御蔵島の大ジイ (日本一のシイノキ)


今、静かな巨樹ブームといえるでしょう。書店に並ぶ写真集にも巨樹を撮影したものが多く見られるようになり、月刊誌や週刊誌などの特集にも、巨樹特集と銘打って日本全国の著名木が紹介されているのを見かける機会が明らかに多くなってきています。
さて、巨樹とはどのようなものか?はっきりとした定義は無いのですが、私の所属する巨樹の会においては、地上1.3m地点の幹周が5mを越えるものを巨樹としてとらえており、杉や楠、銀杏、ケヤキなどに於いては10m、楠に至っては20mをはるかに越える巨大なものまであり、樹齢も千年、二千年、さらには屋久杉のように、数千年といったものまで存在します。
まさに樹齢に関する興味、ロマンは尽きません。
千年を越えるような巨樹の根元に立つと、感動を越えて畏敬の念を覚えてしまうのは、私だけではないでしょう。そんな巨樹を撮り始めて早いものでもう12年目を迎えます。フィルムに収めた巨樹の数も1000本をはるかに越えるまでになりました。

その中には、新たに発見された日本一のブナ、クリ、クロベ、シイなども含まれ、特に日本一のシイに関しては、発見の場に居合わせたこともあり、現在でも当時の興奮がまるで昨日の出来事であったかのように思い出されます。

平成7年9月17日、戦後最大級といわれた台風が御蔵島を直撃、甚大な被害を被りました。
地滑りや、流出した木々で赤土のむき出しとなった山肌への植樹計画が、御蔵島村と巨樹の会との間で話し合われ、翌年の春より植樹祭、並びに御蔵島の巨樹実体調査を行うことが決まったのです。
そして、2年目となる平成9年の巨樹調査で島の南部、南郷地区で御蔵島の大ジイが発見されることになるのです。
今は無人と化した南郷集落から倒木をかき分け進むこと3時間、あまりもの倒木の多い荒廃の激しさに、我々も一時は引き返そうと思った矢先の出来事でした。

その木はまるで我々が来るのがわかっていたかのように、その勇姿を現わしたのです。
その木のまわりだけがぽっかりと空間があいており、さながらスポットライトを浴びて立っているような感じさえしました。
私は、しばらくは我を忘れしばし放心状態、これ以上ない感動と興奮に浸りました。
可能な限り実測を基本としている私はさめやらぬ興奮の中、早速計測にとりかかり、13.79mを計測しました。しかし板根の発達により地上1.3m地点では正確に計測できず、やむなく2m地点の最も細い部分の結果であったにもかかわらず、日本一の数値を計測したのです。
今までは島根と鳥取に幹周11.4mのものが2本あり、共に日本一として名乗りを上げていましたが、この2本をはるかに上回る大きさです。
シイノキは東北南部から九州にかけて多く見られるブナ科の常緑広葉樹で、その実は昔は食料として貴重なものでした。特に海岸沿いには巨樹も数多く見られ、そういう意味からも御蔵島にはあるべきしてあったといえるでしょう。
楠や杉などの大きさには一歩及びませんが、古来より人間と常に密着し、人と共に生きてきた樹木ともいえるでしょうか。
御蔵島の大ジイも、その根元には道あとらしき石積みの跡や、丸石を並べた祠の痕跡がわずかながら残っており、先人たちはこの木を神木として崇めていただろう事は想像に難くないと思われます。
幹は空洞が東西に通じており、主幹が折れたまま幹にのしかかった状態で、地上5mの所には大枝が折れた跡の大穴がぽっかりと口をあけています。それでも樹勢にはほとんど影響はなく、圧倒的な存在感で我々の視野いっぱいに迫ってきます。
見る角度によりその表情を変化させてくれるこの木は、私のカメラを通しての目を飽きさせない巨樹の一本といえます。
この発見によって、これからの数年間は、御蔵島への通い詰めを覚悟した次第です。

 


  
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