亀仙人、地獄絵図を見る

平成14年五月

by 古森 雲遊
<ベベパパ>


<思い立ったら吉日とな>

 五月晴れの初夏を思わせる暑い朝、布団をはだけて寝返りを打った途端目が覚めてしまった。3日後には岡山の蒜山高原でのキャンプに参加するつもりなのだが、前日に横浜を出るには距離的に強行軍過ぎると思い、2日前に出ようと計画していた。ところが、昼過ぎに起き出して、青い空の広がりを見ているうちに、そそくさと亀仙人BMWR1200Cに巨大な荷物を積み込み始めてしまった。早めに出るに越したことはないとばかりに、午後三時には横浜の雑踏の中に走り出していた。

 出発が遅いから、その夜は蒲郡あたりに泊まるつもりでひたすら下道裏道の外道を走る。平日の国道は大型トラックと通勤の車で大渋滞の相を呈していた。箱根を越え、沼津あたりで早々に日が暮れてしまった。それでも高速道路には絶対乗らないと心に決めて、時折農道や県道に迂回しながら東海道を驀進していた。高い料金を払って高速道路を走れば、時間は短縮できるが道を楽しむことはできない。
本当に楽しい道は路傍に沢山の見るべき小石たちが落ちていて、それを目と心で拾い集めることができる道なのだと確信している。まして、夜ともなると高速道路よりも一般国道の方が遙かに走りやすい。高速で走れば走るだけ、白と黒のパンダ模様の車に脅え、群れなす巨大なトラックに怯えなければならないのだ。とても精神衛生上好ましいとはいえない。
22時になると有料のバイパスが無料になるので、時間待ちのトラックが料金所の手前で待機している。浜名湖バイパスも御多分に漏れず橋の上まで路肩に並んでいた。
海岸の道路を走ると潮風が吹き付けてくる。シールドが白く曇ってくるのが分かるが、そこで拭うと余計に曇りが広がってしまう。じっと我慢して豊橋の市街地に入ったところで水で洗い落とした。その時はすでに11時近くになっており、平日だからホテルも空いているだろうと甘い考えでいた。ほとんど人通りも車の影もない蒲郡の街をすっ飛ばして、お馴染みのビジネスホテルに辿り着き、足もとを蹌踉めかせながらフロントのいつものオヤジに問うた。

「はあ、やっと着いたあ。部屋空いてますかあ?」
「ああ、悪いねえ、今日は満室で一つも空いてないんだわぁ。」
「へっ!? ひとつも? あっちゃー、今からじゃ、他のホテルもあかんかなあ? 12時近いもんなあ・・・」
「そうだねえ、悪いねえ・・・」
同情の言葉を背に受けて再び走り出したものの、最早空いていそうなホテルはきらびやかにネオン瞬くラブホテルぐらいしかない。
正月ちゅるりん地獄で思い出深い23号線を駆け抜けているうちに、結局、雪の夜を明かした長島温泉のドライブインに駆け込んだ。そして、天然温泉の謳い文句に誘われてまったりとした時を湯の中で過ごしたのだった。


<小鳥の囀りは眠りをも呼び覚ますとか>

 風呂上がりにはゆっくりと微睡みたい気分だったが、ゲームセンターと併設されている場所だけに賑やかなことこの上ない。髪の毛を乾かす間もなくヘルメットを被り、エアインテークを全開にして頭をスースーさせて走ることにした。小一時間も走ってヘルメットを脱ぐと、髪の毛は内張の段々模様のまんま固まっていた。

 1号線に入り、鈴鹿の山々に近づくにつれ気温が下がりだした。
横浜を出るときから初夏の暑さを予想して防寒具は持ってきていない。仕方なく黄緑のアマガエルカラー
のレインウエアを着込んで道の駅のベンチで横になるが、とても眠れる状態ではない。
再び走り出し、鈴鹿峠を越えて水口から信楽に駆け込み、大津に抜ける頃には東の空がうっすらと明るくなってくる。南禅寺を通り過ぎると、もう京都の我が家なのだが、早朝5時だと「ただいまあ・・・」などとお気楽に上がり込めない。少し遠慮をして、ちょっと足を延ばすことにした。北山の鞍馬に向かい、そのまま花脊峠を越えて京北町に入ると、片波川の脇の林道に踏み込む。所々前夜の雨でぬかるんでいるが、お構いなく亀仙人を乗り入れる。あかべこGSと違ってオンロードタイヤだし、車高も低い上、荷物満載ときている。下腹に砂利が跳ねてカンカン賑やかに鳴り渡る。
所々泥につっこんでにゅるんときたら、ライダーの方がきゃっきゃうっひぇほっひょと騒々しい。洛北の深山に変な悲鳴がこだましていたようだ。

