北陸〜中国〜九州の旅

4月12日

九州に入って初めての朝だが、昨日のイヤな出来事がどうも脳裏から離れないでいる。
九州では案内役を買ってでてくれている方もいるのだが、急遽九州に来たもので連絡先も控えずにでてきてしまったため連絡が取れない。次回への楽しみに取っておくこととしよう。

まず朝一で訪れたのは山蔵のイチイガシ。

国東半島付け根にあたるところにあるイチイガシの巨木で、裏側にまわると大きなコブがあり幹周は8.5m近い大きさだ。
樹勢も良く、イチイガシの巨木としてはなかなか元気なものなのだ。
この木への入り口の民家には菖蒲や花手毬いった花々が咲き乱れ、ちょうど世話をしているおばさんから花と樹についていろいろとお話を伺う。

静岡で初めて就職した当時、休みをいただいて九州に来た時に立ち寄ったのが塚原温泉の南に位置する鬼箕山だった。もう20年近く昔の話となってしまうのだが。
後から知ることになるのだが、ここは九州でもかなり新しい溶岩台地で、鬼箕山の火口の地形もまだ新鮮なままだ。確かに南側には広大な溶岩台地が望まれる。
今回数年ぶりに訪れると、山の下には焼肉屋さん、頂上は訳の分からない石碑が据えられ、南側はあろう事か高速道路によって山が削り取られ消滅しているではないか・・・・、そして溶岩台地上はテニスコート。おお、貴重な火山地形をこうも無惨に・・・・(絶句)

 

まあ、火山に興味がない方にはどうでも良いことで壊してしまったものはもう仕方がない。
山の北側に見えていたお馬さんとしばし戯れ気分転換を図る。
北海道や千葉の富里といった馬産地に住んでいたためか、馬がとても好きで、富里にいた頃は渡米検疫前の女傑と言われた馬にも合わせていただいたりしたこともあった。
彼女はその活躍とは裏腹に噂通りの臆病な馬で、鼻面を撫でてあげようと手をあげるだけで後込みするような馬だった。
まだ名馬は出していないけど、期待しているんだけどなぁ・・・・。

由布岳を眺めながら南下を続け直入町を目指す。
途中の東椎谷のカシに立ち寄り、2本そろって成長する姿に感動する。
近くには結構有名らしい東椎谷の滝があるみたいでひっきりなしにバスが通る。それではと思い行ってみると何とそこは有料駐車場で、値段はよく見えなかったが結構高そうだ。
獲物がひっかかった蜘蛛のように管理のおっちゃんが車めがけて走ってくる!
「ひえ〜、やべぇ〜」
あわてて引き返してきたが、なにも滝を見るのに金を取ることもないでしょ? どうよこれって。


 

商売熱心さに敬服しつつ直入町に到着。
ここは長湯温泉という有名ないで湯の里。カニ湯と聞けば「ああ、知ってる」という方も多いのではないかと思う。
日本一の炭酸泉で、泡を出しながら湧出するところからカニの名前が付いたんだろうね。きっと。

この町には数多い巨樹があり、もう何度訪問したことか。
今回は夕方の到着ゆえ見られる本数は限られてしまうが、まず山浦のカシに向かった。
ちょうど本殿の補修工事が行われており、木の根元を真新しいコンクリートで覆っているところだった。工事中の大工さんに聞くと、「コンクリで覆うってのは悪いのは知ってるけどしょうがないんだよなぁ」などと言って残念そうな表情だ。せっかくの名木もこれでは台無しで、地元の方の気持ちが計り知れない。杉のような樹形で、直幹背が高く樹姿も秀逸なもので、是非とも再検討して欲しいところである。

 

次に橘木のビャクシンに行く。3回目の訪問だが、行くたびに衰えてきているのは致し方ないのか?
幹は割れてしまい、葉も大部分が枯れてきている。根元も草が伸び放題でお世辞にも管理が行き届いているとは思えない。根元にはまむし草の大群がはびこっていた。
オフ仲間の山東さんが調べた結果では、この木はミヤマビャクシンでは日本一なのだという。そんな貴重な樹を枯れさせたくはないのだが・・・・。
この樹の入り口の民家の庭先に、とんでもなく元気な犬がいた。
立ち上がって腕を目にもとまらぬ速さで振り回すと言った芸当をこなしてみせる。写真でも腕は消えており、この犬がただ者でないことを証明してるかのようだ。(笑)
おばさんはウザイのか、完全に無視していたが・・・・・。

橘木のすぐ下の集落である仲村にはヒノキの巨木があり、約10年ぶりくらいに訪れてみた。
当時とまったく雰囲気が変わってない。木肌の感じも一緒で、木を追いかけ始めた当時の思い出が脳裏をよぎる。
当時のことをあれこれ考えているうちにやがて日は落ちてしまい急に冷え込んできた。
やはり山の中は、まだまだ寒いことを身をもって実感する。

  

