上越市の巨樹たち         10月15日


夜のうちに上越市虫川大杉駅まで移動をしておく。
夜の移動は大変便利である。渋滞もなく、峠道を走るにはもってこいなのだ。
高速を使いたくない自分にとっては、時間の節約もバカにならない。
虫川大杉駅に着いたのは日付も変わった午前1時頃。
駅近くの寺の境内で一夜を明かさせていただき、7時に起床する。
駅の洗面所で朝の恒例の行事を済ませ、真新しい駅の中を散策する。
ほどなく、特急はくたかが通過するとのアナウンスが流れる。このほくほく線は国内最高速度の運転をしているところで、160km運転をしているのだ。早速駅のホームで160kmで通過する特急を眺めさせていただく。う〜ん、さすがに速い。

今日は一転して雨模様。しかもかなり雨足は強そう。
曇りから小雨に限っていえば樹の撮影には大変適しているのだが、気分的にはやはり滅入ってしまう。
そんな中、虫川の大杉に向かう。
虫川の大スギはすぐ近くにあり、訪問すると高校生軍団が樹を取り囲んでにぎやかなこと。






約15年ぶりの訪問なのだが、かつて見たときの印象とかなり違っている。
スギが元気になっているのだ。
当時、もっとも目に付いた悪役の見栄えの悪い真鍮板は新しいものに取り替えられ、大穴もきっちりとふさがれている。境内も綺麗になっており、スギが喜んでいるように見える。
樹木医の丁寧な治療痕もあり、このスギはよい樹木医に担当してもらったようだ。
樹木医によっては、本当に治療しているの?なんて思われるものも多数あるので、市町村で担当の方は注意が必要だ。
雨が降ったりやんだりで撮影にはかなりの時間を要したが、なかなか良い撮影ができたようだ。

この虫川の大スギと山を一つ隔てて坊金の大スギがある。






ここも15年ぶりの訪問となる。
当時は道も整備されておらず、軽トラがようやく通るような山道を行ったものだった。
当時の私の小さな車でも曲がりきれずに、「お、おちる〜」などと連発しながら登って行った道とは雲泥の差である。
いまだにダートではあるが、道幅が広く、終点には駐車場までできているのにはビックラこいた。
周囲にはロープが張り巡らされているのは致し方ないが、いまだ元気そうにしているのを見て、ひとまず安心だ。
ただ、下方より望む姿がかつてより横に広がったようで、もう高さを成長させる活力はすでに失われてしまったようで、老齢期に入ったことを知らせてくれている。
駐車場にはクルミが山のように落ちている。だが、誰も拾うものはいないらしくわびしさが漂う。ここにはリスも来ないんであろうか。



山を降り、道の駅「雪のふるさと安塚」を目指す。
目的はコシヒカリだ。
ここは魚沼ではないが、隣の大島村がもっとも美味しい米を産する所だと聞いたことがあるので、その隣町なら間違いなく美味しいだろうと思い、農家直売の米を目当てに行ってみたのだ。
5kgで6000円。
高いか安いかは食って見なきゃ分からない。
お土産と共に、10kgを買い込んで道の駅をあとにする。
結局家に帰ってから食べた印象は、今までの米で間違いなく一番美味しい米だった、と報告しておきましょう。




今日の目的は残り櫛池の大杉だけだ。
その途中、地図上に旧牧村のケヤキの印があり、ちょうど通り道でもあり、寄ってみることにする。
途中に見かける土蔵などは、全て地上3mくらいの所から出入りできるような仕組みになっており、雪の深さを伺わせる。
そして高尾集落のど真ん中にケヤキは立っていた。
かなり痛んではいるが境内も綺麗で、住民の保護意識の高さを伺わせる。
そして旧清里村の櫛池の大スギに急いで向かう。もう日没はすぐそこまで迫っている。
ほぼ日没と同じくして櫛池に到着。
集落に着くとひときわ高い梢が眺められ、ひと目でそれと分かる。スギはだいたい目立つので発見しやすいのだ。中には例外もあるのだが。


遠目には素晴らしいスギに見える。
実際近寄っても素晴らしいのだが、如何せん暗すぎた。
デジカメ故になんとか撮影はできているが、同時に撮影したポジはまったく使い物にはならなかった。色温度が高すぎて、真っ青になってしまうのだ。
このスギは雰囲気は抜群なので、また来ることになるであろうか。
やがてあたりが暗くなってくる。
お腹もすいたし、温泉にも入りたい。
道行く人に温泉の所在を聞くと、この山の上に温泉ではないがお風呂の施設があるそうで、早速車を飛ばす。
坊ヶ池のほとりにある宿泊施設で、結構新しい施設のようだ。
こんな山の中にも関わらず、駐車場には10台以上の車が止まっている。付近では評判の施設なのだろう。
風呂から出て駐車場に戻ろうとするも、とんでもない土砂降りだ。
しばらく雨宿りするも一向に降りやむ気配はなく、走って車まで戻る。
さあ、明日はいよいよ帰る日となってしまった。
越後湯沢あたりまで移動しておかなければならないが、その前に腹の方がかなりヤバイ。どこかで食糧補給が急がれる。