 一月前に訪れた時は、雨の降る中、イヌブナの新緑が鮮やかに映えていたが、目の前に広がる山々の緑はその濃度を増して陽光を受けていた。
尾根筋に広がる巨大な伏状台杉群の森に分け入ると、あちこちでウグイスやホトトギスが饒舌に囀り始めた。
「ああ、またあのでっかいアマガエルがやってきたぞ! 法華経!」
「性懲りもなく来たかいな、アホ! 特許許可局!」
「穴居穴居穴居穴居・・・!! 法〜法華経!」
「天辺翔たか天辺翔たか天辺翔たか・・・!!」
行く先々の梢で騒々しく喚き立てるので、「喧しいっ!」という意味を込めた「へえっくしょん!」で一喝すると、一瞬びっくりして静粛にするのだが、ものの数十秒で喧噪は復活するのだった。
尾根伝いに下りていくと、歪に曲がりくねった巨大な台杉があちこちに鎮座している。

あるものは別のコシアブラやミズナラなどの木々を抱き込み絡み合って悠久の葛藤図を見せている。天に向かって槍を突き上げているが如く、仰け反り返って呆然と天を仰いでいるが如く、互いに締め合って苦しみ悶えているが如く、腕や脚を切り落とされて身動きしないが如く、それぞれがそれぞれの生き様を象徴するが如く、山間に戦場の地獄絵図を展開しているようだ。

 そんな地獄の中でも新しい命の芽吹きがところどころにうかがえる。

倒木に芽吹く新芽や朽ち果てた杉の立木にイタヤカエデが根を伸ばし、辺り一面に種を飛ばして同じ形の幼い葉を茂らせている。台杉の地獄も、そのうち広葉樹の天国に変わっていくのだろう。相変わらずウグイスやホトトギスが春を謳歌し続けていた。

 雨ならば外側だけが濡れるのだが、汗だと内側からシャツ、皮ジャン、レインウエアまでがぐっしょり濡れてしまった。仕方なく裏返しにして荷物の上やハンドルに広げて乾かす。強い日差しが乾きを早めてくれた。ちょっぴり湿った皮ジャンを着て、登ってきた林道を下るのだが、再び洛北の山間に奇妙な悲鳴がこだましていたようだ。

 誰もいない京都の我が家に上がり込み、ようやく眠りに就くことができた。どうにも昼と夜がひっくり返った生活になっている。そして、家族が帰って来た夜の10時に、蒜山に向けて暗闇の都路を走り出した。


<深夜の山陰道は天国とな>

 国道9号線は深夜ともなると、ほとんど車は通らなくなる。時折長距離トラックが数台固まっているが、それも100キロ以上の速度でトロトロ走ってる程度だ。5,6台まとめて追い抜きをかけても、広く緩やかなカーブの続く国道は十分な余裕がある。4速全開にしてコーナーを駆け抜けてもステップを擦るようなことはない。関宮のループ橋では3速全開でぐるぐるぐるぐる回ったが、ステップより靴先を擦ってしまい、激しく地面に蹴っ飛ばされることが数回あった。

