あかべこ日記

「みちのく雨情」

平成10年10月中日

by 森 くらうど(ベベパパ)


第一楽章 前奏曲 <あんだんて>
 
 里に乗り出せば雨が降る。
山に登れば霧が出る。
とかくこの道走りにくい。
朝靄の中はことごとく翳ろうの如く目に映り、道の行く末も朧気ながら心もどことなく物憂い感じがする。
遙か先の到達点のことは念頭から振り払い、ひたすら今の道を進み続ける。
ともすれば雑念が脳裏を過ぎり、あろうこともない事を現実のものとして引っぱり出しかねない。
細い一筋の轍を、雨に濡れた道に澪を曳きながら、その乱れの無いことを願いつつ進む。
一体いつになったら雨があがるのだろう。
いつ霧が晴れるのだろう。
一度立ち止まれば倒れてしまう。
だからといって向きを変えると滑って転んでしまう。
旅人は今の己があるがままに、打ち付ける雨滴を甘んじて受け、畢竟流れに乗って進み続けるしかないという結論に到達した。


第二楽章 序章 <あれぐろ・あんだんて>

 みちのくの秋の紅葉は美しいであろう。
いや、美しいに違いない。美しい筈だ。
そんな虚しい期待を胸に、雨に煙る山中の道を進む。
陽の光は重たく暗い雲に遮られて十分大地には届かない。
紅葉は陽の光に映えてこそ美しさが認められるものである。
だが、光の届かない分、そこには別の美の世界が現出しているのに気が付いた。
光を失う事は色を失うことであり、色彩の世界が無彩色の世界に転じているのである。
それは墨絵の世界である。
近くの山々は黒々とした姿を横たえ、遠くになるにつれて霞がかって灰色を帯びてくる。
その合間に靄がかかり、龍が天に昇るが如く山頂に向かって立ち上っている。

 激しく打ち付ける雨滴が前途の視界を遮り、首筋から腰のあたりから忍び込む冷たさに体を震わせる。
思うままの速さで進むことを許されないまま、心の焦りを余儀なくされる。
果たして無事に目的地まで到達できるのであろうか。
雨に洗われる道に澪を曳きながら進むうち良からぬ想いが頭を擡げる。
進まねば、進まねば、止まることは許されない。
雨宿りは心の拠り所を求むることで、時の歩みは待つことを知らない。
そうしている間にも降り続く雨の冷たさは体に浸み入るばかりである。

 やがて津軽に続く羽州街道に入り、あと少しの道のりのところまでたどり着く。
秋の日の沈むのはみちのくに来てその歩みを速めたようだ。
まだ夕刻というのに辺りは漆黒の闇の帳が降りている。
かろうじて照らし出す明かりの中の限られた部分だけが進むべき道を導いてくれる。
それも何度も足を運んだ道故に為し得る導きであろう。
己が心の道故に。


第三楽章 間奏曲 <あ・てんぽ>

 湯の温もりは身も心も和ませてくれる。
冷え切った体を湯の中に横たえ目をつぶると、朝靄の中から旅立ち、激しく打ち付ける雨滴の道中、墨絵で描かれたごとき世界の中の旅、漆黒の闇夜を一条の光を頼りに進む道のりなどが走馬燈のように脳裏を過
ぎる。
温かい湯の中にいる無事な己の姿を湯煙の立ちのぼる天井付近から見下ろしている。
安心して、感謝して、強ばった体が次第に緩んでくるのを感じながら、旅人は安らぎの表情を浮かべた。
硫黄と塩気が徐々に染み込んでくる感覚を肌に感じながら少し微睡んでいた。
と、瞬間肺に満ちていた空気に異物が入り込んだ時、激しく咽せて目が覚めた。
あまりの心地よさに湯の中で眠ってしまったらしく、湯の中に潜ってしまったのだ。
塩っ辛く苦い味を口の中に残すまま慌てて湯から上がり、何事も無かったかの様子で部屋に戻る。
食事を済ませると早々に床に就き、疲れも手伝って夢の中に引き込まれて行ってしまった。


第四楽章 ハレルヤ <あれぐろ>

 みちのくは朝から陽の光に満ちていた。
昨夜までの雨の名残が道の上の水溜まりにあるものの、山の木々の紅葉が陽の光に輝いていた。
梢の葉の先に溜まった滴が地面に落ちる瞬間、それまでの葉との別れを惜しむかのようにキラリと輝きを放って地に向かって旅立って行く。
ぱらぱらと地に落ちて弾ける音が辺りに広がる。
身も心も晴れ晴れとして、再び旅人は里の道に乗り出した。

 各地から巨樹・巨木を守ろうという人々が一同に集う会、全国巨樹・巨木林の会の総会がここみちのく秋田の藤里の町で開かれた。
日本には、樹齢が1000年以上の木が数多く残存しており、環境庁や林野庁により保護されている木があれば、手つかずの木もある。
多くは寺や神社の神木として信仰の対象となっており、手厚く保護されている反面、人の手が入りすぎることによる枯死も見られる。近年、周辺の環境が変化したために倒壊したり、枯死したりする木々が少なくない。巨木の保護という名目で1本だけ残されて、周辺の木々が切り倒され、風雨に直接晒されることで、悠久の年を経て幾多の危機を生き抜いてきた木が、周辺との均衡を失い、倒れて行くのである。

 王たる巨木は、周りに金、銀、飛車、角、桂馬、香車と歩たる木々が多くいて守られ生きてきたのである。周囲の駒を全部とられてしまうと、たとえ巨木の王でも、自然の中の厳しい戦いに持ちこたえるのは至難の技であろう。

