あかべこ日記特別編
「求道輪」

平成15年 葉月
by 古森 雲雄 <ベベパパ>


<八月のススキ>

 蒸暑にむせ返る筈が冷夏となり、酷暑におののく筈が長雨でしとどに濡れる、どうなってしまったのかと嘆くうちに、いきなりの猛暑で夜も眠れず、避暑に旅立てば、まだ八月というのに野にはススキがそよいでいる。
空にはアキアカネが飛び交い、未だ稲穂も実らない青々とした稲田の上で不思議そうに首を傾げている。
見上げれば刷毛で掃いたような雲が、澄んだ青空に印象画を描いていた。
せわしなく過ぎ去った夏をいと惜しむ暇はないようだ。

「べべちゃん、行って来ます。お留守番よろしくね。」

また、置いてきぼりにされるのを察してか、猫は不機嫌な表情で屋根の上から見下ろしている。
過積載によろめきながら早朝の街に走り出した。
今回は最終目的地が青森であり、途中経路をどうとるかは全く考えずにいた。
行き当たりばったりで適当にハンドルを切り、とにかく北の方を目指してはいたようだ。
多摩川を渡り、都内に入って環八道路を行くが、びっしりと箱車で埋もれた道路は完全に動きを止めていた。
信号が何度変わっても一向に進む気配がない。
空冷エンジンのバイクだけに、走っていないと下から熱気がむんむんと沸き上がってくる。
1時間も停滞していただろうか、諦めて世田谷の脇道に乗り入れてしまった。
かの悪名高き世田谷ラビリンスだ。
いきなり道が途絶えてしまったり、枝道ばかりで行けども行けども同じ所に出て堂々巡りをしている。ようやく踏切に出たものの、人が通れるだけの幅で柵が立ててあり、アルミ岡持三点セットの幅ぎりぎりですり抜ける。
ともかく空いている道ばかり選んでちょこまか走っていると、いつの間にか所沢街道に出てしまった。ここまで来ると関越所沢インターから乗るしか手がなさそうだ。
20年前まで6年間住んでいた街だが、昔とは街並みも道も全く変わってしまっており、かつての裏道がどれだったかも分からなくなっていた。

 何とか所沢インターで高速道路に乗ったものの、時間はとうに昼を過ぎている。
関東平野を抜け出すのに、かれこれ4時間もかかってしまった。
8月でもあり、夏休みの行楽に出かけるのだろうか、道路には車が溢れている。
過積載のバイクゆえ、すり抜けもままならず、緩やかな流れに漂うしかないようだ。
途中で休憩する時間も惜しんで走っていたが、赤城高原に差し掛かる辺りから空気が冷たくなってきた。
レインウエアを着込もうと、結局、月夜野で下りてしまった。
国道17号は、思いの外空いていた。
殆ど通る車の影もなく、三国峠に続く曲道を快適に駆け上る。
緑深い猿ヶ京の渓谷は、まだ夏の色を残しているようだ。
やがて峠を越え、苗場の街中に入ると、何だかうらぶれた寂しい巨大なホテル群が現れる。

冬のスキーシーズンには、雪の衣装で華やかに着飾った建物に見えるのだが、夏場のそれらはバケの皮を剥がされた無様な妖怪の如き虚ろな佇まいを見せている。
そして、湯沢の里に下りてくると、今度は人気の無いパステルカラーのリゾートマンション群が、ススキの穂の間から林立する姿を見せていた。
すっかり秋の装いをしているようだ。

塩沢から十日町まで来ると、周りは一面に稲穂が揺れている。
まだ十分に実入りはしていないが、青々とした葉よりも少しばかり頭を垂れている。
これが魚沼産のコシヒカリなのだろう。
国道の両側に広がる水田を見渡していると、ふとあることに気が付いた。

どの田にも一部隅を欠いたり、畦に沿って何も植わっていない箇所があるのだ。
その時は、何となく疑問を持ち続けていた。

 爽やかな秋風を受けてのんびり走っていたが、時計を見ると夕方になっている。
小出から280号線に入って守門に来たとき、以前横浜のアパートの2階に住んでいた家族が、故郷の守門に帰った事を思い出した。
年賀状に電話番号が記されてあって、携帯に記憶させておいたのだ。
村役場の前のスタンドで燃料を入れている傍ら、電話を掛けてみた。
「もしもし、以前横浜のアパートの1階に住んでいた小森ですけれども・・・、ちょうど今、守門の役場前でガソリン入れているんですよ。」
すると、お爺さんらしき人の声が、
「あぁ、いつも話を聞いておりました。どうもお世話になったようで・・・」
「あ、いや、お世話になったのはこちらの方でして、まことに恐縮です。」
「今、息子は仕事から帰ってないですし、家には年寄りしかおりませんが、どうです、ちょっと寄って行かれませんか?」
あわよくば泊めてもらおうかなどと企んでいた下心を見透かされたようで、ここは図々しく願ったり叶ったりで立ち寄ることを承諾した。
「じゃ、ちょっとバイクで迎えに行きますんで、待っていてください。」
どうやらこのお爺さんもライダーなのかと期待して待っていたら、5分ほどで原付スクーターの老ライダーがやって来た。
「じゃ、後に付いてきてくださいな。」
と、いきなりUターンすると、道路の右側を走り出した。
新潟はアメリカと同じ右側通行なのかと思ったら、前方から車がやって来てクラクションを鳴らしながら急停止した。
老ライダーは悪びれもせず、左側に車線を変えると、颯爽と白い煙を吐きながら田圃の中の道を疾走してゆく。
後ろを馬鹿でかい過積載のひょっとこ面のバイクが、ひょこひょこ付いてゆく。
5分ほどでこぢんまりとした農家に着いた。
玄関先にバックで入り込んでセンタースタンドを立てる。
サイドスタンドでは荷物が重すぎて自立しないし、下手するとそのまま横の池にダイビングしそうだ。
「まあ、ようこそおいでなさった。狭いですけど、どうぞ奥に入ってくつろいでくださいな。年寄りばっかりで、お相手はつまらんでしょうけど、まあ、脚を崩してください。」
実に丁寧な老夫婦の出迎えに、突然の闖入者は恐縮しまくっていた。
横浜に住んでいた頃は、中学生の女の子と小学生の男の子がいる四人家族だった。
ところが、今は老夫婦だけが家にいるので、どうしたことかと尋ねると、前日に母親と息子が横浜の実家に帰っているとのこと。
娘は埼玉の大学にいっており、父親だけが守門にいるのだ。
「あぁ、なんだ入れ違いになっちゃったんですね。ユウト君も大きくなったんでしょう。」
「はい、高校生ですよ。アスカは大学生ですもんね。」
「ええっ、もうそんなになったんですか。だって、ボクが所沢から横浜に移ってきた時に、ちょうどアスカちゃんが生まれたんですよ。そうか、そういえば、もう20年になりますもんね。」
「はい、孫娘は来年成人式ですよ。」
孫の話をする老夫婦の顔は嬉しそうだった。
お茶と菓子が出されたものの、それからの話題がぷっつりと途絶えてしまった。
「じゃ、ゆっくりとくつろいでください。私はちょっと畑に行って来ますんで。」
と、お爺さんが席を立つ。
「わたしも夕飯の支度をしてきますんで。」
と、お婆さんも台所の方に行ってしまった。
後にはガランとした居間にポツンとでっかいオッサンが残された。
仕方なく外を眺めていたら、空には暗雲が立ちこめ、ぽつぽつと雨が落ちてきた。
庭先には納屋とガレージを兼ねた蒲鉾屋根の建物があり、屋根に落ちる雨音がバラバラと聞こえてくる。

