奈良、和歌山へ 

2002年11月3日〜

11月3日

7月になんとなく社会復帰をはたして4ヶ月。ようやく連休がとれ撮影旅行へと行けることとなりました。
計画では飛騨から能登方面へと考えていたのですが、急激な冬型の天候にそれも阻まれてしまい、南へと逃げるトホホな旅となってしまいました。
それでも諦めきれずに、初日は意を決して木曽福島から御岳経由で石徹白へと抜けるつもりでいたのですが・・・。

土曜日に定時で会社から帰ってきて、準備を整えてから就寝。夜中の1時頃に出かけようと思っての行動。
ところがどっこいい!目を覚ますと朝ではないの。日差しの何とまぶしいことかぁ。
かなりの落胆を伴いながら、しかたなく出発。 (´・ω・`)ショボーン
もう陽も高いことだし、西に向かう際にはよく立ち寄る上野原町の軍刀利神社へと向かう。

ひそかに黄葉を期待しての訪問だったのだが、遠方からちらっと姿が見えたその瞬間に、はかなくもその夢は砕け散った。
その代わりといってはカツラに失礼だが、カツラの良い香りがあたりに充満し、まさに合法ドラッグとさえ言ってもいいような濃密さだ。しばらくはこのすてきなカツラからのプレゼントに浸ることにしたのである。

根元にある石碑には賽銭が無造作においてあり、その中にはなんと10銭硬貨が供えてある。どういった方が供えていったのだろうか?

カツラに別れを告げ下山していくと、正面からカメラを抱えた男性が息も絶え絶え登ってくる。
話を伺うと、ムカシトンボの生態を記録なさっておられる方で、カツラから流れ下る川にはムカシトンボが生息するのだそうだ。今日登ってきたのはトンボのためではなく、カツラを愛でに来たそうで、四季折々の表情を撮影なさっているそうだ。
このカツラは雄株で、春には真っ赤になるということもお教えいただき、その際には連絡を差し上げましょうか?とまで言っていただき非常に恐縮してしまった。

高速を使わない主義のため、時間の限られた旅は日程的にとても苦しい。贄川のトチあたりまでは、明るいうちに着けるだろうと計算していたのであるが、とんでもなく甘いことを思い知らされた。考えてみたらもう冬至の時期だ。16時を過ぎると夕闇が迫ってくる。山のなかでは15時を過ぎると薄暗くなってくるから更にたちが悪い。
木曽谷に入った頃にはとっぷりと日も暮れ、気温も5℃まで下がってきた。小雨が降ってはいるが、なんとか影響なく走れそうで、石徹白行きを決行することにした。今宵は御岳へ抜ける361号線地蔵峠手前で寝ることにする。
寝袋に潜り込むと、旅行に来ているという実感が何ともいえない。あたりの気温は3度まで下がっているが、凍結しないことだけを祈りながら眠りに落ちる。

11月4日

朝、目が覚めると一面の銀世界。
地蔵峠越えは無理と判断。御岳の勇姿も、またのお預けとなってしまった。
ゆっくりと慎重に坂を下り、19号線に出るともう一日分の力を使い切ったかのようにぐったり。
もしかしたら飛騨に行けるのではないか?と考えていたのだが、考えが甘く敗北感に襲われた瞬間でもあった。
19号線に出てからは天候も徐々に回復し、中津川を通過するころには青空も顔を覗かせるようになった。
急遽予定が狂ってしまったので何処に行くかは決まっていない。地図と睨めっこしながら行き先を決めなければならないが、瑞浪市に良いスギがあるのを思い出した。大湫宿にあるスギがそうで、なかなか迫力あるスギの一本だ。岡山県にある「社の大杉」と似た雰囲気で、好きなスギの一本。

  

鳥居側から見た傾き具合といい、樹皮のてかり具合といい、是非庭に一本欲しい!なんて叶わぬ夢を見ながらの見物です。
激しく雲が往来し、今にも泣き出しそうだった空がついに泣き出した。猛烈な雨!?とおもったら、何と雹が降ってくる。これはたまらんとばかりに神社の屋根の下へと避難するが、ほんの5分ほどで止んでしまった。
スギの根元には、その名残が・・・・。