今晩は長湯温泉に浸かってゆっくりと暖まろう・・・と考えていたら、共同浴場がことごとく会員制で部外者は立入禁止!
仕方なく旅館の湯に浸かろうか?などと考えていたら、道を聞いた方が「カニ湯に入れるよ」と教えてくれた。
「やった、ラッキー」などと思い、カニ湯までやってきたのだが・・・。
もう日はとっぷりと暮れ、あたりは真っ暗で人目はないので安心して入れそうだ。先客も誰もいない。カニ湯を独占できるなんてラッキーだ!なんて思っていたが、とんでもなく甘い考えだった。
かなり冷え込んできて気温はすでに5度くらいか。
当然いい湯加減と思って湯に浸かると
「う゛、う〜っ、づめだい〜」
もう入ってしまったらお終いだ。出るにも外気が冷たく究極の選択が強いられるのだ。
仕方なく湯に入って暖まる方を選択することにした。そこは温泉、冷たいながらも浸かっているうちに暖まってくるだろうと甘い考えをしてしまったのだ。
お湯が流れ込む竹筒に身をすり寄せ少しでも暖まろうと涙ぐましい努力をするも、むなしい抵抗だったようだ。どんどん体温が奪われて行きついに決断の時をむかえる。意を決して湯から上がり、急いで衣服を着る。
全身が震えてしまい、手足はがたがた、歯もカチカチとなっている。
道理で誰も入ってないわけだ!湯加減を確認しないで入って自分のお粗末なミスではありました。

4月13日

何とか風邪はひかずに済んだようでやれやれといったところ。今日は朝からぽかぽか陽気で気持ちがいい。
左右知のイチイガシは1991年の調査で日本一のカシノキとされた木だ。
ちょうど目の高さで大きなコブが幹からせり出しており、実質的にはそれほどの巨大さは感じられない木だ。中は完全な空洞状態で、いつ倒れてもおかしくないようなアンバランスな格好で立っている。

昼間であるが、近くからフクロウの鳴き声が聞こえてきた。あぁ〜、至福のひとときだ。

 

竹田に向かう際、いきなり車の中で虫の羽ばたく”ジャー”という音が聞こえてきた。蜂か何かだと大変なので車を停めて探してみるとトンボが1匹迷い込んだのだった。4月半ばでトンボがいるなんて、さすが九州だ。

竹田市内には湧き水が数ヵ所から沸き出している。何処の湧水地も人だかりで満員御礼状態。
地図を見て元を辿ってみると、やはり阿蘇からの伏流水だと分かる。西に流れると熊本方面の名水となり、東へと流れたものは竹田湧水群となって地表へと出てくるのだ。ということは北の小国や、南の蘇陽や清和などにも百名水の指定は受けていないが、いい水が湧き出しているはずである。
皆にあやかりペットボトルを水で一杯にし、ついでに腹の中にも大量の水を流し込む。
ん〜、たしかに癖のないいい水だ。

 

右の写真の湧水地には猫が2匹ひなたぼっこをしており、なんとも可愛らしい。なんだか切れ長の目の猫で、なかなか男前の顔してる。

 

竹田の南部、祖母山麓の神原にはトチの巨木があるのを知っていたが、ぽつんと離れているのでいつも行こうと思いながらもなかなか行くことの出来ない木だった。
今回を逃しては2度と行けないだろうと考え、無理してでも行くことにしたのだ。
神原までの道がまた凄いつづら折れの連続で、中にはハンドルをフルロックしても曲がりきれないカーブがいくつもあるような山道を下っていくハードな道でもあった。
その神原は外界から隔離されたようなすり鉢の底にあるような里で、その中心に健男社がでんと構えている。
トチノキは九州では最大と目される巨樹で、神社の入り口に小首を傾げるような格好で立っていた。
樹高は40mちかい堂々とした樹で、迫力充分。

神原とは尾根を一つへ立てて緩木の集落がある。
ここには以前、樹高が50m以上のクロマツの名木がかつてあった。国の指定も受けるほどの名松だったのだが、やはり松食い虫によってその生命を終えてしまったようだ。現在はその巨大な切り株が寂しく残るのみだ。

 

荻町へ向かう途中に自殺の名所らしい場所を通ったみたい。
東京の地下鉄にある鏡と同じ役割を果たしているんだろうか? 橋の上から下を見下ろすと、空恐ろしい光景でありました。
橋の名前は合ヶ瀬大橋とかいって、80mほどの高さがあるそうで目もくらんじゃうわけだ。

 

途中には九州らしい石橋もあったりして、なかなかいい雰囲気だ。
神原でも気が付いたのだが、どちらも高いところを橋が通っている。これはもしかして延岡に抜ける新しい高速なのだろうか?