雨が吹き込むのを避けて窓を閉め、薄暗い部屋の中でパソコンを弄っていると、外から帰ってきたお爺さんが電灯を点けてくれた。
「まあまあ、暗い中ですみませんね。今、夕食に丼をとりましたんで、召し上がってください。」
てっきりお婆さんの手作りの料理かと思っていたら、店屋物が出てきた訳で、そこでまた思いきり恐縮してしまった。
カツ丼に付いてきた箸袋に「よしみ屋」とある。
「あ、この店、向こうの街道沿いにあるとこですよね。
ここを通るときいつも寄るんですよ。」
「ええ、ま、小さな村ですから、他に店がないんですよ。お口に合いませんか?」
「いやいや、とんでもない、美味しいですよ。」
日本海側を北上するときは、新潟まで行ってしまうと大回りな上に、都市部で混雑するので、大抵は小出から守門を通って新発田に抜けている。
時間的には昼時になることが多く、腹の虫を黙らせるために食事処を探すのだが、守門の街道沿いには「よしみ屋」以外に店が見当たらない。
店のおばちゃんもなかなか気さくな人である。
「あの店に初めて入ったのは、もう10年も前になりますかね。3月頃だったかな、入広瀬の洞窟風呂に入りたくて行ったんですけど、ものすごい吹雪でね、雪かきしてある道を登っていったら、目の前に7mぐらいの雪の壁が立ってたんです。」
「ほぅ、やっぱりバイクで行かれたんですか?」
「いや、まさか、車ですよ。そこで車から降りて雪の壁を見上げていたら、上からおじさんが顔を出したんで、洞窟風呂に行けないかと尋ねるとね、5月の連休過ぎないと道は開かないよぉー、雪が消えたらまたおいでぇーって云われちゃいました、ははは。」
「はぁ、そうでしょうね、この辺りは新潟でも雪が深い所ですから、5月頃まで残ってますもんね。」
カツ丼を食べながら混じっているグリーンピースをひとつずつ摘んで弾いていると、
「豆はお嫌いですか?」
「あ、はい、特に青い豆は駄目なんです。中学生の時からのトラウマでしてね、話すと長くなりますけど。」
「冷めてしまいますよ。」
「いや、いいんです。ボクは猫舌なもんで、熱いのも苦手なんです。だから、お茶も最初に入れてもらったのを冷めるまで待って飲むんです。で、豆の話ですけど、中学1年の時、昼食が弁当持参になったんですね。小学校の時は給食だったから、母親が張り切っちゃいましてね、朝から豆ご飯を炊いて熱々のを弁当箱に詰めて持たせてくれたんです。それで、昼になって、いざ弁当箱を開けると、にちゃぁ〜つぅ〜んですよ。豆が糸曳いて何とも言えない臭いがつぅ〜んですもんね。食べられたもんじゃない。学校から家まで走れば三分ですから、弁当箱持って走って帰りましたよ。おかあさん、こんなん食べられへんやん、腐ってるでぇ。そしたら、母親曰く、堪忍な、熱いのんを入れたさかい腐ってしもたんやな。もう作らへんからな、かんにんやで。・・・でも、それから3回ほど、にちゃ〜つぅ〜んの弁当がありましたね。あれ以来、糸曳く豆と青い豆が大嫌いになっちゃいました。ついでに豆と名の付くものも、坊主憎けりゃ袈裟まで憎しで、食べなくなりましたね。」
「ははぁ、いろいろおありになったんですねぇ。あぁ、じゃ、このお茶差し替えない方がいいんですか?」
「はい、冷めた上につぎ足してもらった方が有り難いです。熱いのを入れてもらったら、また飲めなくなります。すみませんね、わがままで。」
結局、しゃべっている時間が長く、カツ丼を食べ終えるまでずっと老夫婦は付き合ってくれた。
ようやく食べ終わると、お婆さんがスイカを運んできた。
「赤いおいしいところだけ召し上がってください。」
「いや、そんなもったいない。全部白いところまで食べますよ。」
「まぁまぁ、鯉が食べますから、残してやってくださいよ。」
「へっ?鯉がスイカを食べるんですか?」
「はい、うちの鯉はスイカが大好きなんですよ。」
「そう言えば、以前スイカをエサに鯉を釣ったって話、聞いたことがありますね。へぇ、鯉がねえ、スイカを食べるんだ。」
正直なところあまり好きではないスイカだったが、赤い部分をかなり残していた。
「そんなに残さなくてもいいんですよ。遠慮なさらずにどうぞ。」
「いや、別に遠慮はしていないんですけど。」
豆に続いてスイカも嫌いとは言えない。
だから、言い訳がましく話を逸らした。
「実はね、豆と並んで嫌いなものがチーズなんですよ。
これは、小学校の時の給食に出たプロセスチーズが、子供の舌には非常に不味く感じたんですね。その後、大学生になって新宿で初めて食べたピザで、チーズ嫌いが決定的になっちゃいました。
でも、それにはタバスコがかなり影響していたみたいですけどね。
京都から東京に出てきて初めてピザなるものを注文して、一緒にタバスコが置かれたんですけど、初めて見るタバスコがケチャップに思えたんです。
で、ピザの上に目一杯真っ赤になるくらいタバスコをかけて、一口食べたら辛いのなんの、でも、そこで残したら恥ずかしいと思ったんでしょうね、必死の思いで食べたんですけど、さっきも云った通り猫舌でしょう、熱いし辛いし、とろけたチーズがべちょ〜って糸を曳くみたいに伸びて舌につくわ上顎にくっつくわで、もう、口中をヤケドしながらひぃひぃ云って食べたんです。糸曳きつながりで、あのチーズが嫌いになりましたね。それに、タバスコも嫌になったついでにケチャップも食べなくなっちゃいました。そんなこんなで、何年か前にイタリアに行ったとき、レストランに入ったんですけど、ピザ専門店だったんですね。で、チーズ抜きのピザをくれって注文したら、シェフがエライ剣幕で出てきて怒られちゃ
いました。チーズのないピザなんか作れるか、このドアホって云ってたんでしょうね、早口のイタリア語だったから分かりませんでした、ははは。」
馬鹿な話に老夫婦はケラケラ笑って付き合ってくれた。
「あ、鯉がスイカを食べるところ見たいですね。」
「あ、はいはい、じゃ、どうぞ。」
と、お婆さんはスイカの食べ残しを持って表に出た。
バイクを落としそうになった池には50cm以上の大きな真鯉が数匹泳いでいる。
小さく千切るのかと思っていたら、大きな切れ端のままどぼどぼと池に投げ入れてしまった。
「ええっ、そんな大きいまんまでいいんですか?」
「はい、もうぱくぱく食べますよ。」
と、お婆さんは笑いながら答えた。
見ていると、鯉はスイカにかぶりついてサクサクと美味しそうな音を立てている。
確か鯉の口には歯がないはずだが、どうやら大きく噛み切って丸飲みしているようだ。
尤も、鯉には喉の奥に咽頭歯というものがあって、飲み込んだタニシやエビの硬い殻をもバリバリ砕いてしまう。
それに雑食性の魚であり、水の中にあるものは何でも食べてしまうらしい。
だから、鯉釣りのエサは、スイカでもおにぎりでもちくわでも鶏の唐揚げでも、何でもいいから弁当の食べ残しでよかったのだ。
部屋に戻ってしばらくすると、ようやく息子である横浜のアパートの以前の住人ミキオが帰ってきた。
「おぅおぅ、懐かしいでっかいバイクがあると思った。いやあ、何年ぶりかなあ。」
「4年か5年になるんじゃないの?」
人間40歳を過ぎると風貌にはあまり変化がないようだ。
しかし、子供の成長は実に早く、変化も大きい。
「ところでアスカちゃんはもう大学生だって? ボクが横浜に越してきた時に、ちょうど生まれたんだもんなあ、あの時まだ32歳だったよ。今はもう50歳のオッサンだもんな。」
「そう、あの頃は細くてひょろっとしてたのに、何よ、えらい太りようだな。」
「そりゃそうだ、あの頃は60キロそこそこしかなかったけど、今は93キロオーバーだもん。1.5倍になっちゃった。」
昔話に花を咲かせていると、老夫婦は茶の間の方に行ってしまった。
これから夕食らしい。
ずーっと突然の来客が食べ終えるまで、待っていてくれたのだ。
心の中でますます恐縮してしまった。
ミキオは外で夕食を済ませてきたらしく、缶ビールを飲みながら話していた。
「あ、風呂に行こうか。車でちょっと行ったところに温泉があるんだ。」
「車で行くの? 今、ビール飲んでたじゃん。大丈夫か?」
「ここは田舎だよ。田舎には田舎のルールってのがあって、ビールの1杯や2杯は飲酒にはならないの。」
と、勝手にルールを作ってしまった。
ガレージから車を出して乗り込むと、漆黒の暗闇が覆う田舎道をかっ飛ばし始めた。
外灯ひとつない田圃の中の道を走りながら、話は続いた。
「あのさあ、この辺の米って、あの魚沼産コシヒカリなの?」
「そりゃそうだ。でもね、農協に出す米と自分の家で食う米は違うよ。農薬を使うことは使うんだけど、その分量が全然違う。自分の食べる分には殆ど薬は使わないから、やっぱり旨いね。」
「へえ、ま、ボク自身あまり米の味は分からないけどね。途中で気になったんだけど、田圃の隅っことか一部分に稲が植わってない箇所があるけど、あれ何?」
「あ、あれは減反政策に従って作付量を減らしてますって証拠。後で検査されて、減反してなかったら補助金を受けられなくなるもんね。それと、コンバインとかの機械の入り口を作っておかないといけないしね。」
「でもさぁ、今年は冷夏で米不足になりそうなのに、減反していいの?」
「ああ、倉庫に備蓄米が腐るほどあるから今年は大丈夫じゃないの。大体、古米とか古々米とか、あるとこにはあるみたいよ。それに、程度の悪い米はどんどん煎餅とかの菓子屋に回したり、海外に援助米とかいって送ってるしね。」
「まあね、ボクは別に米が無くても生きていける人間だから、あまり気にしてないけど。」
「えっ、じゃ、いつも何食ってるの?」
「年間通して麺が多いかな。夏場はそうめんばっかりだし、冬場はうどんだし、米なんか5キロも買えば半年は冷蔵庫の中で眠ってるよ。」
「なぁんだ、麺食いかぁ、ははは。」
15分ほど経って米の裏事情を知ったところで、小綺麗な村営の温泉施設に到着した。
建物の前には、オートキャンプ場があり、奥の棟には宿泊施設もあるという。
入浴料を払おうとすると、「客なんだから、風呂代ぐらい奢るよ。」とミキオは笑いながら云った。
脱衣場で、ロッカーに脱いだものを入れていると、彼は中に居た人たちと盛んに挨拶をしている。
「みんな勤め先の仲間。今は家の風呂に入るより、ここに来た方が安上がりだし、手軽だもんね。大体家族全員が家の風呂に入ったら、水道代とかガス代とかでかなりかかるし、狭っ苦しいからね。みんなで来れば大きな風呂でゆったり入れるし、温泉だから気持ちいいよ。」
「確かにね。最近あちこちに日帰り温泉とかスーパー銭湯とかが出来て、家族で連れ立って入ってるもんな。家の風呂なんて殆ど使わないみたい。ボクもここ10年アパートの風呂は使ってないし、物置になっちゃってる。だから、ガス代も水道代も毎月基本料金だよ。」
「じゃ、風呂はどうしてんの?」
「近所の銭湯か、ちょっとバイクで走ったスーパー銭湯にいつも行ってる。でも、殆どあちこち旅行して家にいないから、行く先々の温泉巡りが多いね。」
「へえ、結構な身分だなあ。」
ささっと体を洗うと、外の露天風呂にのんびり浸かってくつろいだ。
「で、今でもあんな文を書いてるの?」
「あんな文って?」
「ほら、べべちゃんが死んだ時、追悼文を手紙でくれたじゃない。あれ読んで、うちのかみさん泣いてたよ。ありゃ、名文だね。」
先代の猫が死んだとき、悲しみの気持ちを綴って近所に配ったことがあった。何と云っ
ても近所のアイドル的猫で、みんなに可愛がられていた。私にとって実に世話女房の
ような猫だった。

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「愛しき小さな命との別れ」

 長年私の心の和みであった小さな命「べべちゃん」が文字通り草場の陰に隠れてしまいました。
猫ではあっても命と命の付き合いは対等のものでした。
全身を癌と感染症に冒され、この一ヶ月は昏々と眠り続ける毎日でした。

 思えば一週間前の日曜日、それまでずっと眠り続けていたのが、いきなり一声、精一杯の可愛い声で「ニャー」と啼き、私の前にヨタヨタと歩み寄ってきちんと正座してくれたのです。
その時の顔は穏やかな美しい顔でした。
ほんの数日前までの血膿が垂れて固まり、目やにを溜めた哀れな顔ではなく、すっきりとした何の汚れも無い顔だったのです。
しばらく私を見つめた後、再び布団に丸くなって眠ってしまいました。
私としては元気になるのかと期待を持ったのですが、どうやらそれが今生の別れの挨拶だったようです。

 翌朝、眠れる小さな森の美女に頬摺りした時、かすかに囁くような声で「ニャ」と啼いたのが最後でした。
その時ふと感じたのが命の匂いがしないということでした。
膿の臭いも便の臭いもしなかったのです。
柔らかい毛を撫でるとこつこつと手に骨が感じられます。
6キロあった体重が2.5キロにまでやせ細っていました。

 その夜、勤めから帰ると姿を消していました。
どこかに行くにしてもこの一ヶ月は栄養剤を無理矢理飲ませていただけなので、体力が落ちて歩くのも満足に出来ない状態でした。
飼い主には決して哀れな死骸を見せないと言われてますが、本当にそうでした。
夜な夜な懐中電灯を手に彷徨うように探し回っておりましたが、見つかりませんでした。
可愛い声と美しい顔を最後に見せて私の前から消えていったのです。

 数々の騒動を巻き起こしてくれたべべちゃん。
私の書く「あかべこ日記」の冒頭にたびたび登場し、旅日記の「枕」となっていつも見送ってくれたこと、そして帰った時には何処からともなく迎えに出てきて可愛い声で歓迎してくれたこと、欲も打算も
ない裸の命の触れ合いをしてくれたべべちゃんには感謝の気持ちでいっぱいです。