牧村に出て国道を走っていると、役場ちかくにラーメソ屋発見!
詳細は柳島678、ラーメソてるちゃん。
あまり期待しないで入ったのだが、出てきたラーメンはとんこつ味。
これがまた絶妙で、今まで九州で食ったどのラーメソよりもはるかに美味い。
これはいいものを見つけてしまった。新潟に来たときには、次回も是非立ち寄るべき地点に登録だ。
腹もくっちく満たされ、一路越後湯沢方面を目指す。
山古志村のことがかなり気に掛かっているので、できるものであれば山古志で一夜を明かそうと考える。しかしこの考えはもろくも崩れ去ったのである。
山古志方面へ通じる道が、ことごとく通行止めなのだ。
結局越後川口の道の駅で一夜を明かしたのだが、国道沿いにある道の駅にしては珍しく、トラックがまったくいなくて快眠できたのである。
おそらく駐車場が狭いために、こういった現象が起きているのだろう。マイカー族にとっては大歓迎だ。


中越の巨樹たち          10月16日


道の駅を出てから堀之内町にある羽黒山神社のスギを見に行く。
信濃川対岸に渡りたいのだが、道路があちらこちらで寸断されたままの状態で、かなり遠回りしなければ行けないことが分かる。
さすがに国道優先で作業しており、一歩脇道に入るとまだまだこのような状況なのだ。


羽黒山神社は関越道の崖上にあり、高速の建設によって境内が狭くなり、本殿を200mほど離れた集落内に移設した経歴を持つ。 中越地震では高速道路の上にある旧境内はまったく被害を受けなかったのだが、里に移した本殿は結構は災害を被ったそうで、 本殿を移し替えたとはいえ、神様はやはり元の地におわすということなのだろうか。



根元では地元の方々が草刈りの作業に従事している。
総代の方によると、新潟県でも有数のスギだけに県指定天然記念物として指定できないものか検討を重ねてきたそうである。
しかし、新潟県には立派なスギが目白押しであり、私が思うに県指定天然記念物になる可能性は低そうに感じられる。
あとは地元の方々の熱意だけであろうか。



スギの裏手に回ると自然のままの森が広がっている。
奥からのカットを撮影しようと足を踏み入れると、しっぽの長い珍しいクモに遭遇。
なんといっても暗い。ISO感度をめいいっぱい上げての撮影だが、なんとか撮れてしまうのもデジカメのすごいところだ。
さて、まだ午前中である。
このまままっすぐに東京に戻るのはつまらないので、ちょっと寄り道しながら帰ろうと思う。
地図を見ながら検討し、まだ行ったことのない小貫諏訪社の大スギへと向かうことにする。




浦佐のあたりから県道58号線に分け入る。
直線距離にすると6kmほどしかないので、あっさりと到着してしまった。
スギの所在もすぐに分かってしまった。
まさに雄大なスギで、下部より出ている大枝がアクセントとなり、非常に良い樹形をしている。
梢の先端が成長を止めているようで、樹高の増加は見込めないが、幹の太さはまだまだ成長しているようで心強い。
根元は震災による土砂の流出防止であろうか、ホームレス御用達ブルーシートが一面に敷き詰められていたのが気に掛かるところだ。
十日町市をあとにして大和町に抜ける。
後山集落に大ケヤキがあるためだ。



新潟県らしく、水田のところどころは鯉の養殖池となっている。
その表面に鷹よけだろうか、ネットが張ってあるが、そのネットにこの夏に引っかかったであろうカブトムシの遺骸がそのままになっていた。
町には人の姿が見あたらないし、侘びしさが際だつなぁ。



後山のどこを探しても大きなケヤキの姿が見あたらない。
ようやく見つけた第一村人に聞いてみると、数年前に枯れてしまって現在は伐採して切り株だけが残っているとのこと。
その神社に行ってみると確かに切り株は残っていました。
かなり大きなケヤキだったようで、とても残念なのです。
一方、境内の中心には若いスギが生長しており、これからのご神木の役目はこのスギが果たすのであろう。
スギの根元には若いスギの実生がたくさん出ており、いかにも若い活力あるスギであることを知らせてくれている。




静寂な境内で撮影をしていると、村内にいきなりの大音響がこだまする。それは選挙カーなのであった。
村の一大事とばかりに数人の村人が出てきて演説を聞いている。かなーり真剣な表情である。
村人よりも立候補した候補者側の方が人数が多そうであったのには笑ってしまったが。
まったくの地域外住民である自分にもぺこぺこ頭を下げていたが、果たして理解しているのであろうか?それとも完全に住民と同化していたのだろうか??
時間も夕方となり、いよいよ帰ってくる時間になってしまった。楽しかった旅もこれで終わりだ。
明日に疲れを残さないため、珍しく羽生まで高速を使ってしまった。
早い話、三国峠を越えるのが億劫だっただけの話なのだが。
うまいこと渋滞を避け、家に着いたのが21時頃。
予想に反して全走行距離は1000km強と、長い休みの割には短い距離であった。
ここ数年の傾向として、一本の樹には数時間滞在、ともすると一日いてしまうこともあるから距離は必然的に減ってくるだろう。
若い頃のように、体力任せで長距離を移動・・・なんて荒技も使わなくなった。無理が効かなくなってきたと言った方が正解だろうか。
2005年の10月は、この旅行以外にも秋田県のネズコ、福島県のブナ、
富山県でのオフ会など、会社にいるよりも地方で過ごしている時間の方が圧倒的に多かった。
この旅行後、情けないが体調を壊してしまった事を付け加えておこう。

 

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