北金ヶ沢のイチョウ (垂乳根のイチョウ)


青森県西津軽郡深浦町北金ヶ沢
ここに、私が知る限りでは日本最大であろうと思われるイチョウがある。幹の太さは20mをはるかに越える雄大なもので、離れて眺めると普通のイチョウとなんら変わりはないのであるが、近づくにつれその大きさが尋常ではないのに気がつくであろう。また、幹から垂れた乳と呼ばれる気根の発達が著しく、中には地中にまで届き、それが幹の一部となりさらに成長としていくというイチョウ独自の生命力を見ることが出来、見るものを驚愕させるに十分な存在感でその地に根を張っている。その姿から地元では「垂乳根のイチョウ」と呼ばれている。
イチョウは何かと不思議の多い樹木である。
氷河期を生き抜いてきた数少ない植物のひとつであり、その底知れぬ類い希な生命力をはじめ、広葉樹のようなはではあるが、針葉樹に属するのだという不可解さもそうである。

また、葉の上にギンナンを実らせる”オハツキイチョウ”と呼ばれる奇態木の存在、それになんと言っても秋の黄葉の素晴らしさは今更言うまでもないであろう。イチョウは今でこそ街中の並木や社寺などでごく普通に見られ、最も身近な樹木となっているが、学術的には貴重な樹木なのである。中国が原産といわれるイチョウであるが、日本の気候、風土とはまことに相性がいいようで、全国各地に相当な巨樹、古木が見られ、とりわけこの青森県には巨樹の数が突出して多い。幹周が10mを越えるイチョウが私が知るだけでも8本あり、その代表と言えるのがこの垂乳根のイチョウである。計測を行った木々の中でも、鹿児島県蒲生町にあるクスに次いで第2位の幹周を記録しており、根張りの部分を測るクスと違い、幹そのものを測るこちらの方が実質的に”より太い”樹木とも言えるのかもしれない。しかし、意外にも知名度は低く、国指定天然記念物の中にもその名を見い出す事が出来ないのは何とも残念である。

”垂乳根”この名前からお分かりかと思うが、幹からいわゆる気根、乳柱が多数垂れ下がっており、その形が乳房を連想させるところからついた名前であろう。全国にあるイチョウの巨樹の多くが乳イチョウや、子育てイチョウなどと呼ばれ、木に乳が出ることを祈願したり、乳柱の樹皮を煎じて飲むといった信仰が行われていたのである。全国にこの種の伝承を持つ巨樹はかなりの数に上り、平石の乳イチョウ(高知県)乳保神社のイチョウ(徳島県)飛騨国分寺の乳イチョウ(岐阜県)など数え上げたら枚挙にいとまがない。垂乳根のイチョウは日本海を望む事の出来る海岸近くにあり、冬の季節風がまともに当たる過酷な条件の所にあるため、樹高よりも幹へと養分が供給されたのであろう。季節風がこれほどまでに幹を成長させたと考えたい。
初めて訪れたときにはあまりの巨大さに度肝を抜かれ、写真を撮るのも忘れ何度となく木のまわりをぐるぐる回り続け、ただただ敬服。幹と気根、ヒコバエが入り乱れ、とても一本の木とは思えない。一部の枝は白骨化しているものも認められるが、樹勢は旺盛でそれこそ樹下に立つと空が見えなくなるほどの繁茂ぶりを呈する。あまりの大きさと繁茂ぶりで撮影は困難を極めた。過去に三回訪れているのだが、いまだに満足のいく写真は撮れていない。まさにカメラマン泣かせの巨樹とでも言えるであろう。このイチョウのまわりはいつも綺麗に掃き清められており、いまでもこの地の人々に大切にされているのがよく伝わってきて嬉しい限りである。私個人の考えであるが、この木は日本のみならず、世界一のイチョウではないだろうかと密かに考えているのであるが。

 


  
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