 たくさんの安らぎと癒しをありがとう。

べべちゃんが居なくなっても「ベベパパ」の名前を変えるつもりはありません。
いつまでもべべちゃんのパパであることには変わりないのですから。

平成12年11月18日
                  ベベパパ@小森 立雄

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 そして、1年後の8月の末に京都で母が亡くなった。
バイクのフロントスクリーンに母と愛猫の写真を貼り付けて、いつも一緒に旅をしているのだが、以前にも増していろいろな人や野生動物との出会いが増えたような気がする。
その愛猫の死後三年目の秋の日、御蔵島から台風による強制送還で帰ってきた夜に、窓の外で「ニャン」という猫の声が聞こえた。
何気なく窓を開けると、いきなり子猫が飛び込んできた。
野良猫にしては人懐っこ過ぎる。
更に勝手知ったるが如くに、先代の猫がいつも寝ていた布団に寝そべって毛繕いを始めたのだ。
一通り作業が済むと、膝に乗ってきてすやすやと眠ってしまった。
見知らぬ子猫でまだ生まれて半年ぐらいだろうか、そのまま居着いてしまった。
驚いたのは尻尾の形から性格、癖まで先代の猫と全く同じなのだ。
違うのは体の模様と年齢だけで、正しく先代の生まれ変わりとしか思えない世話女房的猫だった。それに病気持ちでもあった。
ぐしゅんとくしゃみをするたびに、べちっと鼻から血膿を飛ばすところまで、先代の猫が死に際に患っていた病気と全く同じだったが、風邪を引いた時に病院でもらった抗生物質を飲ませるとすっきり治ってしまった。
先代の猫にも飲ませていれば、死なずに済んだのかもしれないが、今となってはもう遅い。
それより、天国から寂しがっている私に可愛い天使を送ってくれた先代べべちゃんに感謝しつつ、新型べべちゃんを可愛がっている。
「へえ、そんなこともあるんだなあ。本当に生まれ変わりなんだ。聞けば聞くほど、前のべべちゃんと同じだもんなあ。」
ミキオが横浜にいた時、私の長期留守中には、一番よく先代猫の面倒を見てくれていた。

 温泉でのんびりまったりくつろいで帰ろうとすると、ちょっと買い物に付き合ってくれと云う。
車で一緒に来ているだけに、付き合わざるを得ない。
スーパーマーケットに立ち寄り、翌朝の朝食の材料を買うのだと云う。
「え、何、一緒に住んでて、親とは別の食事なの?」
「いや、お宅は俺の客なんだから、俺がもてなすの。」
一通り店内を巡ったが、カゴに収まったのは、サケの切り身と油揚げだけだった。
「それだけでいいの?」
「野菜はうちの畑にいくらでもあるもんな。朝飯は男の料理を作ってやっからね。」
せっかくだから、あまり期待しないでその男の料理を戴くことにする。
再び漆黒の闇の中を突っ走って、家に帰り着いた。
居間に入ると、お茶が用意してあった。ミキオは二階に上がっていったので、パソコンを開いて、その日撮った写真の整理をしていると、お爺さんが奥の間から顔を出した。
「私たちはもう休みますんで、ごゆっくりしてくださいね。お休みなさい。」
「あ、どうも、いろいろありがとうございました。お休みなさい。」
と、挨拶してふと時計を見ると、まだ8時半である。
ミキオが降りてきたので、小さな声で話した。
「なに、まだ8時半なのに、もう寝ちゃうの?」
「うん、田舎だからね。いつも8時には寝てるよ。その代わり朝は早いよ。4時に起きてるから。」
「うへぇ〜、付き合いきれないよ。」
その後、9時過ぎまでひそひそ話をしながら、パソコンのスライドショーでいろいろな画像を見せていた。
「ここらにも大きな木があるから、明日の朝案内するよ。じゃ、そろそろ寝るか。二階に布団敷いてあるからね。」
まだ10時前ではあったが、旅の疲れもあってそろそろ瞼が重くなってきた。
二階に上がると、子供部屋だという部屋に布団が敷いてあった。
10畳ほどの広い部屋なのだが、家具というものが置いてない。
ガランとした殺風景な子供部屋なのだ。
横浜の自分の部屋は、畳が見えないほど家具や荷物やがらくたが山積し、猫でさえずっこけてしまう。
何となく落ち着かない雰囲気の中で布団に潜り込んだが、羊が3頭ほど柵を飛び越えた辺りで、コトンと夢の中へ飛び込んでしまった。 
 
 窓の外がうっすらと明るんでいた。
階下からとんとんと菜を刻む音が聞こえてくる。
魚を焼く匂いが鼻腔に届くと、腹の虫が騒ぎ出した。
布団を畳んで服を着ると、まずトイレで身を軽くする。
「おはようございます。」
茶の間を覗くと、老夫婦はすでに朝食を終えて、ミキオが昨日買ったサケの切り身を焼いている。
「おぅ、魚は焼けたけど、まだ飯が炊けてないんだ。炊けるまで、ちょっと外に行こうか。」
ミキオはさっさと玄関に出ていった。
すでに食べ終えた老夫婦の膳と作りかけの自分の分の膳をきょときょと見比べつつ、云われるままに外へ出た。
「ご両親の朝飯は終わってんのに、ご飯炊いてるの?」
「ああ、あっちは昨日の残り飯。客には炊きたての飯を出さないとね。旨いぞ、魚沼のコシヒカリは。」
自慢の米を食べさせたいという心遣いが有り難い。
夜中に降った雨で路面はまだ濡れており、植木や草には露がきらきらと輝いている。
道路の反対側の方に歩いて行くと、民家の裏手に青々とした葉を繁らせている銀杏の木があった。
2,300年ほどの若いイチョウだが、立派な垂乳根を持ち、天然記念物と記された木の札が立てかけてある。

見上げると枝のあちこちに白っぽいギンナンが付いている。
「子供の頃、このギンナンをよく拾ってたけど、今は殆ど食わなくなったなぁ。ま、臭いからだけど。」
「イチョウってのは、雌雄別株だからね。近頃は街路樹に植えてあるけど、あのギンナンの臭いと落ちた後のべちょべちょになるのを嫌って、実のつかない雄株ばっかりになってるね。」
「へえ、よく知ってるなぁ。」
感心しながらミキオは歩き始めた。
雪深いこの地域では、家の造りが違っている。
新しい家は、1階部分が2mほど嵩上げしてあり、屋根も雪が積もりにくい角度に傾斜して滑りやすい表面になっている。
ミキオの家は古いが、道路から少し落ち込んだ土地になっている。
「ここらの新しい家は、ちゃんと雪対策で1階が高くしてあるけど、ミキオん家はどうなの?」
「あぁ、2階から出入りするよ。」
あっさりと答えが返ってきた。
100mほど離れた隣の家の軒先には、ムクゲがたわわに咲いている。

その横にまた、ちょっと大きな木があり、ミキオが聞いてきた。
「この木、何の木か知ってる?」
「ん〜とね、葉っぱの形と木肌からすると・・・エンジュかな。」
「おぉ、あったりぃ。さすが、よく分かるなあ、こっちじゃエンジョって呼んでるけどね。」
その後、何本かの木の名前を言い当てていたが、自分でもいつの間にかいろいろ木の見分けがつくようになっていることに驚いていた。
「これが、俺の一番好きな木なんだ。すごく形がいいだろ。」
ミキオの指さす先には、大らかに枝を広げた若いケヤキが聳えていた。
その姿は実にのびのびとして、空高くに樹冠をうち広げ、根元に立つと爽やかで清らかな朝露の雫が霧のように降り注いでくる。
「上の道をずーっと行った先の栃尾に『杜々(どど)の森』ってのがあるから、行ってみるといいよ。
すごく気持ちのいい場所で、水が旨いよ。よく子供たちを連れて行ったけど、この辺だとそんなとこしか遊ぶとこないんだよな。」
「いいじゃない、子供の情操教育にはもってこいの場所だと思うよ。テレビゲームばっかりやってる子供は可哀想だよ。こんな自然があることすら知らない子供は、自然の大切さも知らないから、大人になって平気で自然を壊すんだもんな。」
「確かに、でも、今の大人は昔の自然を知ってるくせに、なんでその自然を壊そうとするんだろ。」
「結局、都会の生活に慣れてしまって、目先の欲に囚われるあまり、自分さえよけりゃいいっていうエゴイズムに、昔の少年の心を見失っているんだろうね。それに、そういうエゴイズムに凝り固まった人間が、どんどん政治家になるもんだから、強引に庶民の少年の心が押し流され、潰されてしまう。良識派という人が抵抗しても、政治家という強いボディスーツを着た奴らに駆逐されてしまうんだから、処置なしだよ。」
「そうなんだよなあ、田舎者もやっぱり便利になった方がいいから、ついついそういう政治家の先生方に投票してしまうもんなあ。」
「そう、で、政治家の先生は地元優先で国から予算とってくるもんだから、地元には評判がいいって訳。結局は政治家と地元住民のエゴで出来てるんよ、この国は。世界もそうかもね。もっとも、あちらさんは宗教のエゴが強そうだけど・・・。日本人は無宗教の分、政治にエゴイズムのエネルギーが集中するのかもね。」
「あぁ、俺は都会からのUターン人間だけど、少数でも良識派でいたいなあ。」
「そうね、やはりなんでもバランスが大事だよ。都会と田舎の両方の環境で暮らせば、どちらの長所短所も見える訳で、自ずとバランス感覚が身に付くもんだよ。ひとつの物事に固執するするのも善し悪しなんだよな。」
ぶらぶら散歩しながら、結構深い話題になっていたようだ。
家に戻ると、ご飯が炊けていた。
男の料理と云っていたサケの切り身と油揚げ入りのみそ汁をおかずに湯気の立つ魚沼産コシヒカリを有り難く戴いた。

 老夫婦とミキオと池の鯉に見送られて、過積載のバイクは朝靄のかかる越後路を走りだした。
辺りを見ると、山裾から立ちのぼる霧が徐々に棚引く雲になってゆく。
木立の中を潜ってゆけば、樹雨(きさめ)がパラパラと降り落ちてくる。
8月というのに、秋の装いを見せる路傍のススキが、駆け抜ける旅人に盛大な声援を送るかのよう
に戦いでいた。


<小さな森の神々>

 話に聞いていた「杜々の森」(どどのもり)に向かうべく国道から細い県道に入り込む。
「杜」は「もり」でも神社の森を意味しており、神の鎮座する森として古来より霊地として保護されてきた。
そのような「杜」では樹木の伐採は禁じられ、巨木が生き残っている可能性が高い。
細かい砂利の敷かれた駐車場に恐る恐る過積載のバイクを停め、鬱蒼(うっそう)と繁る神々のおわす杜に入り込んだ。

雑多な広葉樹の繁茂する中に杉の木だけが注連縄(しめなわ)で括られている。
それに、なぜか根元で連理したものが多いのに気づいた。
何のことはない、人の手で密に植えられたための結合なのだ。
太さから見てもせいぜい2,300年ほどの樹齢と思われる。
「名水の湧き出る杜」として天然記念物に指定されているが、広葉樹の森が生み出すものであって、杉は清流の邪魔をしているようだ。