大杉の根元にはなにやらURLが書き込んである。あれっ!ここと同じドメイン名だな?などと思いながらニヤニヤしながら眺めていました。ちなみにhimeをforestに換えていただくと・・・・・・・・・。

どうやら天気も不安定で、かなり南まで下がらないと天気には恵まれないと思い、一路奈良、和歌山方面を目指し名古屋を縦断する事に。
周辺のバイパスを使わずに、名古屋市街地を突っ切ったのが功を奏し、渋滞には遭遇せずに三重県に抜けることができた。長島町の観覧車が見えるところまで来て一休み。

日が傾くのが何とも早く、鈴鹿を通過するころには日もとっぷりと暮れてしまいました。
何とか奈良により近くという思いが強いので、とりあえずは県境までは行こうと思う。

例によって、閉店間際のスーパーに駆け込み、半額になった弁当二つと1リッターのコーヒー牛乳を買い、明日一日の食糧を確保する。押さえに98円のカップ麺も買い込み準備万端。
三重と奈良の県境近く、美杉村の道の駅まで来たときに睡魔に襲われ寝袋に潜り込むことにする。気温は7℃を示しており、昨日は着て寝たフリースも今日は必要がないようだ。やはり長野とはかなりの違いを感じる。
この道の駅、かなり広大な面積を占めているのだけど、停まっているのは唯一台のみ!
心地よい疲労感に浸りながら眠りに落ちていく・・・。

11月5日

朝目を覚ましても駐車場には車の姿はどこにもなし。
トラックのアイドリングや、一般の車のドアの開け閉めなどで目を覚ますことが多いため、普段は道の駅は敬遠しているのだが、今回は何も気にせずゆっくりと休むことができたのには感謝。
地図を何気なしに眺めていると、こんな山奥にまで鉄路が来ていることを発見する。
早速訪ねてみると、一人の客を乗せた気動車がポツンと一台。運転手さんは駅の控え室でごゆっくりの様子。それもそのはず、発車まで1時間近く間があるのだ。何とものんびりした良いところではないか。長生きできそうだね。
駅名は伊勢奥津で、奥津とはまた由緒正しい名前だ。

そういえばこの地は、以前話題となった太陽の道が通っている地ではないか。(一直線上に遺跡や神社、巨石遺構が残っている)これから向かおうとする中太郎生の国津神社も、この線上に乗る神社であったはず。
そしてその子孫達が多く残り、日置姓を名乗っていると記憶している。
はたして国津神社はまさにその神社であった。記憶も正しかったようだ。

この神社の境内には、三重県最大といわれるケヤキの巨木があって、もう10年ほど前だろうか、鈴鹿にレースを見に来た頃に一度だけ立ち寄ったことがある。かなり曖昧な記憶となってしまったが、更に山奥の若宮八幡にも良い撮影ポイントがあることを思い出した。なにげなしに立ち寄った、美味しいアマゴを食べさせてくれる店もこのあたりだったはずだ。
さて、いよいよ奈良県に入って曽爾村へ。ここには以前から気になっていたケヤキがあった。
8mほどのケヤキが2本も存在していることになっているけど、まったく名前も無く世間には無名の存在だ。 

あるべきはず地点に来て、村道から見上げてもまったくケヤキの梢が見えない。
仕方なく細い脇道に入っていくと、果たして目の前に根の異様に発達したケヤキが現れる。神域にあるために、近づいての撮影は不可だったが、なかなか迫力充分のケヤキだ。
もう一本はと辺りを見回すが、他にはケヤキはないようだ。しかたなく集落内をうろうろしていると、ありました!
民家の裏手にあるため遠方からはまったく見えず、根元に来るまでその存在はまったくわからない。
崖に生育するため下から見上げる格好となり、コブの多さと相まってこちらもかなりの迫力。おそらく2本が合体したものだろうが、ケヤキとしては出色の一本といえようか。
道行く人にケヤキの名前を聞いて見るも、「名前なんて無いですね〜」とのつれない返事。どうやら大したことがないと思っているらしい・・・・、なんてもったいないことなんだ。

時間的にもう2本ぐらいが限界と感じ、昨日のスーパー安売り弁当を食いながら地図と睨めっこ。
以前にも訪問した高井の千本スギが近くにある。まずこれに訪問し、戒場神社のホオノキにも訪れてみよう。

