16年ほど前になるだろうか、私は屋久島がまだ世界遺産に登録される前に縄文杉に会いに行ったことがある。
当時は縄文杉目当てで訪れる観光客はまだまだ少なく、宮之浦岳への登山者の単なる通過点という印象が強かった。
実際写真撮影のため縄文杉に1時間ほど滞在していたのだが、縄文杉が目的で訪れた方は5名ほどしかいなかったのを思い出す。
2007年5月の連休後、そんな縄文杉に、ひょんな事からに再び訪問することとなった。

私は八王子市にて「巨樹を訪ねる」というカルチャースクールの講師をしており、普段は関東近辺の日帰りツアーを企画、引率するだけなのだが、受講する方たちのほとんどの方は講習を重ねていくうちに、東京周辺の巨樹だけでは満足できないようになってしまったようなのだ。
必然的に屋久島に行きたい、縄文杉に会ってみたい、との声がどこからともなく聞こえてくるようになっていた。
やがてその声が皆の共通した意見となり、事ある毎に屋久島は・・・などという雑音(笑)が聞こえ、見て見ぬふりもできなくなってしまってきたのである。
そこでここは一発、参加したい有志を募って少人数の屋久島観樹行を企画することになったのである。
当初は5、6名が参加するだけだろうと軽い気持ちで考えていたのだが、いざ募集してみると参加人数はたちまち10名を突破。
最終的には15名もの応募があり、巨樹好きな者にとっての屋久島は、まさに特別な憧れの地であることを嫌というほど思い知らされる結果となったのである。
これははっきり言って、個人が企画する旅行の限度を超えており、格安の旅行業者とのコネがないと非常に厳しい状態となってしまった。
旅行会社の企画するツアーの場合、高齢者や足腰の弱い方々には縄文杉まで行くのはかなり厳しいらしく、早い話が健脚の方限定なのである。
途中で落後したならその場で「一歩も動かずに待っていてください」とまで言われるツアーもあるそうだ。
今回参加を希望しているカルチャーの皆さんは、当然ながら第一線から退き、リタイヤされた方が中心となる集団である。
何とか参加者全員を縄文杉まで連れて行ってあげたい・・・・そんな考えを中心としてプランを練ってみた。
時間やペース配分にも配慮することはもちろんのこと、屋久島の主だった観光地はほとんど網羅しつつ、アコウやガジュマルなどといった陽の目を見ない巨樹もツアーに取り入れ、まさに巨樹好きのための巨樹優先企画といっても良い内容に仕立て上げた。


5月14日 いざ屋久島へ

旅行初日は早朝の羽田空港での待ち合わせである。
大人数となったため1便だけで鹿児島に向かうことはやはり無理で、2便に分かれて中継地の鹿児島空港に向け出発することとなっていた。
鹿児島空港からは両班合流して、例の車輪の出ない恐れのあるプロペラ機に乗って屋久島に向かうこととなる。

先行した1班は、鹿児島空港での屋久島便乗り継ぎに2時間ほどの余裕があるため、車で20分ほどで行くことのできる「蒲生の大クス」を見学することとなったそうである。(私は第2班のため同行できず)
M氏とA氏が先導のもと、客待ちのタクシーと交渉をして格安の条件を引き出すことに成功したというのだ。
少しの時間も惜しんで日本一の巨樹をも見てこようとするバイタリティーには敬服するしかない。
そして90分ほどの後、彼らは興奮冷めやらぬハイテンションのまま、後続の2班が待つ鹿児島空港出発ロビーに意気揚々とした姿で戻って来たのだった。
もちろん2班のメンバーは誰しもが、「あいや〜、やられた・・・」と心の中で叫んだであろう。

屋久島行きのボンバルディア機は想像以上に綺麗な飛行機であった。
まだ新車の香りが残っており、室内のアイボリーホワイトの色も清潔感が漂う。
鹿児島空港に来て天候も完全に回復し、抜けるような青空の下ボンバルディア機は滑るように鹿児島空港を離陸し屋久島を目指す。
桜島と大隅半島をかすめて順調な飛行を続け、窓の景色も雄大である。
かつてのYS11を知る者にとっては隔世の感を禁じ得ないであろうか。

ちょうど私が座った座席は主翼の真下で、目の前が車輪という場所であった。
やがて屋久島空港が視界の中にも捉えられ、いよいよギアダウンの時が訪れた。
「グオーン」という機械室からの音と共に車輪が無事に降りてくる。
思わず心の中で、「おおっ、車輪が出たではないか!」とつぶやくと同時に、少々安心したのもいつわざる心境であった。
搭乗時は緊張が払拭されないままであったが、後から考えると天候も抜群で、景色も十二分に堪能できた空の旅であったように思われる。
林芙美子は著書の中で「屋久島では一カ月に三十五日も雨が降る」と記したほど雨の多い屋久島だけに、雨は当然全員覚悟の上での参加であったが、当日から天気は回復傾向となり、連日天気には恵まれたのは幸運であった。