まだ、朝早いこともあり、池では鴨の群が鯉のエサを横取りして騒いでいた。

 あまり神々しさを感じないまま、森を後にする。
新潟の山沿いだけに、冬場は雪に閉ざされてしまうのだろう、どの家も道から少し奥まって建っており、雪を流す為の用水路が必ず道沿いに設えてある。
覗き込むとかなりの水量で流れていた。
辺りの山々は広葉樹の混交林で覆われ、積雪が多い分、湧水も豊富なのだ。

 栃尾から加茂へと国道290号を走り抜け、五泉に入ったところで、「切畑の乳銀杏」の案内看板が目に留まった。
曲がり角を一旦通り過ぎてしまったが、馬鹿でかいひょっとこ面の過積載バイクを脇道に乗り入れ、畑の畦道を強引に通る。
しばらく走ると観音堂の鳥居があり、潜り抜けて奥へゆくと巨大なイチョウが立っていた。

樹高は40mもあるが、根元から見上げても梢に繁る葉に隠れて先端を見ることはできない。
周囲には幾本かの老木が見られるのだが、樹齢千年を越すこのイチョウは神々しいまでの異彩を放っている。
横に伸びた枝からは数十本もの乳柱を垂らし、主幹の周りは彦生えがびっしりと囲っている。
まさに御神木という名に相応しい佇まいを見せていた。
巨木の肌に触れて命の語らいをしようと思ったが、近くに止まっていた軽自動車の中の老夫婦が、何やら神妙な面もちで合掌している。
窓は閉め切ってあり、エンジンもかかったままで、目を瞑って合掌していれば、心中するのかと気になって仕方がない。

十分ほど遠巻きに観察していたが、車内で瞑目合掌する老夫婦はぴくりとも動かなかった。
ますます気になってイチョウどころではない。
車とイチョウを8の字を描くようにグルグル回っていたら、ようやく目を開けて変な男がウロウロしてい
るのに気づいたようだ。
老夫婦は互いに頷き合って何やら話すと、軽自動車は走り去っていった。
信心深いのか心中する気だったのか、今となっては不明だ。
心置きなく巨木と語り合って、再び走り出した。

 国道に戻ってしばらくすると阿賀野川を渡る。
国道49号を右折して十数キロ行った三川村に日本有数の大杉がある。
「将軍杉」と呼ばれる巨木で、推定樹齢1400年、幹周りは20m弱で樹高40mに達する。
解説板には「我が国における日本一のスギである」と豪語してある。

周りはがっちりと木道と柵で囲ってあり、枝を切り落としたところには鉄板で蓋をして、枯死した箇所は樹脂で尤もらしく造形してある。
人の手で弄くり回される姿も日本一だ。気分が悪くなって、早々に引き上げてしまった。

 阿賀野川沿いをしばらく走ると、鈍色の雲がのし掛かっており、川面を靄が覆っていた。

人の為すことが、なぜにこうも自然を蔑ろにするのか、晴れない気分を物語るかのような風景が眼前に広がる。
心の蟠(わだかま)りを吹き払うように、国道を離れて県道に分け入る。
蕎麦畑の中を突っ走ると少し気分が良くなった。
白い蕎麦の花が可憐に揺れる。
そろそろ腹の虫が騒ぎ出す頃だ。
喜多方の街が近い。
「喜多方ラーメン」の文字が脳裏を過ぎる。
市街地に入り、以前入って旨かった「あべ食堂」という店を探したが、見つからない。
結局、「蔵々亭」という醸造蔵を改造したような構えの店に入る。
チャーシュウメンを注文すると、柔らかいチャーシュウが三枚とワカメにナルト、メンマ、食紅で染めた花麩がのった醤油スープのラーメンが出てきた。

醤油の味がさっぱりして香りが良かったので、脇の棚に置いてある醤油を購った。
「いいで」と「ばんだい」と名前のシールが貼ってあり、煮物に向いた甘口のコクのある醤油とかけたり漬けたりするのに向いているサッパリ味の辛口醤油らしいのだが、店を出た途端、どっちがどっちだか分からなくなってしまった。

 喜多方から米沢に抜ける国道121号を一気に走り抜け、287号を北上して最上川沿いに寒河江まで突っ走った。

相変わらず上空はどんよりした雲が覆い、時折雨粒が落ちてきて目の前を曇らす。
合羽を着込んだままでいるものだから、内側が蒸れてしまい、しみ込む雨水と汗が一緒になってシャツを濡らす。
三桁国道や県道ばかり選んで走っていると、たまにとんでもない道に出くわすものだ。
寒河江から国道458号に入り込み、峠に向かって快適に曲道を走っていた。
ところが、次第に道幅が狭くなり、舗装も途切れだす。
そして、遂には穴だらけ水溜まりだらけのダートになった。
まさに酷道である。
肘折温泉に下りるまで、激しいダート酷道は続く。
温泉のある所からは、きちんと整備された舗装路になっていた。
新庄側から来る客には優遇するが、寒河江側から来る客には厳しい道なのだ。
そもそも国道とはいえ、肘折温泉の為に作られた道のようだ。
真室川を過ぎるあたりから、下腹に異様な膨満感を覚え始めた。
三桁国道や県道には、あまり道の駅が無い。
まして、みちのくの山奥では公衆トイレさえ設置されていない。
ひたすら括約筋を引き締めて腰を浮かしつつ過積載バイクを操る。
何とか国道13号に入り、道の駅を求めてアクセルを煽った。
途中で10台ぐらいのグループがのんびり走っていたが、必死の形相で迫るひょっとこ面を付けた過積載バイクに恐れを成したのか、みんな避けてくれる。
せっかくだからと一気に抜き去った。
雄勝町に入ったところで道の駅を見つけ、ドタバタとトイレに駆け込む。
爽やかな開放感にひたりながらトイレから出ると、先ほどのグループのバイクが道の駅に入ってきた。
中のひとりが幸せそうにタオルで汗を拭いているオッサンを見てニヤリと笑って話しかけてきた。
「さっきはえらい勢いで走ってましたね。」
「ははは、いやぁね、お尻の緊急事態だったんでね、もう必死でしたよ。でも、もう大丈夫、出すもん出したら、後は余裕です。」
「すごい荷物ですね、どちらまで行かれるんですか?」
「明日中に下北半島の薬研温泉まで行きます。だから、今日は湯沢あたりに泊まろうかな。この分じゃ、今夜は晴れそうにないものね。」
大型や小型、オンロードとオフロード入り交じったバイクの団体さんだった。
このような構成のグループでの通輪は、一番遅いバイクのペースに合わせねばならず、先頭は非常に疲れるものだ。
互いの労をねぎらって道の駅を後にした。

 湯沢の街のスタンドで燃料を補給している間に、宿泊できるホテルを確認する。
教わったのはどこも見た目豪華なホテルばかりで、玄関先まで行くものの二の足を踏んでしまった。湯沢は諦めて横手方面への増田街道を走る。
ふと電柱の案内に「小森旅館」という名前を見つけた。
同じ名前の誼(よしみ)で、そこに投宿することにする。
細い路地に入り込みうろうろしたが、なかなかお目当ての旅館が見つからない。
通りかかった人に尋ねると、現在増築改装中で、奥まったところの古い建物で営業しているらしい。泥と瓦礫の造成地に何とかバイクを止め、まずは空室の有無を尋ねた。
「すみませ〜ん、でっかい濡れ鼠一匹なんですけど、泊まれますかぁ?」
奥から出てきたのは、すらりとした極上美女の女将さんだった。
「今、改装中で大したものは出せませんけど、どうぞ。」
「あぁ、よかった、じゃ、荷物下ろしてきます。」
とりあえずパソコンとカメラだけ下ろして、後は積み置いた。
「夕食は7時から、下の広間でお願いします。
お風呂はいつでも入れますのでどうぞ。」
「はい、分かりましたぁ。あのね、私も小森なんですよ。たまたま通りかかったら同じ名前の旅館があったんで、思わず来ちゃいました。」
いつまでも美人の女将さんと話をしていたかったが、奥から亭主が出てきて話に加わると、女将さんは奥に引っ込んでしまった。
つまらないので早々に切り上げて二階の一番奥の部屋に引き上げた。
タオルをブラブラ下げて階下の風呂に入る。
温泉でもなんでもない循環式の風呂だ。
カラスの行水の如き短時間入浴を済ませ部屋に戻るが、夕食までの時間は有り余っていた。
ごろんと座布団の上に横になったら、いつしかウトウト眠ってしまったようだ。
電話のベルで起こされた。
「夕食ができましたから、どうぞ。」
「ふわ〜い・・・。」
気怠い体を持て余しつつ下の広間に入ると、だだっ広い部屋の片隅に3人分の膳が用意してあった。
他の2人の客は、近くの工事現場の作業員らしく、焼酎の一升瓶をデンと置いてちびちびやっている。
膳には、甘エビとハマチとホタテの刺身、鱈の塩焼き、牛肉の甘露煮、タコとキュウリの酢の物、アジの叩き、豚肉のショウガ焼きのポテトサラダ添え、キュウリの漬け物がぎっちりと並べられていた。急ごしらえの料理にしては結構なボリュームのようだ。

昼の喜多方ラーメンだけなので、空きっ腹にせっせと詰め込む。
他の二人の客も、無言でちびちびやりつつ食べている。
テレビのニュースが虚しく流れる。
何だかひとつの広い空間に、全く別世界の人間が適当な距離をおいたまま居合わせている。
そして、個々の空間を引きずりつつ自分の部屋に帰っていく。
何とも無味乾燥な時間が過ぎていた。
布団を敷いて横になっていると、窓の外では猫の喧嘩する鳴き声が聞こえてくる。
にゃ〜おぅ、にゃ〜〜おぅ、にゃにゃにゃ〜〜〜〜おうぅ〜〜うぅ〜〜、いつまでも互いに威嚇しあって睨み合いが続いているらしい。
そのうち、猫の声に混じって雨音が窓から忍び込んできた。
そして、いつしか猫の声も雨音も聞こえなくなり、意識は夢の世界に羽ばたいていった。