鳥取に入ると海沿いを通る。
すぐ横で潮騒が聞こえてくるのだが、ヘッドライトが照らす中には、うち寄せる波の姿は見えてこない。「日本のハワイ」という紛らわしい謳い文句の羽合温泉を横目に三朝(みささ)温泉に向かった。「ハワイ」を通ってはいるが、その時の気温は10度もなく、バイクで走っていると体感温度はかなり下がって体の芯まで冷え切っていた。
三朝に行けば、いつでも入れる露天風呂があるはずだ。
人通りのない深夜3時にして、果たして露天風呂はあるのかと不安に思いながら温泉街を通り過ぎ、川に架かる橋のところでようやく人の姿を確認した。2,3人の人影がタオルをひょいと首にかけたり頭に被ったりしている。中の一人がきょろきょろしているライダーに声をかけてくれた。
「風呂に入るんならそこの橋の横から下りるとええよ。いい湯だよー。」
「ああ、そう、ありがとう。じゃ、いただくかな。」
タオル片手に橋の袂から河原に下りていくと、簡単な脱衣場と申し訳程度の葦簀(よしず)の目隠しが立ててあった。
月明かりだけを頼りに湯船に入ると、冷え切った肌に心地よく湯の温もりが染み渡ってくる。
「ああ、気持ちいい、なんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶ・・・」
「ははは、極楽ですなあ。どこからいらした?」
「横浜から2日かけてバイクで走ってきました。あちこち寄り道ばかりしてましたけどね。」

先に入っていた人と、しばしバイク談義で湯の花が咲いたようだ。やがて一人きりになり、すぐ側を流れる川のせせらぎを聞きながらウトウトしているうちに夜が明けてしまった。明るい日の光の下では橋の上からも川の対岸からも丸見えだが、風呂に入っている時は全く裸が気にならない。水着など着る方がよっぽど不自然だ。
1時間以上も湯に浸かって十分に温まったので、しばらく湯上がりのまったり気分を楽しんでいた。
三朝から蒜山までは峠を一跨ぎの距離だ。午後3時の集合まで時間は有り余り過ぎている。それでも、早く着いてテントで眠るべく5時頃バイクに火を入れて走り出した。ところが、10分も走らないうちに、せっかく温まった体が急激に冷えてきた。
蒜山高原に入る峠付近の気温は4度まで下がっていたのだ。結局、また温まろうと湯原温泉に向かってまっしぐらにすっ飛ばしてしまった。

 湯原の街中を抜けたダムの近くに「砂湯」という混浴露天風呂が24時間無料で開放されている。実に嬉しい楽しい素敵な温泉ではないか。またまたタオル片手に軽い足取りで「砂湯」に向かうと、遠目に三人の若い女の子の姿が見えた。しめたとばかりに小走りに脱衣場に入り、そそくさと服を脱ぎ捨てると、「長寿の湯」と銘打った湯船に飛び込んだ。

「あっちー! なんだこりゃ、どえりゃ熱いじゃん!」

熱い湯が冷えた肌にがぶりと噛み付く。タオルで前を隠すなんてことはせずに、ぷらんぷらんふりふりしながら熱い湯の周りをうろうろしていた。
若い女の子たちはというと、一人はバスタオルでガードを固めて湯に入っていたが、あとの二人は着衣のま
ま足だけを湯に浸けていた。そのすぐ前で、若いお兄ちゃんがこれ見よがしにすっぽんぽんで岩に腰掛け、盛んに女の子の方に目線を送っているのだが、彼女たちは全く無視しているようだ。結構立派なものをお持ちのようだったのだが・・・。
かなり大きな湯船が3つあり、「美人の湯」と「子宝の湯」に入ってみたが、「長寿の湯」ほど肌に噛み付く熱さではなく、のんびりと体を伸ばしていられた。湯船の周りが浅い棚段になっていて、そこに寝そべっていると実に心地よいウオーターベッドのようだ。
一物を振りかざして寝そべるのは混浴のエチケットとして不適切だろうと、タオルを被せておいた。時折湯を手で掬って体にかけると実にいい気持ちなのだ。そのままウトウトとまたもや1時間半も過ごしてしまった。気が付いた時には、若い女の子たちの姿はなく、替わりにかなり年代物のお婆さんとお爺さんが「子宝の湯」に浮かんでいた。


