北陸〜中国〜九州の旅

4月6日
6日のお昼過ぎに家を出る。中部地方への旅行の予定で出かけた・・・・・はずだった。
20号線を西に向かい笹子峠を越えたあたりで立ち寄る場所を探そうと思った矢先だった。「あれ?地図がないぞ!ありゃりゃ、中部地方の地図を載せるのを忘れてしまった!」もう山梨に入ってしまったし戻るわけにもいかない。これは致し方ない、車に乗せてある地図の場所に行くっきゃないなぁ〜。
というわけで行き先は中国、九州地方に急遽変更となってしまった。これは長旅になりそうだ、そんな予感がふと脳裏をよぎった。
まあ急ぐ旅でもないので、頭の片隅にある中部北陸地方の樹を巡りながら九州へ向かおうではないか、そう頭を切り換えたと同時に虚脱感が襲って来て気持ちが少々萎えてしまった。
やれやれ、最初からこれでは先が思いやられるなぁ。

  

ここの掲示板では何度も登場の「軍刀利神社のカツラ」
新緑が出てきたところで、葉の大きさも1cmほどと可愛らしい。相変わらず光線状態が良くないカツラでいつも苦労する。
カツラからの帰り道で気が付いたのだが、なんと富士山が正面に見えている。何度も来たのに何故今まで気が付かなかったのだろうか?人工物が全くなく、なかなか良いポイントのようだ。
小淵沢から右に折れ清里経由で上田方面へと進路をとる。更埴市のあんずの里がちょうど見頃のはずだ。明日一番で訪問できるよう少しでも距離を稼いでおこうと思い、上田市まで睡魔と戦いながらのドライブとなった。
坂城町には不思議な地形があって、何でも昔のダム跡だといわれる地形が現存している。確かに地形図を見てみると千曲川に向かって100mの高さの堰堤がアーチ状に川に向かって突き出している。上田市方面より望むと頂上が一直線上に平坦な、本当に不思議な堰堤が望まれる。もしこれが本当に古代のダムであるならば、現在貯水量NO.1の奥只見ダムなどよりも遙かに巨大なダム湖が存在したことになる。
実際に現地では、上田市は過去には湖の中だったとの言い伝えもあるみたいで、あながちウソだと断言するのは危険なようだ。
このダム跡、半過岩鼻と呼ばれており、現在では千曲公園として整備され桜の名所として地元の方々に親しまれている。
左が更埴市方面、右が上田市の夜景。デートスポットとしてはうってつけのところでしょうが、当日は桜のライトアップがあったため誰もいなかったし。

 

夜桜を愛でたあと、更埴市の千曲川土手でついにダウンし最初の車中泊となる。

4月7日

なにやらドスン、バタン、ガリガリ、キューキューなどと変な音で起こされる。時計を見ると9時を過ぎている。
「ああ、よく寝た」 だけど誰が起こすんじゃ?と思い窓の外を眺めると、何と大勢のおまわりさん!
「うわっ!何か悪いことでもしたかな?」なんてびびっていると、どうやらスピード違反の罠を張っているところのようなのであります。広大な河原なんだから、わざわざ寝ている人の隣りにパトカーを停める必要もないでしょ?と腑に落ちなかったが文句が言えるわけもなく、しばらく見物することにしたのです。
カメラを向けると文句を言われるかな?と思ったけど、なにも言われなかったので調子に乗ってパチパチ撮ってしまった。と思ったらやっぱりワゴン車の後ろのお巡りさんがこちらを睨んでいる。「おお、こわ!』

  

どうも通行中の皆さんはここの取り締まりをよくご存じのようで、ほとんどが制限速度厳守の健康ドライブ。
土手にはこんな花が咲いているのにね・・・・・・

気持ちを切り替え、あんずの里に向かい早速撮影にはいるが、ウメとアンズの見分けがほとんど付かない。
いつものことながら、もう少し樹種などを勉強せねば・・・・と思うのでありました。

 

観光客でごったかえしているところには行く気はさらさらないので、人っけの無いはずれの畑で花と戯れるミツバチを撮影することに。かやぶきの屋根がかかった井戸などもあり、なかなかいい雰囲気だ。
思い通りの成果が得られず不完全燃焼ではあったが、春爛漫の雰囲気にどっぷりと浸かれたことで満足することに。