<奥の細道>

 雨は夜更け過ぎに上がったらしい。
朝陽の差し込む窓を開け放つと、爽やかな風が頬を撫で回す。
時計を見ると7時を示している。
そう言えば、朝食の時間を聞いていなかった。
廊下への扉を開けて耳を澄ませども、殆ど客の居ない旅館だけに物音ひとつ聞こえてこない。
腹の虫が喚きだしてきたので、薄暗い廊下を歩いて階下に降りた。
ひょいと広間を覗くと、すでに他のふたつの膳は済んでおり、ひとつの膳だけ茶碗が伏せて置いてあった。
「あ、どうぞ、今、お味噌汁持っていきます。」
奥の厨房から美人女将が顔を出して云った。やがて、お盆に味噌汁を載せて持ってくると、
「すみません、昨日、朝食の時間お聞きするの忘れてましたね。」
「いいえ、ま、大抵の時間は決まっていますからね。今朝も腹の中の目覚まし時計で目が覚めましたから。」
お決まりの朝食を掻き込んで腹の虫を黙らせると、いそいそと部屋に戻り、荷物を持って玄関口に下りる。
「今日はいい天気になりそうですね。これからどちらまで行かれるんですか?」
「今日中に下北半島の薬研温泉まで行きます。」
「へえ、すごいなあ。あのバイクで行かれるんですね。いやぁ、すごい荷物だなぁ。」
「へへ、家財道具一式積み込んでますから、日本中どこへでも行きますよ。」
「羨ましいですねぇ。北海道へも行かれるんですか?」
「う〜ん、今回は下北半島までしか予定してないけど、いずれ、北海道にも行きたいですね。何せ、今履いてるタイヤの山がないもんで、横浜に帰ったらすぐ交換ですよ。」
確かに、タイヤの山はほぼなだらかな丘状態になっており、前日のようなダートでの走行はバーストしないかとヒヤヒヤしていた。
まだ、朝露の残る時間だけに、用心のため合羽を着込む。
「また、こっちの方に来られたら寄って下さい。」
「はい、ありがとう。じゃ、行って来ます。」
旅館の外交辞令のような挨拶を受けて、雨露で濡れた過積載バイクに跨り走り出した。
出発の前に装着したメッシュのシートカバーが実に効果的だ。
1cmほどの厚みがあるものの、走行中はお尻とシートの間を涼風が通り抜けて蒸れることがない。雨が降っても涼風同様通り抜けて流れるので、合羽のお尻から染み込むこともない。
晩夏の太陽が照り付け、次第に合羽の中が蒸し風呂状態になってきた。
国道347号に入ったところで公衆トイレを見つけて乗りつける。
合羽を脱ぐついでに、身を軽くする。夏場は汗をかくので頻尿症はおさまるが、頻糞症の方は相変わらずのようだ。
身軽になったところで、軽快に走り出す。
東成瀬村で県道に逸れ、険しく細い山道を駆け上っていく。
三又温泉と南郷温泉の小さな集落を過ぎ、国道107号の湯田に抜けようとするが、どうにも地図と道が符合しない。
何本か山間に入る小径を出入りして、ようやく峠越えができそうな道に出会った。
ひび割れた簡易舗装の山道をくねくねと駆け抜け、何とか国道に出る。
すると、またもや下腹に膨満感を覚えた。
括約筋を活躍させてぎゅっと引き締め、小さな道の駅に飛び込む。
公民館を兼ねた建物の玄関に駆け寄り、自動ドアの前に立つが開かない。
中は暗く人気が無い。
それでも、自動ドアの前でぴょんぴょん跳びはねるが、開くことはない。ガラスに顔を押しつけて叫ん
でみる。
「すみませ〜ん、誰か居ませんかぁ! トイレ貸して欲しいんですぅ!」
奥の方を見ると、小さなドアの窓に明かりが見えた。
へっぴり腰になりながら建物の反対側に回り込むと売店があった。
中に入ると地元の野菜や土産物が沢山並んでおり、数人の客が買い物に来ている。
「あ、あの、ここのトイレ使えないんですか?」
「えっ、あぁ、あっち開いてなかったか。ごめんごめん、今開けるで。」
レジにいたおじさんが、道の駅を兼ねた公民館の管理をしているらしい。
でっかいオッサンが下腹押さえてモジモジジタバタしているのを見て、緊急事態と悟ったようだ。
「あ、じゃ、こっから入って、すぐ左っかわにあるから。」
いそいそともどかしくブーツを脱ぎ、レジの後ろのドアを叩き開けるように飛び込み、真新しい公民館のトイレに突入した。
一時が過ぎて・・・
爽やかな表情で落ち着きを取り戻したところで売店に戻ると、おじさんがニコニコ笑いながら話しかけてきた。
「はぁ、スッキリしたみたいだなぁや。ま、お茶でも一杯飲みなぃ。」
そばにいたおばさんが、湯飲みにお茶を入れてくれた。
その間にも、野菜を買いに来る客が次々と店に入ってきて、おじさんは応対に忙しい。
「いやぁ、お茶をご馳走様。どうもありがとう。」
にこやかな笑顔を振りまきながら、忙しそうにしているおじさんに礼を言うと、再び走り出した。
このまま国道や県道を走っていると、今日中に下北まで行き着けないかもしれない。
取り敢えず、湯田インターから秋田自動車道に乗り、車影も疎らな高速道路を突っ走る。
北上ジャンクションで東北自動車道に合流すると、ようやく車列が現れた。
かっ飛ばしてとっ捕まるのも馬鹿らしいので、大人しく流れに乗って走る。
花巻を過ぎた辺りから、あまりの単調さにあくびが出だした。
やはり大人しく走るのは性に合わないようだ。
紫波で下りると、勝手知ったる裏道を通って国道4号に出る。
少し北に走った西側に懐かしい小さな山門が見えてきた。

「勝源院」という寺院で、境内の庭に奇妙な形の「逆さガシワ」という奇木がある。
本来カシワは幹が直立して、大きく伸びる落葉広葉樹なのだが、ここ勝源院のカシワは直立せず、幹が四本に分かれて地面を這うように伸びて立ち上がっている。

樹齢はおよそ300年ほどで、10年前来た時、その歌舞伎役者が見得を切る如き姿にいたく感動を覚えた。
そして今、小さな古い山門を潜って大いなる失望を味わう。
眼前に真新しい建物が立ちふさがり、大きく回り込んで中庭に入ると建物の陰になって「逆さガシワ」が鎮座していた。
以前には無かった幾本もの支柱が、立ち上がりかけた細い枝にあてがわれている。

これから太くなって地を這おうとする枝に、なぜわざわざ妨げるような支柱を立てるのか。
地を這う姿が貴重だからこそ国指定記念物になっている。
一体何のための支柱なのだろうか。

 釈然としない気持ちのまま、勝源院を後にする。
国道4号をしばらく北上していたが、盛岡に近づくにつれて信号が増え、渋滞が始まった。
すかさず盛岡南から再び東北道に乗ると、一気にアクセルを開ける。
西の方に目を遣ると、雄大な岩手山が見える。
頂上付近から小さく噴煙らしきものが上がっている。
ここ数年、火山性の群発地震が起きているだけに、美しくも危うい山なのだ。
安代の分岐で八戸道に進む。
緑の山間を縫うように通る高速道路を、過積載の重量車が軽快に駆け抜けてゆく。
一戸で下りると、国道4号線を北上する。
八戸に向かう幹線だけに、大型のトラックが多く目に付くようになる。
十和田市にかかる辺りで、下腹部にお馴染みの圧力が加わってきた。
道の駅に飛び込み圧力を抜くが、今度は腹の虫がシュプレヒコールを上げだした。
簡単な食堂があり、キツネうどんを注文して屋外のベンチでつるつる啜り込む。
見上げると真っ青な空に白い鱗雲が靡き、間近に迫った秋の訪れを告げているようだ。

バイクの腹にも燃料を満たし、北上を続ける。
七戸から天間林方面に折れ、いよいよ下北半島の根元にとりかかる。
小川原湖を右手に見ながら、広大な耕地の中を突っ切るように走っていると、いつしか太平洋の大海原が広がっていた。
遙か水平線まで見通せるほど空気は澄み、海面は穏やかに波打っている。
その時、ふと路傍に「ドライブインあかべこ」の看板を見つけた。
早速バイクのあかべことあかべこ食堂を入れ込んで記念写真に収める。

店の中から人の視線を感じた。
何か不審な行動をとっているように思われるといけないので、さりげなく自販機でペットボトルのお茶を買い、さも長旅で疲れた風に装って汗を拭いつつ、ぐびりとお茶を飲む。
店の人には過積載バイクの愛称があかべこということなど知る由もない。
六ヶ所村の辺りは、核燃料再処理施設の誘致で潤っているのか、道路がやたら整備されている。
全く人気のないPR館や観光施設のだだっ広い駐車場が虚しく存在だけしている。
失ったものの代償が占める虚無感が、この六ヶ所村を覆っているようだ。
東通村からは海岸線を離れ、山間の道を西へ、むつに向かう。
薬研温泉のキャンプ場周辺には、あまり店はないということなので、むつで食料などを買い入れる必要がある。
漁港付近をうろうろするが、あまり店らしきものがない。
スタンドに入って燃料補給しながら尋ねた。
「この辺で、新鮮なお魚を買える店ありませんか?」
「あぁ、最近はみんな大型スーパーができたから、そっちで買えますよ。」
と、市街地地図にスーパーの場所をマークしてくれた。
最近、どこの街に行っても、商店街というものが姿を消しつつある。
大抵、郊外型スーパーなどの大型店舗が林立して、小さな商店などは客を取られてしまうのだ。
人口の少ない地方都市に行けば、より顕著にその傾向が現れる。
そして悪いことに、バブル全盛期、駅前などに大型店舗が進出して商店街が潰れ、一時は繁盛したものの、バブル崩壊後は大型店舗の撤退が相次いでしまった。
そして、残ったのは廃墟のような駅前の街並みである。
いろいろなものが作られるとき、便利なのは一時だけであって、失うものの大きさに誰も気がつかない。
屋根の上にできた便利なものを手に入れようと、ハシゴを昇ったものの、やがてすべて消え失せ、いざ屋根から下りようとすると、ハシゴが外されて何もできない。
そんな虚しい屋根の上の住人が全国の地方都市には多く見られる。
所詮、「商い」は「人の手」から「人の手」に渡るものであり、人同士のコミュニケーションの中から繁栄が続いてきた。
そのコミュニケーションの場が、昔からあった商店街なのだ。
確かに何でも揃う大型店舗は便利かもしれない。
しかし、レジで無言のうちに行われる金品交換は、人のコミュニケーションではなく、単なる物流に過ぎない。
「買い物」の楽しさには、やはり根底に人との触れ合いが必要なのではないだろうか。
「人」の携わらない「商い」は、いずれ「飽きる」のだ。
 
 教わった地図を頼りにスーパーを見つけた。
店頭で一抱えもありそうなマグロの頭を丸焼きにしている。
立ちのぼる煙が旨そうな匂いを運んで、あたりに漂っている。
どうやら食べるためではなく、客を集めるフェロモンのように匂いを撒き散らしているらしい。
店内に入ると買い物客でごった返していた。
取り敢えずキャンプでの食料を求めて鮮魚売り場に行くと、まだ生きているイカを売っていた。
指でつつくと体表の色がもやもやと変化して、黒くなったり白くなったりするのだ。
新鮮この上ない。
「うわあ、生きてる生きてる。ねえ、これ5ハイちょうだい。旨そう。」
お兄ちゃんがビニールの袋に、無造作にイカを放り込む。
「ダンナ、どう、このサンマ一箱安くしとくよ。」
と云われても、トロ箱一杯のサンマをキャンプ場まで持っていけない。
「いや、バイクに積めないからいいよ。」
いろいろ勧めてくれるのを振り切って、別の売り場に逃げた。
インスタントラーメンの青森限定品なるものや他の食材を買ってバイクに戻る。
山積みされた荷物の上に、更に食材を上載せした。

 むつの市役所の裏手を通って恐山方面の標識に従い坂道を上ってゆく。
結構険しい曲道だが、過積載の重みを利用してひらりひらりと倒し込んでいく。
北国の山は低いところから白樺の白い木肌を見せている。
明るい緑の葉を繁らせ艶めかしいほどの白い肌は、妖しい色香を漂わせていた。


