|
あかべこ日記 夏空編 |
|
アカベコ日記夏空編 「虹に向かって走れ!」 平成11年8月 <1.暑い!> 寝苦しい夜だった。昼間の暑さに加え連日の熱帯夜で汗みどろのシーツの海を泳いでいた。カラカラ天気かというとそうでもない。忍び寄る低気圧は激しくその雨の斧を振り下ろし多くの人々の命の綱を断ち切っている。 雷雲の立ち去った後には無惨な傷跡とムッとするような湿気を残して行く。それがそのまま夜の静寂の中で耐え難い残熱となって夢の中からシーツの海へ引きずり戻す。流石に猫は暑苦しいシーツで寝るようなことはしない。外の涼しい場所を選んで安らかに眠っているのだが勝手なもので黎明の中にもかかわらず空腹を訴えて啼き続ける。熱波と猫のおかげで寝不足が続く。 前日にいつもの宿に連絡をした。普通なら「おいしい物作って待ってるからネ。」と言いそうなものだがいつもの宿だけに「ネ」が前の方に飛び越えてしまった。 しい大粒の雨が辺りを覆った。雨足がぴょんぴょんと激しいステップで舞い踊っている。 中には物好きなライダーも居て止むのを待たずに合羽を着込んで走り出す。いかに自分が雨男とて一番激しい最中に走るような無謀な真似はしない。それは川の中州でキャンプして濁流に呑まれるのと同じことではないか。 半時間ほどで雨は降り止みあのものすごい形相の雨雲は後ろ髪を靡かせて走り去っていった。しかし御殿場方面には雨雲の残党がいるだろうから油断はできない。一応暑いのを我慢して合羽を着込み再び走り出した。秦野辺りで軽く雨足に踏みつけられたがその後は路面も乾き御殿場まで何処降る雨のごとき風情だった。
<2.寒い!> 御殿場から富士スカイラインに入り込んだ。自衛隊の演習場の中を通り抜ける道なのだが丁度演習の最中で道端のあちこちに歩哨が立ち、覗こうとすると「止まらないで!」と諭されてしまった。木立の中を通る道は行き交う車も殆どなくどんよりと曇った空の下に黒く繁った梢を自由に伸ばしている。混淆 林なのだろうが路傍に織りなす木々のモザイクは同じ仲間でかたまっていた。ミズナラ林を抜けダケカンバのトンネルを抜けると突如アカマツ林が出現する。かと思うとブナの木々が大集団を形成していたりする。木々の葉が吐き出す水蒸気がひんやりと冷気となって首筋や袖口から忍び込む。あれほど暑かっ た下界に比べてなんと寒いことよ! スピードを上げると風圧で体感温度が尚更下がってしまう。まだ二合目辺りだというのに歯の根が合わない。雨具はあっても防寒具なんてこの時期持ち合わせていないから我慢の走行を強いられることとなる。 この季節街に咲き誇るサルスベリの花が美しい。白、薄いピンク、濃いピンク、ほとんど赤の花房が幹の太さ、若木や老木の隔てなく皆一様に同じような大きさでたわわに咲いている。園芸種としてのサルスベリは人気があるらしくちょっとした庭付きの家々では必ずと言っていいほど植わっており、住宅街の庭木や街路樹として鮮やかな色彩を織りなしている。富士の裾野に広い苗圃があった。サルスベリばかりの花の饗宴で見渡す限りにピンクの花房が広がっている。それにしても花の色の暖かさに比べて道の空気のあまりの冷たさよ。走りながら口に出る言葉は「寒い!・・寒い!・・冷たい!・・冷たい!(ガチガチガチガチカチカチカチ・・)」
<3.旨い!>
帰りがけにふとパックされて山積みになった沢庵が目に留まった。
八ヶ岳の峰峰には雨上がりの雲が懸かっており、風に飛ばされて次第に稜線が露わになってくる。麓を走る道は実に気持よく、路傍にはムクゲやモミジアオイなどが咲き乱れ、所によってはコスモスが見られる。高原には一足早く秋が訪れているようだ。
<5.旨い?> 「おいしいもの作ってネ、待ってたよ。」 と、いつもの民宿に迎えられた。材料は何があるのと問うてもその辺にあるもので作ってよとのこと。卵とナスと自家製プチトマトはふんだんにある。冷蔵庫の中にスイートバジルを見つけた。ということはイタリア風お惣菜になるなと頭の中でメニューを組み立てメインディッシュをトマトのイタリア風オムレツと決定するに至った。 卵を10個ボールにとき、プチトマトを一つ一つ半分に切り分ける。本当は皮を湯むきしたいのだが面倒なのでやらない。フライパンにオリーブオイルをたっぷり注ぎバターを一塊り50gほど溶かす。少し煙りが上がる程までに熱した所に溶き卵を一気に流し込み手早くかき混ぜながらトマトをばさっと放り込む。フライパンを大きく揺すりながら塩コショウで味を付けスイートバジルを千切りながら加える。本来ならばモッツアレラチーズを入れるのだが、私はチーズが嫌いだ。だから入れない。その代わりでもないがバルサミコを少々垂らしてイタリアの風を吹かせてやる。簡単だが火加減とフライパンとのかね合いが難しい。