あかべこ日記伊豆富士編

「黒い森」

平成十三年水無月
by  森 みゃお(ベベパパ)


<明け烏>
 夜明けと共に塒から飛び立つ烏の声が騒がしい。
静かに飛べないものかと文句を言えど、空飛ぶ烏には届かない。
少し前の烏の姿は夜の静寂と闇に紛れて黒い梢に溶けている。
黒い人影がそっと忍び寄り木々の間を彷徨う姿を、枝に止まる烏は固唾を呑んで見守っているのだろう。
木々の間から全く烏の気配を感じない。だが、一旦黎明が訪れ烏たちが塒を離れるとき、どこに居たのかと思える程の黒い羽ばたきが空を覆う。
元々は山や森に棲んでいた彼らが人里の豊富な餌を求めて集まった。
人の出すゴミが烏の餌となる。
烏は雑食性だから人の食べる物は大抵は食べてしまう。
山や森では他の命と闘いながら糧を得てきた烏たち、今や労せずして人の無駄な浪費の残骸を糧としているのは不自然と言わざるを得ない。
烏も人と同じように自然を蔑ろにして生きている。
しかし、罪は人にある。
罰せられるべきは人なのに、なぜか人は烏を罰するために苦慮している。
ゴミをネットやシートで被い「烏の害」から守ると人は言う。
だが、本末転倒ではないのか。
ゴミは「人の害」であり、被害者は烏の方なのだ。
食べ物は人にとっての糧であり、ゴミはその糧の無駄である。
人が生ゴミだけでも無駄にしない努力をすれば、烏も集まらないだろうし、糧を得る努力をするために山や森に帰らざるを得なくなるだろう。
また、人も山や森の自然を守り烏たちの塒を確保する努力をしなければならない。

 明け烏の黒い羽ばたきと共に、あかべこは赤い翼を広げて飛び立った。
7日の時を経て再び伊豆の海を目指す。
水平線から顔を出す太陽を背に湘南の海岸線を疾走していた。
西湘の砂浜では幾本もの棹が撓っており、所々で地引き網を引く人々の姿が見える。
波は穏やかだが沖の方は朝靄が立ちこめており、数人のサーファーが凪の波間を漂いながら所在なげにボーっと沖を眺めている。
熱海の海岸を走る頃には霞の中から朝陽が海面を眩しく照らしていた。
桜や樫の木の並木が葉を繁らせて木陰をつくる中を駆け抜け、一気に開けた伊東の街に走り込む。

 少し外れの葛見神社に静岡県内でも最大級の楠の大木がある。
説明板には全国第2位の老樟となっているが昭和8年の認定なので定かではない。
主幹はかなり傷んであちこちに朽ちた部分があるが、来宮神社の大楠のように無粋な作り物はない。
最小限度の支柱とベルトで何とか倒壊を防いでいる風に見られる。
だが、聳える梢には青々とした元気な葉を繁らせており、樹勢を保っているようだ。
樹齢千数百年とあり葛見神社も藤原朝臣鎌足縁の古社であることから、飛鳥天平の奈良時代からこの大樟は日本の歴史を見続けて来たことになる。
正に木霊宿る古木なのだ。齢50の人間など足元にも及ばないと、根元にひれ伏してその場を辞した。

 東伊豆の海岸道路を河津まで一気に下り、天城峠を目指した。河津ループ橋をぐるぐるぐるぐる左回りで走っていると、三半規管がおかしくなってくる。
天城トンネルを抜けてしばらくすると左手にキャンプ場の案内看板と併せて天城太郎杉の案内標識が見えてくる。
以前は荒れた林道だったが、もう舗装されているだろうと思いきや、依然荒れた泥濘混じりの林道だった。
がたがたにゅるにゅると足元を掬われながらも、何とか太郎杉の所まで辿り着くと、そこには以前にもましてハンサムな大杉が屹立していた。
周囲の木立が心もち大きく繁っているような気がする。
前のように周囲がすっぽんぽんに切り払われてポツンと立っていれば、如何に巨木であっても風当たりが強くてさぞ辛かろうと思ったのだが、少しましになったようだ。
更に根元の周りにも大きくロープで柵がしてあって無闇に入り込めないようにしてある。
少し心苦しく思いながらもロープを跨いで杉の根元まで入り込んでいった。
日当たりが良いものだから樹皮は乾いており、日陰側にも殆ど苔は見られない。
周りを歩くと土は比較的軟らかくフカフカしており、落ち葉が積もっていたが、ロープの柵から出た途端、土が削られて根がむき出しになっている箇所があちこちにあった。
こうなったら、下の道から上がることも制限しないと、いずれ根が露わになって危険な状態になりかねない。
斜面に立つ巨木は各地に見られるが、何とかしないと危なっかしい状態が殆どなのだ。
それも、斜面の巨木のすぐ下に道路を造ったり、人が見やすいように切り開いて整備したりで、結局人が余計なことをして危なっかしくしている。
そして、台風などで強風に曝され折れてしまう巨木が最近増えている。
彼らの寿命を縮めているのは人間に他ならないのだ。