<八月の白い肌>

 宇曾利山湖は空の色を映して青く輝いている。
湖岸の先は恐山の荒涼とした台地に続いており、ところどころで硫黄を含むガスが噴出している。
部分的に見れば、各地の「地獄」と呼ばれる噴気地帯と同様なのだが、石積みや小さな風車がからから回っていると、やはり「イタコの口寄せ」で知られる霊山なのだ。
そんな霊場を横目に白樺林を駆け抜けると、爽やかな涼風が頬を撫でてゆく。
細い急坂の小径を下り、薬研温泉に向かう。
国設薬研野営場に集合するのだが、うっかり入り口を見落としてしまった。
薬研温泉の手前にあるはずとUターンして探していると、雑木林の奥に続く砂利道の近くに小さな看板があった。
「うわっ、砂利道かよ。タイヤ大丈夫かなぁ・・・。」
ますますスリックに近くなったタイヤを気遣って、そろそろと砂利道に入り込む。
奥まった所の少し開けた木立の中にキャンプサイトが設えてあり、数台の車とテントが張ってある。
くつろぐ人の顔を見ると、外人ばかりだ。
どうやら三沢の米軍基地から来た家族連れらしい。
なぜ分かったかというと、テントの縁に「U.S.A.F.」"U.S.AirForce"とあった。
バイク仲間の姿を探してサイト内をうろうろしたが、誰も見当たらない。
入り口付近まで戻った時、見覚えのある仲間の一人が手を振っていた。
「こっちこっち、向こうの広い方で集まってますよぉ!」
見れば、林を切り開いただだっ広い野原の奥に数台のバイクがいる。
「あそこの事務所で受け付けを済ませてください。」
数台のハーレーが停めてある建物が管理事務所らしい。
中に入ると、黒皮のライダースーツにバンダナを頭に巻いた如何にもハーレー乗りですという風体の若者が数人屯していた。
「ここでキャンプ料金払うのかな?」
「はぇ、そぅっすよ。」
ガムをくちゃくちゃ噛みながら金属製装飾品をちゃらちゃらさせた軽薄そうなアニキが受け付けノートにチェックを入れる。
「バイク1台と持ち込みテント1張りね。」
「はぇ。どぅぞ。」
恐らくこのアニキの腕には「ヘルス・エンジェルズ(Hell's Angels)」のタトゥーでもあるに違いない。
間違っても「健康天使(Health Angels)」にはしてもらいたくないものだ。
広場の奥の仲間がいるところに過積載バイクを運んでいった。
そこには九州からやって来た仲間がすでにテントを張り終え、宮崎のFさんが何やらブレーキパッドを弄くっていた。
「ここから北海道に行くから、パッドを換えとかないと保たないんだよ。」
九州から本州北端までやって来て、更に北海道に渡るなどと、恐ろしい事をおっしゃる御仁だ。
「へえ、そりゃすごい。ところで、何なの、あの事務所のお兄ちゃんたち、えらい悪ぶったハーレー乗りみたいだけど。」
「あぁ、アルバイトでやってるみたい。」
「あぁしてみると、ハーレー乗りって一目瞭然で分かる格好をするのね。その点、ビーエム乗りは訳分からん格好のが多いなあ。尤も、ボクなんか上から下まで『寅壱』と『ユニクロ』のブランドできめてるけどね。」

 荷物を下ろしてテントを張っている内に、次々と仲間が到着する。
いずれも過積載で大荷物のバイクばかりだ。
そんな折、入り口に一台の小柄なバイクが現れた。
スズキの『隼』に乗る唯一の女性ライダーであり、当人は『ハヤブタ』と呼んでいる。
北海道から来たのだが、距離的には一番近いかもしれない。
「あっ、Kちゃんだ。おーい、こっちこっちぃ!」
呼んでも叫んでも、入り口付近でバイクから降りてしまう。
仕方なく駆け寄り、
「なんだよ、どうして来ないの?」
「何よぉ、こんな砂利道、怖くて走れないわよ。ここまで来るだけでどんなに怖かったかぁ。あの奥まで運んでおいてね、よろしくぅ。」
と、彼女は受付を済ませて、仲間のところに行ってしまった。
怖いのなら仕方がないと、奥に運ぶべく「ハヤブタ」に跨る。
小柄なバイクとはいえ、国産での最高馬力を誇る1300ccの大型車なのだが、全体的に大柄なBMWに乗り慣れていると、やけに小さく感じてしまう。
ハンドルが低くシートも低くステップが高いため、胴長短足の巨大幼児体型には非常に窮屈な姿勢を強いられる。
エンジンを始動して、ちょっとアクセルグリップを捻っただけで、ぐい〜んと一気に吹き上がる。
ほんの30mほどの距離を行くのに、途中水溜まりや泥濘があり、にゅるりんちゅるりんと後輪が派手に滑る。
「ひぇ〜ぃ、怖いよ〜、うわわわ、こっわ〜い!」
ヨロヨロとふらつきながら乗っている姿を見て、奥にいる仲間たちはゲラゲラ笑っていた。
紅一点の女王様が見守る中、FさんやHちゃんが奴隷の如く立ち働いて、さっさと彼女のテントを設営する。

そう、仲間内では、まさに女王様と奴隷という身分が暗黙のうちに決定されているのだ。
女王様は、テントの前で皮のライダーウエアを脱ぎ捨て、生着替えを始めた。

「おいおい、身の慎みもなくおっぴろげかよ。」
「この歳になって、気なんか遣ってられないわよ。」
「じゃ、せめてみんなの目から隠す屏風になってあげる。」
と、カメラを構えてじっと見守って差し上げた。
数人で連れ立って、近くの露天風呂に行くことになった。
当然、バイクで行くのだが、女王様は着替えも済ませたため、ひょっとこバイクの後に便乗することになる。
風呂に入りに行くのだからと、タオルだけを持ってTシャツ一枚にジャージ姿でバイクを走らせる。
夏の終わりとはいえ、薬研の森の風は少しばかり肌に冷たい。
2キロほど走ったところの川岸に野趣溢れる小さな露天風呂が湧いていた。
岩場で着衣を脱ぎ、滑る足元に気を遣いながら湯の中に入る。
熱過ぎることもなく、程良い柔らかな湯が優しく肌を包む。
「あぁ、極楽極楽・・・ナンマイダブなんまいだぶ南無阿弥陀仏・・・きっもち・・いい〜♪」
思わずお念仏が口に出てしまう。
湯の中を透かして見ると、苔だか落ち葉だかゴミだか分からない細かな物が漂っているが、無色透明の温泉だ。
そこから更に奥へ行けば、やはり無料の大露天風呂があるが、先に行った仲間の話では、結構混んでいるらしい。
少し遅れてKちゃんが川岸に降りてきた。
「混浴だけど、仲間しかいないから遠慮なく入っといでよ。みんなでじっと見ててあげる。」
「ははは、ま、別に男として見てないからいいけどぉ、一応私としては恥じらいもあるしぃ・・・」
と、赤いバスタオルを巻き付けたまま縁にしゃがんで髪を洗い始めた。
少しうつむき加減に髪を洗う女の姿は、本来浮世絵になるほどの色気を感じさせるものだ。
ところが、Fさんが痩せ細った鶏ガラのような体でへらへら笑って横に立っている。
「おいおい、Fさん、Kちゃんだけならいいけど、横に立ってちゃ絵にならないよ。どいてよ。」
結局、Fさんはへらへらしながら横でしゃがみ込んで体を洗い始めてしまった。
湯の中からは、他の仲間がニヤニヤしながら女王様の半裸姿をじっくり鑑賞している。
やがて、髪を洗い終えると、湯に浸かる。

「あたしねぇ、どぎつい近眼なもんだから、辺りの景色もみんなの逸物も全然見えないんよ。」
「なんだ、そっか、だから混浴でも平気なんだ。見えないものは気にならないもんね。」
「それと、まぁ、気にするほどの歳でもないけど・・・」
一人娘を持つ彼女は、北国生まれのこともあって、辺りの白樺の白い木肌に負けないくらいの白い肌をしている。
白いうなじには洗ったばかりの濡れ髪がぴったりと張り付いており、髪の毛に沿って湯の雫がつつっと伝って肌の上を滑り落ちる。
そのあたりは、滴も弾け飛ぶことなく粘り着くような澪を白い肌の上に曳いていた。
湯の中で露わになった太股は、白い半透明の銀幕のように揺らめいている。
水面に漂う湯の花がその銀幕の上を流れる。

赤いバスタオルが水中で靡いて、あたかも緞帳が降りるが如くに白い肌を隠そうとしている。
ふっくらと丸みを帯びた姿態は、赤い衣を纏って湯の中にゆったりと沈んでいた。
しばらくすると、白い肌に赤みがさしてくる。
ほんのりとピンクに染まった肩を濡れ髪が撫でる。
夕暮れが迫る朧気な光の中で、赤い衣のピンクの肌が鮮やかに映えていた。
「あっ、痒いっ。耳を蚊にくわれたよぉ。痒いなぁ、もう。」
湯から上がった女王様は声高に叫んだ。
見ると左耳の耳介が小さくぷっくりと腫れている。
蚊でなくても食欲をそそりそうな柔肌ではある。
彼女は、器用に素早く紺色地に金糸で刺繍の施してあるブラジャーを着けると、言い放った。
「なんか、もう男の人の前でも平気になっちゃったよぉ。どぉ、こんな私に色気感じなぁい?」
「云われてみれば・・・そうだな・・・さっきからずーっと見てるから、もう見慣れちゃったかも。」
そう云いながらも、着衣を済ませて眼鏡をかけた女王様は、はっきり見える世界に戻って、少しはにかむ様子を見せていたようだ。
再びひょっとこバイクで走りだしたが、しばらくの間、肌の温もりと柔らかく押しつけられる胸の膨らみを背中に感じていた。
 
 キャンプ場に戻ると、テントの数が増えている。
どこでもお馴染みの仲間の顔が揃っていた。
日が暮れる前にしなければいけない事が沢山ある。
焚き火の準備に勤しむ者、料理の仕込みを始める者、まだ到着したばかりでテントの設営をする者、ちゃっかり椅子に腰掛けてビールをぐびぐびやる者、それぞれ思い思いの行動で夜の宴会に備えていた。
下北半島の山奥に、はるばる全員バイクで来た訳ではない。
中には夫婦連れで、車で来た者もいる。
「おーい、焚き火もオーケーだから、そろそろ始めるぞぉ。」
みんな手に手に椅子を持って焚き火の周りに集まる。
同時にあちこちでいろいろ料理が始まった。
むつのスーパーで買ってきたイカを袋から出し、3バイを刺身に、あとの2ハイはポンポン焼きにする。ワタを傷つけないようにゲソを引き出し、肝を絞り出して醤油と和える。
醤油は喜多方で買ってきた生醤油の「ばんだい」を使った。
イカの身を切り開いて中骨を抜き取り、皮を剥く。
新鮮なだけに、指を皮と身の間にこじ入れて摘んで引くとつーっときれいに剥けた。
刺身で食べやすいように短冊に刻む。
後は肝醤油で食す。
「ほーい、イカの刺身だよぉ。さっきまで生きてた新鮮なイカだよぉ。肝醤油をつけて食べてねぇ。」
「ほらぁ、こっちもイカを買ってきたぞぉ。じゃ、これも一緒に料理してくれぃ。」
と、仲間内の長老Tさんが何やら手に持ってくると、目の前にどばどばっと更なるイカの大群が押し寄せた。
「うえっ、こんなに沢山のイカ、刺身にするの面倒だよ。もう、みんな纏めてポンポン焼きにするかぁ。」
「こっちのサンマはどうする?」
「そっちはそっちで勝手に焼いてくれぃ! これ以上面倒見きれないよぉ。それより、日本酒をちょこっとちょうだい。」
「えっ、ベベパパ、酒飲むの? 珍しい!」
「ちゃうわい、料理に使うんじゃい!」