山を下り白馬方面へと向かうことにするが、ここで有名な姨捨山経由で行ってみようと思う。
姨捨の入り口に武水別神社なる大きな神社が目に飛び込んできた。大きなケヤキの社叢が見事で、境内の広さもこの神社がただ者でないことを物語っているようだ。
鳥居をくぐると変わったいでたちのケヤキが出迎えてくれるが、根元には猫とニワトリが戯れる。境内中にニワトリが徘徊しているのにはびっくりだ。

   

  

考えてみたら今日は日曜日だった。旅行をするといつもの事ながら曜日の感覚が鈍ってしまう。
境内では地元の方々が大勢参加して大掃除の真っ最中。冬の間埋もれていた枯れ葉などを燃やして境内をモヤが覆いなかなかいい雰囲気である。
本殿の前では、車のお祓いに来ている方々が列をなしており、神主さんも右往左往と忙しそうだ。神妙な雰囲気の中、ニワトリがコ〜ッ、コッコッ!といいながら足下を歩いているのはなんだか笑える。

  

姨捨山は田毎の月としても有名なところで、月が一枚一枚の棚田に映る景色のことを形容したものだという。まだ田圃に水が入っておらずその景色はお預けだが、斜面一面に小さな棚田が並ぶ様はなかなか味わい深いものがある。
のんびりと景色に酔いしれていると、どこからか犬がやって来てしきりに足に絡まる。

ここで犬と戯れてしまったため時間が無駄に経過してしまう。陽もだいぶ傾いてきてしまったようだ。白馬まで行くつもりがわずか20kmほどしか移動できていないではないか、何という大失態・・・。
まあ、先を急ぐ旅ではないので、こんなのもありだろうか?

夜な夜な白馬に向け移動していると美麻村で静の桜という看板に出くわした。暗闇の向こうになにやら巨大な木の陰が微かに見える。ほとんど明かりがないので足下に注意しながら根元に立つと、これは想像以上の巨大さである。
朝をここで迎えることに急遽変更し、寝袋に潜り込むことにした。

4月8日

この桜は静の桜といい、イヌザクラという種類のサクラとのこと。匂いが強烈らしく「へっぴり桜」などとも呼ばれるそうで、ネーミングのセンスに大笑い。

枝の数は少ないものの主幹はしっかりとしており、支えの柱が一本もないこれだけのサクラは非常に珍しい。
幹周りを測ってみると9.3mもあり、全国でも有数なサクラではないか!
花の時期はまだまだ先のようだが、これが満開になったらさぞかし綺麗なんだろうなぁ〜などと頭の中で想像してみる。

148号線に出て大町の上原遺跡へ。
その昔、樹を巡り始める前に全国行脚をしていた頃に一度訪れている場所だ。当時の印象は、小さな環状列石があったっけ!だ。
なんだかでも昔と違うような・・・・・・、完全に人の手で整備し直されているみたいだ。
う〜ん、せっかくの遺跡がこうなってしまうとは残念だ。
石は不思議な霊力を有しているものがあると言うから充電させていただこうと思っていたのだが、なんだかちょっと期待はずれに終わってしまう。
すぐ脇に温泉があり浸かろうかと思っていたのだが、時間がまだ早いこともありあえなく撃沈。

フォッサマグナ沿いに北上を続け、古い資料には木崎湖の海ノ口に大きなカツラが存在となっているので、海ノ口で歩いている方に声をかけてみるがどうやら枯れてしまった様子。しかし、カツラはそうそう枯れてしまうものではないので、株立ちになりながら生きながらえている可能性は大なのだ。時間があるときにでも探してみることにしよう。(って、今時間がないのならいつ時間があるのだろう?)
先日の旅行では中央構造線の露頭が見られたが、フォッサマグナの露頭は何処にもない様子。何処かで工事露頭でも良いから見てみたい気もする。なにせ、中央構造線を諏訪湖付近で分断しているほどの断層なのだから。
まったく何でも興味を引かれてしまうほうなので、見たいものが山ほどあって参ってしまう。少し絞らねばならないようだ。

 

白馬に着いて、まず最初に訪れたのが白馬のジャンプ台。
札幌に住んでいた経験から大倉山シャンツェなどにはたびたび行ったが、二つ並んでいる光景は初めてでなかなか壮観だ。当日は練習もお休みだったようで選手の飛ぶ姿を見られなかったのが残念だった。