 多くの人々に巨木と語り合って欲しい反面、あまり巨木に近づいて欲しくない気持ちがあることは否めない。
木を守ること、悠久の年を生きてきた木々にとって人が手を加えて保護作業をするより、何もしないでそっと放っておくことが最良の策なのではなかろうか。
周辺の整備によって孤立し、人々の足によって踏みつけられ、巨木はその命を縮めてしまっているのではなかろうか。

 何もしないほうがいい。

見に行くのなら、謙虚な気持ちで遠慮しつつ遠くから眺めるのが木々にとって良いことなのである。

 神社や寺の神木は、人に崇められて育ってきたから、観光の対象として認められよう。
しかし、山にある巨木は、森の家族に支えられているのである。
森には森の知恵があり、自分たちの力で生き抜いてきたのである。
そこは、決して観光化されてはならない。
人間のエゴで、巨木の、森の命を縮めることは決して許されないことなのである。

  
第五楽章 帰途 <ぷれすと>
 
 帰途に就く朝、まだ雨は無かった。
前夜もあちこち彷徨したあげくに疲れ果てて早々に眠ったお陰で、朝の目覚めは良かった。
朝湯に浸かり、朝餉を食して徐に旅立つ。
戻り道は、雨で見られなかった景色を見直すために同じ道を行くことにする。
途中、以前出会った巨木に再び会うために立ち寄ろうとしたが、以前の道の記憶が全く無い。
尋ね尋ねてやっとの思いで「出川の欅」にたどり着いた。


樹齢は1500年以上、中心の幹はさすがに枯れ果てて空洞化しているが、横に張り出した根が太い幹のように見えるほど逞しく伸び、そこから3本の巨大な若木が旺盛な樹勢を保っている。
幹や根には大きな複雑に絡まった瘤があちこちに見られ、それらの形は仁王像の逞しい筋肉にも似ている。前日訪ねた藤里町の「大沢の欅」は筋骨隆々とまではいかないまでも、ふくよかな女性的な巨木であった。同じ欅の巨木でも、それぞれの環境で様々な形を醸し出すものである。

 


 先に通ったときは雨に煙る墨絵の世界だったが、陽光まばゆい下で見るみちのくの紅葉はそれはもう美しい色彩の世界であった。
七竈の赤い葉とたわわな赤い実り。
ぶなの黄色の葉がはらはら舞い落ちる中を駆け抜ける時、優しく秋の風が頬を撫でる。
ススキの穂が一斉に風にそよぎ、道行く旅人に沿道で声援を送っているかのようだ。

 しばらく行くうちに、リンゴ畑に出た。
赤いリンゴの実が樹になっているのを見ることは都会ではあり得ない事だけに、そのたわわなリンゴたちを見たときは感動一入だった。
店頭に並ぶリンゴと違って、木になるリンゴは実に愛おしい。
可憐な花を咲かせて目を楽しませ、実を結んでもまた目を楽しませてくれる果樹は他にもいろいろあるが、その愛おしさではリンゴと桃につきると旅人は思った。
リンゴの花に関しては笑い話がある。
以前やはりみちのくを旅していたとき、とある畑で木に咲く花を摘んでいる老人に出会った。
「おじさん、その花はなんの花ですか?」と、旅人が問うと、
「あん、これがぁ?これぁ、れんごぉ。」と、答える。
「れんごぉ?それ、なんですか?」と、再び問うと、
「おめぇ、れんごぉ知らんのけぇ。都会の人間はそんなのも知らんのげぇ。れんごぉっつうのはな、ほら、まあるくて、あーかい実のなる、おめえ、くったごとねえのけ?」
「ああ、リンゴですかぁ。」と、旅人が納得すると、
「そっ、れんごぉ。」
みちのくはことばがむずかしい。

 リンゴの赤い実に感動しつつ、陽気な気分で再び走り出した。
だが、そんな陽気は程なく陰気な雲に隠れてしまう。
今一つ来るときに会えなかった「真山寺の乳イチョウ」のところに立ち寄ったときには、最早陽の光はどこかに行ってしまっていた。
前日会ってきた藤里町の「権現の公孫樹」と同様、枝から見事な垂乳根(気根)を垂らしていたが、これらのイチョウはほとんどが雄樹であるという。
それが証拠に垂乳根の多くある木には銀杏が実らない。
銀杏をつけるのは雌樹で、雄樹に比べて数少なく、実をつけることで相当の労力を要するため巨木にはならないらしい。
まさにほっそりとした女性的な容姿であるらしい。

 程なくしてあの恨めしい雨が天から落ちてきた。
旅人の前途を白く覆い隠し、またもや首筋、腰あたりから冷たい感触が侵入してくる。
忍び寄る暗闇とともに視界が失われてくる。
往路では前途の事は殆ど念頭に置かずに来たが、復路では己の帰る家の事が念頭から離れない。
ただ、ひたすら早く家に帰りたいという気持ちだけで走り続けていた。前途は全く見えず、曇ガラス越に見るようなものである。
朧気ながら見える前車の灯りを頼りに着いて行くのが精一杯の旅人であった。

 ようやくの思いで家にたどり着いたのが午後10時だった。
朝8時にみちのくを発っているから14時間の道のりである。
往路は12時間、中日は4時間の走行故、都合3日間で30時間の走行になる。
そして、距離は2000キロ弱を記録していた。

 その夜は永かった。愛猫も枕元で添い寝をしてくれていた。
目覚めたのは日が変わって午後の3時。
15時間の永い夢の道のりだった。


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