沢山押し寄せたイカの大群は、片っ端からぶつ切りにして刻んだネギと一緒にごま油をひいた鍋に放り込み、日本酒と生醤油「いいで」を加えて炒める。
どっちが煮物用でどっちがつけ醤油だか、もうどうでもよくなってしまった。
別に抜いておいたワタの肝を絞り出して和えたところで、半生の状態で火を止める。
火を通しすぎると固くなってしまうし、肝と醤油の風味も損なわれてしまう。
「ほぅら、出来たぞぉ。イカのポンポン焼きでござぁい。味はちゃんと付いてるから、そのまま召し上がれぇ。」

あっという間に周りから沢山の手が伸びてきた。
「おっ、うめえ! これ、すっごくうめえ。」
「いい味出てるなぁ。」
「焼き具合が絶妙だなぁ、半生のいい歯触りが最高。」
「これ、醤油何使ってるの? 旨い醤油だなあ。いい香りがするもんなあ。」
「会津の喜多方で買ってきた生醤油だよ。そこいらで売ってる醤油とは風味が違うだろ。」
「後で分けてね、旨い醤油だなあ。」
「それにしても、イカが新鮮だから旨いけど、味付けがホント絶妙だなあ。さすがベベパパ料理長だ。」
「おだてるなぃ。もうこれ以上料理は出ないよ。だって、イカしか買ってきてないもん。インスタントラーメンがあるけど、あれは明日のボクの朝飯だからね。」
それからは、あちこちで酒が酌み交わされ、焚き火も盛大に燃え上がって、薬研の夜は更けていった。

見上げる夜空には満天の星が瞬き、あまりの星の数に星座も分からない。
下戸の料理長は酔っぱらいの喧騒から逃れて、テントに潜り込んだ。
本州北端の地とはいえ、まだ八月なのだ。
ダウンのいっぱい詰まった耐寒シュラーフに首まで潜るといくらなんでも暑すぎる。
軽く腹に掛けてしばらくウトウトしていたら、何やら腕や首筋に猛烈な痒みを覚えた。
蚊に刺されたらしい。
ぼりぼり掻きながら耳を澄ますと、プ〜〜ンと羽音が聞こえる。
ランプを点けても小さな蚊なんか見える筈もない。
音を頼りにそれらしき空間をぱちんぱちんと手で叩く。
しかし、相変わらずプ〜〜ンの音源は、テントの中を自由に移動している。
入り口のシートを全開にして、中でタオルを勢いよくブンブン振り回した。
30秒ほど腕の運動をした後、素早くシートを下ろして入り口を塞いだ。
もうテントの中にいた蚊は追い出せただろうと思って、再び安らかな眠りに就いた。
そしてしばらく後、・・・プ〜〜ン・・・またもやテントの中で激しく柏手を打つ音が響き、がばっと入り口が開いて、ブンブンタオルを振り回す。
「あれえ、ベベパパぁ、何やってんのぉ?」
焚き火のそばで飲んだくれている仲間のひとりが声を掛けてきた。
「テントの中に蚊が一匹いて眠れないんだよ。殺虫剤か何かなぁい?」
「虫除けスプレーならあるよ。」
「あぁ、それでもいいや。テントの中にふりまいとけば、その内蚊も逃げ出すやろ。」
テントの外に出て、虫除けスプレーを中で噴霧した。
宴の始まる頃、白樺林の樹冠にかかっていたオリオン座が天中近くにまで昇っていた。
数多ある星の中で、唯一見分けられるのがオリオン座の三つ星「オリオンベルト」なのだ。
夜も更けてくると星の数も次第に減りつつあるようだ。
焚き火の周りの酔っぱらいの数もかなり減っており、相変わらず酔いどれ番長が一升瓶を抱えたまま椅子の上で眠りこけている。

Tシャツ一枚で腕が剥き出しになっているのに、この男、蚊に刺されたことがないといつも嘯(うそぶ)いている。
尤も、いつも酒浸りだから、刺す蚊の方が急性アルコール中毒になりやしないかと心配してしまう。夜霧で湿っぽい空気を孕んだ風が白樺林を吹き抜けてくる。
思い切り深呼吸をすると、肺の奥深く清澄な空気がゆきわたり、頭がしゃっきりと冴えてしまった。
蚊もどこかに逃亡したであろうテントの中に入り、しゃっきり頭を持て余しながら仕方なくラップトップPCを叩き起こし、2時間ほど付き合わせる。
そして、黎明が訪れる頃、ようやく眠りに就いた。
「ねえ、ベベパパ、このまま一緒に北海道へ行こうよ。大間からフェリーで渡ったらすぐなんだから、今が一番いい時期だよ。」
宮崎から来たFさんが誘ってきた。
「ええっ、北海道。そんなの予定に入ってないよ。・・・よし、行こう。」
即座に心を決めてしまった。
過去に一度、札幌と旭川に行っただけで、北海道は、まだ自分にとって未開の地だった。
朝9時近くになっても、まだテントの中からイビキが聞こえている。
よほど深夜遅くまで飲んでいたのだろう。
朝陽が強い日差しを投げつける頃、周りのテントから仲間がもぞもぞと起き出してきた。
朝食のラーメンを作って食べていると、長老のTさんがスーパーのポリ袋を頭からスッポリ被って目の所だけ穴を開けてウロウロしている。

「何それ、何やってんの?」
「蚊がうるせえんだよ。」
「虫除けスプレー借りてあるけど、使う?」
「いや、これで十分。ははは、似合うだろ。」
仲間内の最長老が、一番無邪気で子供っぽく可愛い。

 午前10時の出発を目処に準備をしていると、みんなそれぞれの計画があるらしく、三々五々キャンプ場を後にする。
北海道に帰る女王様と更に道内巡りをしようとするFさん、急遽お供で付いていくことにしたでっかいオッサンの三人は、それぞれ過積載に荷造りを済ませ、爽やかに晴れ渡った青空の下に走り出した。
薬研温泉から大畑まで下り、半島の先端の大間まで、ものの30分ほどで着いてしまった。
フェリーの出航までの間に軽く食事を摂るべく港近辺を回ったが、時間が早く店は開いていない。
一軒の食堂を見つけて強引に上がり込み、在り合わせのもので腹を満たせた。
やがてフェリーに乗り込み、船室でマグロの如く横たわると、いつしか大船に乗ったような気分でウトウトと夢の世界に旅立っていった。


<未踏の大地>

 人は生きてゆく上で何が必要だろうか。
ただ、生命機能を維持するだけならば、毎日食べて寝るだけで十分かもしれない。
しかし、その食べ物を得る努力をしなければならない。
その糧となるものは、須く「命」なのだ。
地球上のあらゆる命は、互いの命を糧にして生きている。
自然界においては日夜無数の命の異種格闘技が行われている。

 日本の戦後復興は目覚ましい発展を遂げた。
そして、今尚加速度的に未来への道に向かって突き進んでいる。
果たして、このまま行ってしまっていいのだろうか。
人の道は閉ざされたサーキットではない。
未来には無限の紆余曲折があり、必ず速度を落とさなくてはならない。
そのままアクセルを開け続ければ、コーナーで飛び出して破滅してしまう。
タイミングを見てブレーキを掛ける勇気こそ必要なのだ。

 何でも便利なのが良いと人は思う。
しかし、便利だと感じるのは、その過程において不便を経験した人であって、万人が便利さを享受しているのではない。
いきなり完成品を手にして当然のように使いこなす人は、便利だとは感じない。
過程における苦労の経験が便利さを享受するのだ。
子供達には苦労をさせたくないというのは親心かもしれない。
しかし、ある程度の努力の経験なくしては、便利さを感じない。
ならば、「楽労」を経験させるのが良策ではないだろうか。
「苦しみながら努力する」より「楽しみながら努力する」方が、よりよい人間性の向上に繋がる。

 何事にも「三歩進んで二歩下がる」ことが大切だろう。
闇雲に突き進むだけが人の道ではない。
立ち止まって足元を見直すことで、また新たな進む道を見つけることができる。
人生はまさにツーリングなのだ。

 夢の中でいろいろ考える内に、フェリーは函館に到着した。
半分寝ぼけ眼で車両デッキに降りる。
港に降り立った時、上空には黒い雨雲が出迎えに来ていた。
Fさんが空を見上げて呟いた。
「あぁ、やっぱり雨男が来るとこうなんだもんなあ・・・。」
「だしょう? ボクの神通力はどこに行っても通用するんだから。」
「ホント、すごいわねえ。私は晴女だけど、ベベパパには負けるわ。」
函館市街を抜けるまでは何とか持ちこたえたが、やがて大粒の雨が落ちてきた。
堪らず道端にバイクを停めて合羽を着込む。
国道5号を進んで大沼を横目に峠を越え、海沿いの森町に入るころには、雨はすっかり上がって燦々と太陽が照り付けてきた。
北の大地とはいえ、九月になったばかりの太陽は強い日差しを投げてくる。
それでも、カラッとした空気は、バイクで走っていると心地よい涼風となってジャケットの中を通り過ぎてゆく。
「ここから長万部まで結構遠いわよ。ずぅっと同じ景色が続くんだから。」
三台のバイクは国道の車の流れに乗って、のんびりと走っていた。
長万部から内陸を通り、ニセコに入る頃には前方に美しい姿の後方羊蹄山(シリベシヤマ)が見えてきた。

蝦夷富士と称されるだけあって、なだらかな稜線が撫で肩の女性の姿を思わせる。
麓のニセコビュープラザで一休みして燃料を補給すると、国道から離れて道道を進む。
羊蹄山を見渡しながら殆ど車影の無い道を快走する。
真狩村から喜茂別へ抜け、国道230号を札幌に向けて中山峠を駆け上る。
峠を越えれば、あと一息で札幌なのだが、一旦休憩をはさんだ。
陽はすでに西の地平線に沈み、札幌の街に灯がともり始める。
峠から東西を見て、どちらの方向にも地平線が見える。
北海道の大きさを実感した。