屋久島上陸

飛行場を一歩出ると亜熱帯独特の太陽が一行を強烈に照らしつける。関東とは違い、屋久島はやはり南国である事を肌で実感する瞬間だ。ここからはレンタカーに分乗し、いよいよ屋久島の巨樹巡りのスタートである。
借りたレンタカーはビッツ、フィット、それにワゴン車のステップワゴンである。
3日間だけの行程で、しかも車の移動距離はそれほどでもない。
しかし、後から考えるとワゴン車に乗った方が一番楽であったようだ。
私がワゴン車で先頭を切って走るのだが、交通量が少ない上、快適な道と来ている。
知らないうちに結構なスピードになっているわけで、乗用車に乗った女性の方は何名か気分が悪くなっていたそうである。

少しの時間も惜しむように飛行場からもっとも近い紀元杉に向かうが、途中の照葉樹があまりにも綺麗で、つい車を停めて見入ってしまう。





この時期はシイの新緑が目に眩しく、黄色みがかった独特の色を見せているのだ。
全員が最高の笑みを見せており、憧れの地屋久島に降り立ったんだ!ということを実感している様子だ。
さらに山奥へと入り込み紀元杉も間近となるが、ここでヤクザルがお出迎えてくれた。
親子連れを含め10匹ほどが道をふさいでこちらを見ている。
人を恐れず、車内を食い入るように見つめてくるのだ。
屋久島のサルは人慣れしているため、隙を見せるとボンネットに乗ってくるので挨拶程度にとどめ、さらに奥を目指す。

紀元杉は根元まで観光道路が通じており、手軽に出会える屋久杉として人気を博している。
いざ到着してみると大型観光バスが2台先着しており、大勢の観光客で賑わっている最中であった。
バスガイドがしきりに解説しているので、我々もバスの客のふりをして聞き入ることにするが、そこはガイドも慣れたもの。苦笑いしつつも親切に解説を続けてくれ、我々の一部のものが投げかけた質問にも快く受け答えしてくれた。



紀元杉は樹齢3000年とも言われており、屋久島の中でも一、二を争う樹齢を誇っている老スギである。
樹齢がはっきりとしない縄文杉よりも、こちらの方が古いのではないかとの声も聞くほどである。
梢の先端は落雷の影響だろうか白骨化が進行しており、いっそう樹齢の古さを感じさせてくれる姿だ。
根元には木道が巡らされており、手を伸ばすと何とか樹皮に触れることができるが、その部分の樹皮は触られることによって光沢をおびている。
いかに大勢の観光客が紀元杉に訪れているのかを知ることができそうだ。



事実、縄文杉に行くのはちょっと無理かも知れないと思われている方々は、この紀元杉に会うことにより屋久杉の大きさを実感しているのだという。
屋久島初日、しかも最初に出会った巨樹が紀元杉・・・・あまりにも素晴らしいスギを最初に見せたのは失敗だったか?と脳裏をよぎるが、続く川上杉でも全員のハイテンションは一向に衰え知らずのままで、心配はすべて杞憂に終わった。



川上杉は島内では非常に端正な姿ともいえるスギで、根元より見上げる姿はかなりの迫力ものである。
林道が通ってからはまともに陽が当たることとなり、樹皮が白く日焼けしているように見えるのが可哀想ではある。このスギは林道新設の際、(昭和48年)計画したコースの真ん中に立ちはだかるように立っていたという。
当時の考えならば有無を言わさず伐採なのであろうが、当時の営林署職員川上氏の決断により路線を変更し、迂回の処置がとられたという。
このことから「川上杉」と命名されたのだ。

その後ヤクスギランド内の散策となり、仏陀杉やくぐりツガ、双子杉などを見て回り、屋久島原生林の魅力をたっぷりと満喫していただいた。



かつては島内最大の観光地であったヤクスギランドであるが、現在は苔生した湿潤な森と、もののけ姫の森などというネーミングなどで一躍有名になった白谷雲水峡に後塵を拝している状況だ。



初日からかなりハードな強行軍ではあったが、全員が大満足で宿泊先のホテルへとたどり着き、屋久島最初の夜を迎えることとなった。

さて、明日はいよいよ縄文杉との対面である。

 


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