相変わらずの大迫力のスギで、好きなスギの一本。
今回はゆっくり樹のまわりを何度も巡ったので、新しい発見が何点か見つかった。
そういえばヤマカガシに出会ったのも、この木の下だっけなぁ。お供え物には玉子などもあって、やはりヘビのことは皆さん知ってらっしゃるようです。
日も傾き始め、急いで戒場神社へと向かいます。

 

 

 

 

 

 

 

山中の戒場神社に到着する。ホオノキで有名な神社なのだが、鳥井脇には立派なイチョウが集落を見下ろしている。説明板が設置してあるところを見ると、ちょっとしたイチョウかな?と思ったのだが、読んでみるとオハツキイチョウとのこと。このところ急激に気温が下がったので、青い葉をそのまま落葉させており、とても珍しい光景に出くわしてしまった。

もうこのイチョウだけでも充分満足。ホオノキは申し訳ないがメインの存在とはなり得なかった。

確かに大きなホオノキではあるが、残念ながらもう活力は残っていない。樹の前には屋根があり写真にするにも辛すぎる位置。以前に巨樹の会の方から聞いてはいたのだが、ここまで萎えさせてくれるとは思いも寄らなかった。
帰りには、再びイチョウの根元に佇み、今ではあまりお目にかかれない屋外で元気に遊ぶ子らのはしゃぎ声を聞きながら、沈みゆく落日を思う存分満喫した。何と贅沢な時間であったことか。

榛原町におりると温泉が恋しくなり、例によってスーパーで買い出ししながら買い物のおばさんに温泉のことを聞いてみた。何とすぐ近くに三榛園(字が違うかも)とか言う温泉があるという。早速行って500円で入浴。
ここのお湯はまさに最高で、本当に肌がすべすべになる。敦賀市のトンネル温泉にも感動したが、ここのお湯はある意味最高の泉質かもしれない。
あまりもの長湯にぐったりとしてしまい、駐車場の車の中で脱力感と戦いながら寝袋へと身体を滑り込ます。
本当に極楽! 明日は起きられるかな?? 予定では高野山を彷徨うことにしているのだが。

 11月6日

何とか早朝に目を覚まし高野山まで駆け上る。朝早いので参詣者もまだまばらだ。
掃除をしている方に杉並木についてあれこれと聞くが、とても親切にこたえてくれた。最大のスギも教えていただき、訪問すると幹周は8m強、樹高45mほどといった堂々としたもの。人工の杉並木では日本でも有数のものだろうか。

その後、金剛峯寺に訪れると山門脇ではなにやら作っている。名称を聞いたのだが、撮影しているうちに失念してしまった。失礼。

駐車場に車を停め、しばらく周辺を散策するも、もう紅葉のピークは過ぎてしまったかのよう。
幸いにも資料館のあたりにきれいなイチョウの木があり、しばらくはこの木を愛でることにする。更に奥に進むと、何本かの紅葉が運良く真っ盛りの紅葉を見せてくれていた。
カメラマンが数人張り付き、私もデジカメで肩身の狭い思いをしながら参加。なかにはハッセルで撮影なさっている方もおられ、桜と紅葉の時期は大人しくしていようとあらためて思うのだった。

大満足の高野山をあとにし、美里町の毛原宮に向かう。
以前より気になっていたスギなのだが、訪問するもそれらしきスギが見あたらない。数人に聞いても知らないようだ。何度訪問しても巡り合わせの悪い木というのが存在し、ここのスギもその中の一本なのかもしれない。
しかし、仕方なく県道を何度も行き来しているうちに「善福寺の大カヤ」という看板を目にすることになる。
もうスギにこだわっていては時間がもったいないと思い、急遽予定を変更し、このカヤの木に向かうことに。

すぐ近くにあるものとばかり考えていたが、それは山道を20分近くも走った先にある大変なものだった。
集落は2件ほどの忘れ去られたような地で、急斜面に棚田を切り開いた痕跡が残り、かつては厳しい暮らしを強いられた集落だったようだ。
カヤはというと、想像以上の素晴らしいカヤで、幹周は7mを越える日本でも有数のもの。
アングルが限られてしまうが、なかなかどうしてこのカヤは良いカヤだと思いますが、いかがかな?

帰り道のかつらぎ町にて。
のどかです。いいなぁ〜、脳味噌がとろけそうです。

 

翌日

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