 些か憤りを感じながら、元来たガタガタの林道を駆け戻った。
国道に出てすぐの道の駅でほんの少し体重を減らした後、一気に修善寺を抜けて三島まで走り抜けた。

<恐竜の森>

 三島大社の朝は賑やかだった。
朝一番の神前結婚式があったようで、文金高島田の花嫁と羽織袴の花婿が本殿の前で記念写真を撮っていた。
ご相伴に与りたいものだとも思ったが、むさ苦しいライダー姿なので、遠巻きにみていることにした。
最近の結婚式でも花嫁は白塗りにするようで、角隠しの下の顔は真っ白で幸せそうなのかどうか表情が読みとれない。
錦の織り込まれた打ち掛けの裾を広げて佇む姿は、遠目に白いゴジラに似て面白い。
失礼だがそう見えるのだから仕方がない。

 本殿のある境内の周りには池が設えてあり、大きな錦鯉や緋鯉が泳いでいる。
その池の中州や周辺の岩には多くの亀たちが甲羅干しをしていた。
のんびり亀の姿を眺めるうちに、ふと奥の木立に目を遣ると何やら巨大な影が見えた。
楠の巨木であることは梢の葉の繁り具合で分かった。
ほいほいと軽い足取りでドタドタと池の縁を回り込み、その梢の大元がありそうな木立の中に分け入った。
するとそこに巨大な緑のゴジラの姿を発見したのだ。
正に恐竜然とした姿形の楠が、木漏れ日の逆光の中に際だって見えたのだ。
幹の中程は朽ちて抉れ、小さく突き出した樹皮が苔に被われて恰も二本の前肢のような形に見える。
背中にあたる幹の樹肌にはびっしりと緑の苔が生しており、太陽の光が当たって火を噴くゴジラの背びれの如くに輝いていた。
よく見ると、心臓のあたりにロケット弾でも打ち込まれたのか、ぽっかりと風穴があいて光が漏れていた。

 三島の森の朝日の中、白と緑の恐竜を見た。

 沼津から富士まで国道1号線を行く。
片道三車線の道で雄大な富士山の姿を眺めながら走るとついついオーバースピードになりがちだ。
富士から139号線を北上して朝霧高原に向かった。
西富士道路は有料だけに大体空いているのだが、その分下の国道は大渋滞を呈している。
しかし、そこはバイクの特権で、巨大アルミ岡持三点セットを着けていても路肩ぎりぎりでひょいひょい居並ぶ箱車を躱しながら走り抜けていった。
有料区間を過ぎた所からは朝霧高原に点在する様々な観光施設に吸収されて車の数は極端に少なくなる。
夏の富士山は雪の化粧を落とした素顔を見せている。
澄んだ空気を通して見る素肌は少々荒れ気味のようだ。

 上九一色村に入り、精進湖の北側に回り込む。
小さな集落の奥に聳える大杉が目当てだ。
小さな神社の境内にある、というより、後で神社を造ったのだが、一際高く巨大な杉が辺りを見下ろしている。
目通り周囲は10m、樹高40m、樹齢は1200年とある「精進の大杉」がそれだ。
大杉にありがちな歪な格好の枝や捩れもなく、すんなりと素直に伸びているために、遠目にはそれほど巨大には見えない。
だが、近くに寄って見るとその量感は流石に凄いものがある。
近くに数本巨大な杉が屹立しているが、あまり目立たない。
これならば「精進の大杉群」とした方がいいのではと思ってしまった。

 大杉を後にして精進湖の畔から振り返ったとき、何だか巨大な草食恐竜が長い首を擡げているように見えた。
三畳紀やジュラ紀、白亜紀には、この富士山の周囲にも巨大な恐竜たちが闊歩していたのであろう。
1億6千万年もの長きに渡って地球上を支配していた恐竜たちは、巨大隕石の落下による急激な気候変化によって滅びたとあるが、この富士の裾野では富士山の噴火によって滅びたのではないだろうか。そして巨大な樹木が恐竜たちに成り変わって卒塔婆の如く立っているようだ。
 
<やどり木>(Parasitic trees)

 青木ヶ原の樹海の中を通る路傍に、そこだけ歩道を曲げて保存してある木立を見つけた。
見ると「やどり木」とあって、ミズナラの親木に、五葉松、コメツガ、ヒノキ、フジキ、そよで、ヨウラクツツジ、アセビという多種多様な木々が取りついているらしい。
樹齢300年とありながらさほど大きくないのは、互いに栄養を取り合っているからなのか、生長しないようだ。
自殺の名所とされる青木ヶ原樹海だけに、「樹齢」は「樹霊」で多くの霊魂が取り憑いているかのようだ。あまり気持ちのいい雰囲気ではなかったので早々に立ち去ったが、どうにも富士の裾野は恐竜や人々の巨大な墓場のように思えてしまった。

 朝から何も食べずに走り回っていたので空腹を憶えた。見るとあちこちに「手打ちうどん」の看板が立っている。
どうやら富士吉田辺りはうどんが名物らしい。
しかも、大きな店はなく、ちょうど讃岐うどんのように小さな民家で営業しているのが多い。
いろいろ物色しているうちに町外れまで来てしまい、思い切って小さな店に飛び込んだ。
そこで「肉うどん」なるものの大盛りを注文してしまった。
今から思えば、それは空腹のあまりの暴挙と言える。
出てきた「肉うどん」は、それはそれは筆舌に尽くしがたいほどの不味さだったのだ。

 都留から道志に抜ける道すがら、心は遠い時空の彼方に思いを馳せながら、口の中では歯の間に挟まった肉うどんの肉片を舌先でろれろれと必死で外す戦いの図が繰り広げられていた。
 



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