ようやく荻町についてイチョウと対面を果たした。
かつては幹の中からケヤキが覗いている奇木だったのだが、さすがに相手が悪くケヤキは枯れてしまったそうだ。いまでも痕跡は残っており、枯れてしまったケヤキの幹がちょこっと顔を覗かせている。
イチョウを撮影していると、部落の観光係の爺さんがやってきていろいろと説明をしてくれる。
何でかしらないが、人が寄ってきて話をされるのが宿命みたいだなぁ。


 

 いよいよ宮崎県に入り、高千穂町下野八幡宮の境内で寝袋に潜り込む。標高が高いせいか結構冷え込んでいるようだ。

空を見上げると満天の星。ここ宮崎県は全国でもっとも夜の暗闇が濃いところなのだ。高鍋町あたりがもっとも暗いと記憶していたが・・・・?
デジカメで初めて星の写真を撮ってみると、何とか写っているみたいだ。三脚を使用していないので何処まで耐えられるか心配だったが何とかいけてるね。星の色がもろに反映されていて、新たなる発見だ。高温の星から低温の星までこれならすぐに見分けがつきそうだ。

周辺はほとんど無音の世界で、寝ていてもなんだか怖い。夜中に目が覚めないようにと念じながら眠りに落ちる。時間は0時を過ぎていた。

4月14日

さいわい目が覚めずに朝まで熟睡し公孫樹、欅の撮影にはいる。解説板には同じ巨樹の会、池田さん出版の本からの引用も載っており、宮崎県の巨樹保護にかける姿勢の熱心さに改めて感激をする。

 

 

駐車場脇には大イチョウ。階段を下って鳥居脇には逆さ杉。階段中程には有馬杉。そして本殿脇には大ケヤキと4本の巨樹が境内にある。イチョウとケヤキは国指定天然記念物で全国にも名を知られているが、逆さ杉もなかなか立派な樹で傾き具合がなかなかいい味を出しているのだ。
この神社は椎葉村の十根神社や八村杉と同じく、那須大八朗の言い伝えが残る由緒ある神社でもあった。

高千穂の町へと降臨するように坂を下り秩父杉を見るため高千穂神社へと急ぐ。
秩父杉は逆光のためほとんど撮影不能で、本殿だけを撮影。
町はずれにある天の真名井に行き、ケヤキと対面する。
根元には小さな泉を抱えており飲用も出来るという。ここも高千穂神社の管理下にあるようだ。

 

ここでも撮影していると近所の爺さんが寄ってきてなにやら話しかけてくる。
聞くと来週の月曜日にNHKのひるどき日本列島にご出演とのことらしい。それはおめでとうさん!と祝福してあげ、この樹について解説してもらった。

昼飯を食べて行きなさいと言われるも、これから日之影町へと抜けなければならないので、たいそう心が揺れ動いたがお断り申し上げることにした。爺さんも残念な表情で、付き合ってあげた方が良かったかな?なんて思ったりもしたのだが。
お別れの際も、車が見えなくなるまでずっとこちらを見ていてくれていたようだった。

日之影町に入り道に迷っているとメット地蔵が現れた。
工事関係の方が願掛けでヘルメットをかぶせたのだろうか?顔は風化していて表情が分からないが手入れも行き届いていて地元では大切にされている感じのお地蔵さんだった。

宮崎の巨樹100選にも指定されている大人地区のイチイガシについでに立ち寄ってみる。
対岸へ渡る橋は日本最大のアーチ橋で、遠くより望む姿はとても美しいものだ。
岩井川神社のカシは一杯食わされた感じで、解説板の幹周7.8mにはほど遠い大きさであった。

 

宮崎訪問最大の目的である諸和久のカツラに夕方やっと迷いながら辿り着いた。
それは想像以上の大きさで、山形の最上で昨年で見た巨大カツラに勝るとも劣らない迫力であった。
節だらけの樹皮が何をさておき、いい感じなのだ。

 

この冬の雪の多さを物語るかのように、カツラに倒れかけている杉が何本かあって必死の思いで取り除く。まさかこんな山中で肉体労働をするとは考えもしなかった。根元にも杉の倒木が数本邪魔をしている。
日が刻々と傾いていき時間との勝負だ。
谷が南西へと開いているので上から狙うとちょうど逆光、ダメ元で何枚か撮影してみるとなかなか味のある雰囲気に写っているではないか!これぞデジカメの威力。その場で結果が見られる。
結局2時間近く過ごしてしまい日は暮れてしまい車に戻ると、集落の方がちょうど通りかかってお話を聞くことが出来た。
山の中の集落ゆえ当然平家の・・・・と思っていたらあっさり否定されてしまった。
こういう山奥の集落、何でもかんでも平家ではないらしい。そういうことは聞いたことはないなぁ〜といわれてしまい、こちらとしてはちょっとガッカリ・・・かな。
昭和の初期にはこれと同じ大きさのカツラが3本も並んで立っており、集落へ道を通す橋を架けるための大材として伐採されてしまったのだという。確かにカツラへの入り口には朽ちた切り株の痕跡が残っており、私が指を指すと黙って頷かれた。
なんてもったいないことをしたのだろう・・・・と思いつつも、このカツラがなければこの集落の方たちの生活もなかったのだな・・・・と納得したりもした。

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