<蒜山キャンプは地獄の入口とな>

 日も昇り、暑い日差しが降り注ぐ頃、と言ってもまだ朝の8時なのだが、蒜山のキャンプ場に着いてしまった。広い芝のゴルフ場のような場所で小さな桜の植え込みが点在しており、木陰などという贅沢な場所は見あたらない。それでも高原の涼風が心地よく肌を撫でてくれる。誰もいないキャンプ場にテントを張り、他のメンバーが来るまで寝て待つことにした。
前もって仕入れたネット情報では、南は九州鹿児島から、北は東北あたりから遙々バイクを駆って走ってくるらしい。自分を含めて、みんなバイク馬鹿としか云いようがない。「阿呆は寝て待て」とばかりにシュラーフを広げて目をつぶると、カッコーやホトトギス、ウグイス、キジなどの賑やかな鳴き声が高原に響き渡っていた。

 うとうとしていると、聞き覚えのあるエンジンの音で目が覚めた。
見ると真新しい赤いGSがやってきた。大阪から初参加とのこと。あかべこより年式は1年古いが、まだ距離は1万7千キロほどで、見るからに綺麗だ。
早速テントを張る場所を決めて荷解きを始めると、更に3台現れた。その後、千葉の成田から駆けつけた長老ライダーが到着すると、テントを張るより前に酒盛りを始める始末。
「かますこんにゃく」ならぬ「カミュ・コニャック」やいろいろなボトルのブランデー、ウイスキーをずらりと並べ、昼飯替わりに液体燃料の消費と相成った。
昼過ぎまでにぞくぞくとやってくるのだが、集合時間の午後3時には、30台余りのBMWが集結した。K100LTのサイドカーで現れた埼玉のライダー、R1200Cのサイドカーに双子の子供を乗せて来た三重からのライダー、讃岐うどん屋台、たこやき屋台、ラーメン屋台、その他思い思いの食材やアルコール系飲料を積んできたライダーたちは、てんぷら屋台を始めたライダーの周りに勝手にそれぞれの店を開け始めてしまった。

みんな荷解きもそこそこに「乾杯、乾杯」が挨拶になっているらしい。
そうこうするうちに、ようやく幹事役のANが到着したのだが、バイクから降りてヘルメットを脱ぐなり、サイドパニアからいつの間に取り出したのか缶ビールを一気に飲み干す。それから「妖怪狸」の七変化と同時に酒池肉林の妖怪地獄絵図の始まりとなったのである。
「ああ、腹減った、ねえ、何か食い物ない? ずーっと徹夜で走ってきて、何にも食ってないのよ。」
聞けば、神奈川の相模原から岡山の蒜山までの800キロ余りを、ずっと下道で飲まず食わずの走りっぱなしで来たとのこと。この男、酒を飲む前から妖怪変化しているとしか思えない。

キャンプ場のあちこちにいるバイク仲間のところに行ってはビールで乾杯、乾杯と挨拶をして回っていたが、やがて、貢ぎ物の日本酒が集まる屋台村に腰を落ち着けると、一升瓶を抱えてぐいぐいと飲み始めた。
「なんだい、これ、水みたいだ。この酒は水、水。」
と、直接ラッパ飲みを始め、飲み干すと誇らしげにポイと後ろに瓶を投げ捨てる。
「はい、次ぃ!」
また、新たな酒瓶の封を切り、最初は周りに飲め、飲め、飲めと勧めるものの、すぐに口を付けてラッパ飲みを始める。そして、飲み干してポイと投げ捨てるのが延々と繰り返されるのだった。
天ぷら屋はというと、サツマイモ、カボチャ、マイタケ、エビ、ナスと膨大な量のタネを小さな天ぷら鍋でちまちま揚げており、ほとんど自分が食べる暇はない。
「ほいさ、揚がったよ。」
皿に盛って出すと、周りからサッと何本もの手が伸びてあっという間に無くなってしまう。
「ねえ、エビ揚げて、エビ。」
「カボチャが旨い。カボチャお願いしまーす。」
「マイタケの天ぷら、最高!」
蒜山のキャンプ場に黙々と天ぷらを揚げ続ける屋台のオヤジの姿がありました。
「おーい、このタコ旨いよおー。」
「ほら、このカニ茹でてくれー。」
「はいよ、うどん茹で上がったから生卵といてつけて食べてー。」
「明石のタコの入ったたこ焼きだよー、どーぞー。」
「ラーメンできたよー、早いモン勝ちだよー。」
「おーい、酒、酒、酒持ってこーい。」
「うわわっ、このウイスキーめっちゃ旨い。」
「ブランデーはこうしてグラスで飲むもんだ。」
「マグロのカマ焼けたー?よっしゃ、食おう。」
「カツオのたたきだよー、旨いよー、食えよー。」
「ほい、フグも焼けたよー。」
「ウイスキー、オンザロックでお願いねー。」
「もっと強い酒ないのかー、こんなん水じゃん。・・・ポイ。」
とてもキャンプ場とは思えないメニューと酒の量だが、あれよあれよという間にみんなの胃袋に収まっていく。
やがて妖怪狸は座ったまま一升瓶を抱えて狸寝入りを始めた。だが、誰かが揺り起こすと、
「おお、飲もう飲もう、さあ、飲め飲め。」
寝言なのか譫言なのか一声叫ぶと、すぐに寝入ってしまう。この妖怪狸、この1年以上布団で寝たことがないそうだ。常に椅子に座って眠る習性があるらしい。
「おーい、露天風呂に行こう。今ならどびゅーんばびゅーんの若いネエちゃんの裸が見られるぞー。」
数人が連れ立って鼻の下を伸ばして行ったようだ。しかし、ほとんどの妖怪どもは食いつぶれ酔いつぶれて、早々と塒(ねぐら)に潜り込んでしまった。あちこちのテントから妖怪の唸り声ならぬ高鼾が聞こえていた。

