長野、三重、滋賀、福井の旅

2002年 3月 26日〜

3月26日

そんなわけで傷心状態の気持ちを抱えながら27号線を東に向かう。
小浜市の加茂神社でムクノキに出会う。

   

かなり古そうな神社で、境内に生育する木たちも立派なものが多い。特にムクは巨木が2本もあって、なかなか貴重な社叢といえるのではないか。
三方町を通過中に、確かこの町には松が・・・・・?と思い急遽調べてみると、円成寺のみかえりの松があるのを発見した。
読売新聞が選定した日本の名松にも名前を連ねるクロマツである。
円成寺には、ほとんど迷わずに到着し、悪いこととは知りつつも・・・と思いながら松の枝下に潜ってみることにする。御免なさい!
幹自体、ほとんど痛みがないように見え、現在は松食い虫の被害なども見られないようだ。

 

円成寺を出て、今度は福井県武生市に向かう。
武生市は、今まで何度も通過はするも、立ち寄ったことは無い私にとっては未開の地だ。町の南にある八幡神社の大杉を見てから、宮崎村の蛍ヶ宮の大カツラに向かう。カツラと聞くと、ただそれだけで期待が高まる。
私のオフ会仲間の間でもカツラの人気は高く、長年巨樹を見て来るとクスやスギなどよりもカツラへ行き着く方が多いようだ。一般にはまったく人気がないカツラだが、イギリスなどではサクラと並び日本を代表する樹種として人気があるそうだ。
蛍ヶ宮の大カツラは雄株で、ちょうど花の時期だった。枝一面に赤い花を付けた姿は、これがカツラなのか?と思わせるほどの華麗さだ。ますますカツラの魅力に引き込まれてしまったではないか・・・・。

   

樹も素晴らしいが、ネーミングの素晴らしさも良い。
その昔、現在の宮崎村に住んでいる行商たちが品物を売りに武生の町まで出向き、帰りにこの地を通るとよく道に迷ったそうである。蛍たちが自分たちの光でいたずらをし、道を光で隠してしまったり、道のないところを照らし出し、いかにも道があるように見せかけたりしたそうだ。これに怒った人たちが蛍を捕まえ、石で作った祠に蛍たちを閉じこめてしまったのである。それからこの地を蛍ヶ宮と呼ぶようになったそうである。
カツラの根元にはその封印した祠があり、泉から沸き出した水が流れており、ホタルが住むには絶好の環境である。事実、現在でも初夏には多くの蛍が飛ぶそうである。
30分ほどで撮影するつもりであったのだが、2時間近くも滞在時間が延びてしまった。それだけ良い木だってことかな。
去りがたかったが、もう一本予定があるので再会を誓い別れの挨拶をする。
再び武生市へと引き返し、今日のラストの訪問先である観世音堂にある大杉権現に向かう。特徴ある横枝が印象的な杉の奇木だ。見た瞬間、以前何かの写真集に掲載されていたのを思い出した。結構有名な樹なのかも知れない。

根元からはこんこんと霊水が沸き出しており、これを目当てに多くの人が次々と訪れる。
完全に日は暮れているのだが、問題なく撮影できるのはデジカメの威力か。ほとんど夕闇の中の撮影だった。

さて、今回の旅も終わりだ。夜通し走って明日の夜には到着の予定・・・だった。
8号線を南下し、大垣、瀬戸を通り、飯田を過ぎたあたりで寝袋に潜り込む。

3月27日
雨の音で目が覚める。かなりの土砂降りで薄暗く、車もフォグをつけて走っている。

 

伊那谷を北上するとこんな看板が目に付いた。梨には大敵とは聞いていたが、リンゴまでとはしらなんだ・・・。

15時を過ぎてようやく山梨県に入る。
韮崎を過ぎてサクラが満開なのに気が付き、大事なことを見逃しているのを思いついた。そう、山高神代桜が満開かも知れないのだ・・・・。
早速引き返してみることにする。標高が少し高いからまだ先の事だろうと思っていたが、ちょっと考えが甘かったようだ。今年はサクラの開花が異常に早く、山梨でも東京とほぼ同じ日に開花しているのだ。
いざ神代桜に到着してみると、ほとんど満開状態。いや〜、大失敗だ、これは。
仕方なく500円を支払い駐車場に車を入れ撮影するも、夕暮れではもうどうすることも出来ない。明日もう一度チャレンジすることにし、今日は木の下で寝ることにしよう。
幸い武川町には温泉があり、武川の湯に2時間ほどゆったりと浸かる。ネットにつなぎ、掲示板にサクラのことを書き込んだ。するとベベパパさんから電話があり、明日伺うとのことだ。

3月28日

朝6時からサクラの撮影を開始。気温は2度で手がかじかんでしまう〜。
しばらくすると、来ました来ました!ベベパパさん登場!今日はBMWR1200C(亀仙人)での参上だ。

 

相談の上、御坂あたりの桃の花を見に行こうということに決まり、これから東京まで共に行動することとなる。
ベベパパさんの先導で、東に向かう。
釜淵川の南岸を走っていると、山の中腹に黒山の人だかりが見える。その中心には形の良いサクラがでんと居座っている。

王仁鰐塚のサクラというらしい。
古墳の上に植えられたもので、いかにもサクラらしい場所だ。
神代桜と違って、カメラマンの列がスゴイ。まだ8時だというのに30人ほどのカメラマンの列だ。

 

目的地の御坂町に到着し、綺麗な桃の花を探すも、まだ花の時期にはちょっとばかり早かったようだ。
まだ4〜5分咲きといったところだろうか。

 

ベベパパさんはしきりにおばさんをナンパしているし・・・
しかたなく、世間話をしているおばさんに美味しいほうとう屋さんの在処を聞き出すことにする。
石和駅近くにあるほうとう屋が美味しいと聞き、早速向かいことにし、ベベパパさんにはナンパを諦めるように諭し、食事に向かって走り出す。

内田康夫の推理小説には、どこそこのあれはまずい!などとよく書かれており、実際よくあたっていると思う。
関東近辺では喜多方のラーメン、山梨のほうとう、この二つはまずいと書いてある。喜多方ラーメンは最近では話題にものぼらなくなってしまったが、やはり私の舌にもまったく合わない。ほうとうもそうなのかな?などと思いながら、おそるおそる口に運んでみると・・・・あれっ、うまいじゃないの? 結構美味い!うん、いけるいける。なんてことになってしまった。
何といっても熱々なのがいい!猫舌の方にはきついほどの熱さだ。
腹も満腹となったところで、上野原のカツラへ行こうということになった。
ベベパパさん先導で上野原に向かうが、笹子トンネルにてトラブル発生。なんとバイクを運転しながら居眠りをしてしまったというのだ。
とても運転できるような状態ではなく、ここで寝ていくという。
さすがに寝るのまでつきあうことは出来なく、ここでお別れすることになってしまう。カツラはまたの機会だね。

   

猿橋によってみると工事中だった。歩道の整備が行われているところ。
平日だったこともあり、3時過ぎには自宅に到着。さすがに10日にも及ぶ長旅は疲労の極致。しかしサクラの時期でもあるため、そう長いこと自宅にとどまることは許されない。来週はまた遠征だ。


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