シャンツェからそう遠くないところに細野諏訪神社がある。最近では白馬も清里化が進行しており、みやげ物屋さんやペンションが建ち並ぶ中に埋もれるようにひっそりと神社があった。
本殿前にはひときわ立派なスギが周囲を威圧するかのように睥睨している。神社への参道はまだ雪が分厚く積もっており、踏み跡の痕跡も見られないことから、今年に入ってからほとんど人が入ってきていないことを物語る。
私がスギに会いに来た今年一番目の人物となるのであろうか、スギを眠りから目覚めさせてしまったのかも知れないなぁ、と思いつつスギに向かい頭を垂れてから早速撮影にとりかかる。最初の訪問客がなにやら訳の分からない器具で梢を覗いたり、メジャーをあてがって幹周を測ったり、樹にとってはのっけから迷惑な訪問客であったことは想像に難くない。樹が今年一年を憂いているかもしれないねー。あいや〜、悪いことをしてしまったのかも知れない。

神社前の観音堂には大きなカツラが梢を広げている。町中にこれだけのカツラは珍しい。
そして、ちょうど花が満開で真っ赤な樹に見えているではないか!
掲示板では皆さんカツラ好きなようなので、ここぞとばかりに接写を試みることに。
花はとても可愛らしく、なんだかグミのようで食べられそうな印象です。ぷにょぷにょ!
前回の旅に続き、再びカツラの新たな一面を見たことに大満足で細野諏訪社をあとにする。

  

白馬に寄ったら是非見ておかなければならないと思っていたクリに会いに行く。
思いがけなく峰方集落の真ん真ん中にそれはあった。
昨年の大雪で東側に出ていた大枝が折れてしまったらしく、民家の屋根をぶち抜いてしまったようだ。
幸いけが人は出なかったとのことだが、やはりそこは老木で、樹下に住むものにとって常に危険と隣り合わせなのだ。写真にも写っている話好きのおばさんに捕まってしまい、ここでかなりの時間ロスをしてしまう。

  

なんとか解放されすぐ隣の堀田に寄ってみる。藁葺きと書いてあったので行ってみたのだが、もうそこには藁葺きの家は存在しなかった。しかし、残雪からモウモウと立ち上がる湯気が幻想的な光景を演出してくれており、なかなかいい。しかしデジカメのレンズが80mm前後までなので、もうちょっと寄りたかったのが本心だ。やはり望遠は買っておかなければならないと心に誓う。

途中の松川を渡る地点では白馬岳が綺麗に見え、道行くドライバーが車を停め景色に見入っている。
小谷(おたり)村に入り石原集落にあるはずのスギに向かってみる。過去の資料で見つけたスギで、現在もあるかどうか定かではないが。
姫川を渡り急坂を登っていくと白山神社が見えてきた。長野県で白山神社?と思いながら境内の奥を覗き込むと、ありましたありました!まだ存在していました。
大きな空洞を開いてはいるが、まだまだ元気な姿のよう。

  

さあ、いよいよ長野ともお別れで新潟県糸魚川市へと入っていく。
ここにはスギで全国10位にランクされる杉之当の大杉がある。杉之当集落も現在ではスキー場などで人が訪れるようになったが、平家の落人伝説の残る山あいの小さな集落だ。ちょっと間違うと脱輪しそうな細い山道を登っていくと、枯れかけたような大きなスギの梢が出迎えてくれる。あれが目指す大杉だ。

 

完全なる2本の合体木で、幹周は命がけで測ると13.6m以上の数値と出た。すぐ脇は10mほどの崖で、下には白山社のお社と杉之当のシナノキが見えている。ここも白山社だ。
現在は長野県、新潟県の区別によって分けて考えてしまっているが、どうやら長野県小谷村からは北陸圏で、神社もこのあたりからは白山社が多くなるようである。
杉からの帰り道、目の前に広がる絶景に息を飲む。
雨飾山から新潟焼山へと2000mを越える壁が目の前に展開しているのだ。この時期にだけ現れる100m以上の落差の滝も何本か確認できる。昔の落人達はこの景色を眺めながら生活していたのだと思うと、感慨深いものを覚えてしまう。

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