 翌朝、缶チューハイ片手にキャンプ場を彷徨く妖怪狸の姿があった。
「えーっ、これ全部オレが飲んだって? うっそー、一切記憶にございません。」
「水だって云ってラッパ飲みしたって? そんなの全然覚えてないよー。」
大勢の証人の前で、唯一人無実を主張する哀れな妖怪狸だった。

 前夜行わなかった盛大な焚き火でほとんどのゴミを焼却処分して、10時には解散となるのだが、結局、深夜に到着して早朝帰っていった者も含めると45名余りの妖怪が全国から集まったようだ。


<丹後の夜はまたもや地獄とな>

 蒜山での「妖怪集会」は、一部の残党を除いて解散と相成った。
10騎の妖怪の残党は、その夜丹後での宴会を企てていた。妖怪狸ANを筆頭に宮崎の妖怪、たこやき妖
怪、側車妖怪、長老狸、苛められっ子妖怪、なにわの妖怪、丁髷妖怪、みやこの妖怪、下戸妖怪、集団で蒜山を出た一行は、まず三朝の露天風呂へと向かった。

前夜、いや、前日の朝夜明けを迎えた三朝の露天風呂に、缶ビール片手の妖怪どもがわいわいと賑やかに屯している。なにわの妖怪が何を思ったか、浴槽から上がった瞬間ちゅるんと滑って転び、両足を高々と上げてしまった。もうすでに酔っているらしい。
妖怪狸ANに至っては座り込んで体を洗っていたが、最早目も座っていたようだ。
一頻り湯に温もり、さっぱりと気分一新した一行は鳥取砂丘の近くで昼食となった。そこでも、片手のジョッキを忘れないのは妖怪たる所以か。

 腹も満たされ、眠気を払うためか、但馬漁り火ラインという名の海岸道路を10騎は怪走する。きついコーナーでは亀仙人の車高が低いため、やたらステップやマフラーを地面に擦り付け、ぎゃん、じゃらん、くぁん、と騒々しい。
途中、余部鉄橋と久美浜の小天橋で休憩したが、夕方6時に丹後に着くまで、ひたすら尋常でない速度をもって怪走していたようだ。

 丹後町の久僧海岸の民宿に入ると、すぐに近くの温泉に向かった。
朝から飲み、温泉、飲み、走り、飲み、食べ、走り、飲み、走り、温泉、飲み、食べ、飲み、飲みと、下戸の人間から見るとまさに地獄絵図を見るようだが、飲む方の妖怪どもにとっては天国なのかもしれない。

 温泉から、からころ下駄を鳴らして戻ってくると、宿の食卓には海の幸の満艦全席が並んでいた。
イシダイ、トビウオ、サザエ、マダイ、メジナ、イカ、タコ、エビの刺身があるかと思えば、サザエのワイン蒸し、壺焼き、イカの腸和え、ハタハタ、セイコガニの外子、ツブ貝、イサキの焼き物、オコゼの唐揚げ、ナマコの味噌和え等々、どれから食べていいものかと迷うほどのメニューが眼前に広がっていた。