卵を焦がしてはいけないし卵とトマトが生であってもいけない。バジルが熱で小さくなり過ぎてもいけない。トマトの赤、卵の黄色、バジルの緑のトリコロールが鮮やかに仕上がってこそこのオムレツの真価があるのだ。 で、仕上げは上々。我ながら旨く仕上がった。皿に取り分け食卓に運ぶ。もちろん他にも似合わない取り合わせの料理をいくつか作った。松茸ご飯にタマネギのみそ汁。例の沢庵を蒲鉾状に刻み、ナスとピーマンの炒め物も付け加えた。それだけあれば十分であろう。 食卓の爺さん婆さん母ちゃん娘の4人家族に料理人の私が加わって食べ始めた。 「どう? 旨い?」 「・・・・・・・」 婆さん一口食べただけで残してしまった。 「あたしゃトマト嫌いだもん。」 だったら嫌いなもの畑で作らないでよ。ましてそんな嫌いな物を使って料理しろなんて言わないでよ。 <6.気持いい!> 高原の道は実に気持がいい。翌朝は早々に出立して三才山トンネルを抜けて上田に入り、小諸から北御牧村、野辺山へと高原の道を駆け抜けた。アカベコも気持ちよさそうにグルグル軽快な音を立てて走っている。普段なら同じ系統のバイクのライダー同士で挨拶を交わすのだが、あまりにも気持がいいと高原で会うライダーはそのバイクの車種如何にかかわらずお互いにニコニコしながら挨拶を交わすものなのである。 「イヤッホー! キモチいいっすねえ〜!」 「ホント! サイッコー!」 「どこ行くのお〜?」 「あっちー!」 「へえ、いいねえ。」 何がいいのだか分からないけれど、いいものはいいのだ。気持いいことはいいのだ。 後日、山梨の都留から道志に行こうとして一本間違えてしまい秋山に入り込んでしまった。一つ山越しゃよさほいのほいとばかりに秋山温泉の脇から山の中に分け入った。途中道行くおじさんに問うた。 「この道道志に行けますか?」 「ああ、行けるよ。」 「はい、ありがとう。」 とさっさとアカベコを発進させて行く後ろの方で小さくなっていく声が聞こえた。 「かなりきついよ。あぶないよ。」 簡易舗装の狭い道が峠に続く。次第に傾斜がきつくなり落石が目立ち横から木々の枝やイネ科の植物の長いとがった葉先などが行く手を阻みだした。峠近くになると殆ど舗装は割れてガレ場に近くなってくる。そして峠を越えた瞬間、面白い道だとほくそ笑んでいた顔が恐怖の引きつり笑いに変わった。 未舗装というより完全なるガレ道の獣道に近く、30度近い急傾斜が峻立して逆バンクになった先には奈落の底に通じる崖が大口をあけて待っている。急坂を逆落としになるような感じで峠を越えたため戻ることもできず、当然Uターンなんてできる場所ではない。しかもブレーキをかけてホイールをロックしてもズリズリ滑り落ちて行く。何といっても40,40,50,30リッターのサイド、トップケースとタンクバッグに荷物満載にして約300キロのアカベコGSにフル装備の体重90キロの男である。ガレ場の急峻の途中に留まれと言う方が無理なのかもしれない。 少し山側に体重を移動してアクセルをあけるとホイールスピンをしながら石ころや土を崖下に飛ばして余計に下へ滑り落ちて行く。思い切って重心をまっすぐにして斜面に直立するようにしてアクセルを開けたとき、ガレ場の石ころを飛ばしきったあとの地面にタイヤが着いてグリップが回復し盛大に土を巻き上げながら何とか崖っぷちから立ち戻った。しかし、まだまだ苦難の道は始まったばかりである。 泥濘とガレと砂利が織りなす苦難の峠道は所々水の流れが横切り、その流れが深く溝を掘り、苔生した岩肌の露出するところを滑るように走り降りた。悲鳴が口から飛び出そうになるのを必死に堪え、苦難の道を楽天の道だと意識変革をすることによって「きゃっほっきゃっほ」と自意識の中では黄色い悲鳴を 上げてバランスをとりつつ馬鹿でかいバイクを操っていた。一体何処まで続く苦難の道ぞ? 結局麓の道志みちに合流するまでガレ場の泥濘道は続いたのであった。 後に地元の人間に聞いたところによると、「ええっ? あの道を走ったの? このデカイバイクで? よく生きて帰れたね。あの峠道は地元の人間も怖がって近づかないよ。」 近道をしようと考えた浅はかな男の行為は客観的な見地からは非常に危険な行為だったようである。 晩夏の山には初秋の風が吹いていた。 気持いいという感覚はあくまでも主観的な感覚であり、その主観は意識の持ちようで良くも悪くも変化させることができる。潜在意識は非常にフレキシブルな性格を持っている。 恐怖を笑い飛ばし、苦難を脳天気に切り抜ける。お化け屋敷を大笑いしながら通り抜ける神経をもっていれば、どのような危険な状況に陥っても笑いながら生還できるのだと実感した脳天気ライダーであった。 |
Copyright(C) 1998-2003 Unyuh Komori, All rights reserved