国指定の数少ないムクの一本で、環境省の調査データによると、兵庫県、三日月のムクに次いで全国で2番目の大きさを誇っている。
しかし、樹形を見ていただくと分かるが、かつては北側に更に大きな幹が生育していた痕跡が残っている。明治初期の暴風により折れてしまい、残った幹が現在見られるものである。
この東海により、幹の大きさは約半分の大きさになったとも伝えられる。いわゆる合体木ではなかったか、と想像されるが、その頃の幹周りは14mほどの大きさであったらしい。
ムクノキで幹周り14mともなれば、もうこれは破格の大きさであり、それこそ無二のものであっただろう。
地名の椋本も、当然この木から来ているものであろう。