皆一同に喜んで食べ出したのだが、妖怪狸だけはいきなり一升瓶のラッパ飲みを始めた。飲み放題で3升の酒があれば十分だろうと思った宿の主の考えは甘すぎた。蒜山のキャンプ場に続いて、丹後でも、
「なんだ、これ、水じゃん、水、水・・・」
と一升瓶を空にしては、後ろにポイと投げ捨てる。
「さ、飲め、飲め、飲め。」
と、勧められて一匹の妖怪は湯飲みに溢れさせながら口を付ける。他の妖怪も負けずに酒をあおる。しかし、妖怪狸のペースには誰も付いていけない。ある者は早々にひっくり返り、浴衣をはだけて真っ赤な体を曝していた。そのうち、妖怪狸は三升では足らないと、帳場から一升パックを仕入れてきてぐびぐびやり始めてしまった。他の者は大体のものを食べ尽くしていたが、ツブ貝が残っているのを見た妖怪狸は、やおらビール瓶でカンカンと殻を割り始めてしまった。ここで、狸がラッコに変化したのである。
「うおーっ、なんだ、割れねえぞ、この貝。」
「ほら、瓶が割れる、瓶が割れるぅ!」
制止する声も聞かず、ひたすらかんかんかんかん殻を割る妖怪ラッコの姿があった。
そのうち、満足したラッコは大の字になってひっくり返ってしまった。ほとんど一人で3升の酒を飲み干したので、他の者はあまり飲めないでいたようだ。ちびちびとがばがばでは10倍ぐらいの酒量があろう。やがて、ふらりと起きあがったラッコはどこかに姿を消してしまった。1時間経ち、2時間経っても戻ってこない。心配して皆で探したが、どの部屋にもおらず、外に出た形跡もない。厨房に顔を突っ込んで問うた。
「あのう、約1名、化け物が行方不明なんですけど・・・」
「はあ? ANさんですか? さっき酒が足らないって一升持って行かれましたけど、トイレじゃないんですか?」
1時間以上もトイレにいるはずがないと思い込んでいたので、さして念入りにトイレまで探さなかったが、今一度、トイレを覗くと確かに一つ小部屋に鍵が掛かっている。
ノックしても返事はなく、大声で呼んでみた。
「おーい、生きてるかあ!?」
「・・・ふえーい・・・」
何とも頼りない返事が返ってきた。
「わははは、トイレにいたよー。何か寝てるみたい。」
丁髷妖怪がデジカメで上から撮影してきた。
「ああ、なんだ、また座ったまま寝てるよー。アイツはあの格好が一番寝やすいんだろうな。いつものことだから。」
狭いトイレの便器に座って眠りこける妖怪狸の姿が綺麗に撮れていた。

 翌朝、いつの間にか布団に入っていた狸が目覚め、顔を見ると何とも間抜けな表情をしている。よく見れば前歯が2本抜けてなくなっているのだ。
「夕べ差し歯をトイレで落としたみたい。なんか便器に落ちていく姿を見たような記憶がある。」
歯を無くした記憶はあるのに、満艦全席の料理の話をすると、
「ええーっ、そんなのあったの?知らなかった。」
「ツブ貝をかんかんビール瓶で割ってたじゃん。」
「全く、記憶にございません。」
「トイレで2時間も寝てたんだよ。」
「うそー、覚えてないよー。」
まったく、どこまでもすっとぼける妖怪狸オヤジである。

 一行は経ヶ岬から伊根町をまわって帰路についたが、途中側車妖怪の動きがおかしいので確認すると、後輪のボルトが全部弛んでいた。危うく丹後の海にダイブして天国行きとなるところだった。

 それにしても、この妖怪集団、端から見ればその行状は地獄絵図だが、当人たちは走っていても飲んでいても天国の極楽気分であることは間違いなさそうである。それが証拠に、妖怪通信で次のような電文が流された。
「次は津軽の竜飛に集合! 酒を忘れるな!」



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