 峠を下り、定山渓を過ぎる辺りから道路は大渋滞になってきた。
のろのろ箱車の行列に付いていくしか手はない。
何しろ過積載のバイクゆえ、すり抜けもままならない。
何とか札幌市街に入り車線が増えて広くなると、一気に速度を上げた。
ところが一台の日産シーマが、車の流れを縫うように蛇行運転をしている。
信号待ちでは反対車線に出て強引に車列の先頭まで突っ込んでくる。
横に並んだKちゃんが毒づいた。
「何よ、あのシーマ、バイクと競り合うつもりかよ。」
彼女が前もって予約してくれたAPAホテルに辿り着いた。
「私は一旦家に帰って、風呂に入ってから、また迎えに来るわね。一緒にご飯食べましょう。」
そう言って、「ハヤブタ」に跨った女王様は走り去っていった。
二台の過積載バイクを地下の駐車場に止めて、二人のオヤジはフロントでチェックインを済ませる。
「Kちゃんが来たら電話をくれるから、それまで部屋で休んでいようね。」
この時代、Fさんは頑なに携帯電話を持たないようだ。
部屋に入りシャワーを浴びて汗を流し、サッパリしたところでベッドに横たわっていると、携帯電話が鳴った。
「もうすぐホテルに着くから、下りてきて。」
Fさんを誘ってロビーに下りると、タクシーでKちゃんが来ていた。
ライダースーツとはうって変わった黒いレースのスカート姿だ。
「一応、店を予約しておいたけど、いいでしょ。」
「はい、お任せします、女王様。」
この際、すべて地元に住む彼女に甘えるしかない。
タクシーでほんの数分走った所にある店に行く。
和風とも洋風ともつかない店だ。
「何を注文する?」
「何も分からないから、すべて女王様にお任せします。」
「はーい、じゃ、このぬるぬるが美味しいから・・・」
店員に次々と注文しているのを二人のオヤジはボーっと見ているしかなかった。
「そのぬるぬるって何?」
「食べたら分かるわよ。」
そう言う間に、「ぬるぬる」が出てきた。
見るとオクラ、山芋、モロヘイヤ、カイワレなどが細かく刻まれて混ぜ込んである野菜サラダで、いずれもぬるぬると糸を曳く野菜ばかりだ。
「精力つきそうだけど、こんなオヤジ二人に食べさせてどうしようっていうの?」
「ははは、それもそうね。今夜はムキムキになって眠れないかも。」
そんな馬鹿話をしながら、食事は進んでいった。
食べ終えて、自分の分だけでも払おうとすると、
「ここは私が奢るわよ。」
と、女王様の仰せの通りに甘える。
そこからFさんとKちゃんは飲みに行くことになり、下戸のオヤジはひとり歩いてホテルに戻った。
酒の飲めない人間にとって、夜の札幌の街は実に無愛想に思えた。

 翌朝、ホテルの中のレストランで朝食を摂り、早々にチェックアウトを済ませる。
通勤ラッシュの始まる札幌の街を、2台の過積載バイクは駆け抜けてゆく。
東京などと違って、道幅が広く、路肩にも十分な余裕がある。
冬の除雪対策なのだろう。
バイクにとって実に走りやすい街並みではある。
国道274号を、北広島から千歳を掠めて由仁に入り、山間の曲道を軽快に走る。
山岳地帯は本州と同じような雰囲気で、あまり変化はないように思っていたが、よく見ると本州ではあまり見かけない広葉樹が多いことに気がついた。
シラカンバやウダイカンバ、ブナなどが低い土地から樹林を形成している。
他にも高級ベニヤに使われるシナノキやハリギリが、当たり前のように緑の葉を繁らせている。
やはり北海道なのだ。

 夕張の物産センターで休憩した。
やはりここまで来たからには「夕張メロン」を買わなければと店先を見るが、どれも結構な値札が付いている。
Fさんが、そっと耳打ちした。
「こんなとこでメロンなんか買わない方がいいよ。観光客相手に高く売ってるんだから、他のスーパーとかで買った方が安いよ。」
一旦ポシェットから出した財布を、そっと元に仕舞った。

 再び2台の過積載バイクは、穂別の山間部を縫うように駆け抜ける。
途中で幾つもの峠を越え、トンネルを潜り、どこまでも続く樹海を掻き分けるように疾走してゆく。
日勝峠のトンネルを抜けると、急に目の前が大きく開けた。地平線が見える十勝平野だ。
「ふぉお〜!すご〜ぃ!」
思わず叫んでしまった。

峠の駐車場に入り、急ぎ足で展望台に駆け寄る。
「う〜ん、やっぱり叫んじゃいそうだな。・・・でっかいどう!ほっかいどう!」
無邪気にはしゃぐでっかいオッサンを見て、Fさんは苦笑いをしていた。

峠を下って鹿追町に入ると、道はほぼ直線に近くなり、周囲には農場が果てしなく広がる。
牧草を刈りとって大きな俵のような形にラップした塊があちこちに転がっている。
何だかどこかで見た風景だと思ったら、半年前に行ったアメリカのアーカンソーの風景と殆ど同じなのだ。
平原を走っていると、ところどころ立木が見える。
小さな森と見える所は、トドマツやエゾマツ、カラマツが明るい林を形成しており、牧場の建物の周りにはハルニレが優しい木陰を作っている。
どこまでも続く真っ直ぐな道をアクセル全開でかっ飛ばすが、全くスピード感がない。
いい加減飽きてきた頃、前方に「急カーブ注意」の標識があった。
慌ててシフトダウンしてスピードを落とすが、少し上がった坂道の向こうには実に緩やかなカーブらし
きものがあった。
「あれっ? 今のが急カーブなの?」
「みたいね・・・?」
無線で話す会話には、クエスチョンマークが飛び交っていた。
「士幌の町で食料を買い込もうか。」
「よっしゃ、・・・でも、どこに店があるの?」
「一応、此のあたりが中心街なんだけどなあ・・・?」
実に殺風景な街並みがあり、人通りも疎らだった。右往左往してようやくスーパーマーケットらしき店を見つけた。
店内には、客の姿も疎らのようだ。
適当に野菜とラム肉をカゴに入れ、ふと見ると「夕張メロン」が山積みしてある。
「おっ、あったあった、・・・ん? 600円!? 安い。夕張の物産センターの半分以下じゃん。それに、でっかいよ。」
即座にカゴに入れた。
「これからどこに行くの?」
「ナイタイ高原牧場って、すごく見晴らしのいい場所があるから、そこに行こうか。」
初めての北海道バイクの旅ゆえ、毎年来ているFさんの後に付いていくしかない。
夕張メロンをしっかりくくりつけたひょっとこバイクが、年式こそ違え、同じ巨大過積載バイクにひょこひょこ付きまとって行く。

小高い丘の上に駆け上って、だだっ広い駐車場にバイクを置き、見晴台に歩み寄る。
遙か南方を見ると、果てしなく広がる十勝平野が見渡せる。
大きな青空が地平線近くまで広がり、白い雲が低く低く空と大地の境目を覆い隠している。
太平洋や日本海の水平線は見慣れているが、日本での遠い地平線を見るのは初めてだ。
結構広いと思っている関東平野でも、遙かに山並みが見えてしまう。
それでも、よほど高いビルにでも上らない限り見通せるのは難しい。
二人は駐車場の先にある売店に向かった。
数人の観光客がソフトクリームを美味しそうにぺろぺろ舐めている。
「あのソフトクリーム、美味しそうだね。食べようか。」
「うん、そうしよう。」
「あれ? ぼくたちお昼ご飯食べたっけ?」
「そういえば、食べた記憶ないなあ・・・」
「・・・ま、夜のキャンプで食べるまでのつなぎで、いいか。」
「うん、いいよいいよ。」

滑らかな舌触りのそれは、200円で十分な量があった。
300円のを買わなくてよかった。
空きっ腹に冷たいソフトクリームを食べて腹をこわした苦い経験がある。
済んだ空気の高原で食べるソフトクリームは実に旨かった。

 ナイタイ高原から上士幌町の国道273号を北上する。
糠平(ぬかひら)温泉を回って、谷川沿いに細い曲道をうねうね走る。
やがて、然別(しかりべつ)湖の湖畔に辿り着いた。

ウペペサンケ山、ヌプカウシヌプリ、天望山、白雲山などの山懐に抱かれた然別湖は、緑の水を満々と湛え、静かな湖面に青い空と白い雲を映している。
湖畔の売店を覗いた。
いろいろ見て回ると、木彫細工の小物が沢山置いてある。
可愛いキーホルダーと爪楊枝立てを手にとってレジに持ってゆく。
Fさんもお土産に何やら買い込んでいた。
「ねえねえ見て、可愛いネコちゃんのキーホルダーめっけ♪」
「それ、キツネだよ。」
「・・へっ? あっ、そっか、キタキツネか。そうだよね、ここは北海道だもんね。」
実におバカさんである。
そのおバカさんは、ついでにやたらでっかい袋のポテトチップスを買ってしまった。
「やっぱり北海道限定のポテトチップスだから、北海道のジャガイモ使ってるんだろうね。」
「どこのポテトも、殆ど北海道産でしょ。」
「・・・あっ、そっか・・・」
やはりおバカさんである。
夕張メロンの隣にでっかいポテトチップスの袋を縛り付けて、ひょっとこバイクは走り出した。
扇ヶ原に出ると、鋭角に右折してシイシカリベツ川沿いを北上する。
途中から細かい砂利が浮いたフラットダートの路面になる。
「うわわっ、タイヤ大丈夫かなぁ。坊主に近いんだけどなぁ・・・」
無線で話したが、生憎バッテリー切れで通じないようだ。
あまり気にしないようにタイヤのことは意識の外に追い出して、Fさんの後を追いかけて行く。
10キロほど走った山奥の菅野温泉のそばにキャンプ場はあった。
キャンプサイトにはバイクを乗り入れられないので、橋のところで荷解きをする。
2台分の過積載バイクの荷物をリアカーに移すと、リアカーも過積載になってしまう。
まるで旅芸人か避難民のようだ。

手頃な場所を決めて荷物を下ろし、まずはテントを張る。
周りにはトドマツ林が広がっており、奥の方はウペペサンケ山に続く原生林のようだ。
「ねえ、こんなとこだと熊が出ないかなあ? 北海道だからヒグマじゃないの。やばくない?」
「大丈夫だよ。せいぜいキツネぐらいだよ。」
何度も来ているFさんは平気な顔でテントの準備をしている。
テントを張り終え、食材を仕込み終え、木製のテーブルで夕食の料理を始めた。
Fさんはというと、士幌のスーパーで買った味付けのジンギスカンを鍋に入れて温めるだけの料理だ。
もちろん主食は、サッポロクラシックビールの缶をぐびぐびやっている。
こっちの料理は、たとえキャンプであろうと手抜きはしない。

刺身コンニャクに酢味噌を添え、ピーマン、キャベツ、ニンジンの千切りをラム肉と炒める。
味付けは喜多方の生醤油とFさんの酒をちょっともらって、胡椒を振りかける。
「あ、その醤油、ちょっと分けてよ。この小さいビンに入れてくれる?」
Fさんは、殆ど空のキッコーマンの小瓶を出した。
「ホント、旨い醤油だもんなあ。」
炒め上がったラムと野菜炒めをおかずにおにぎりを頬張る。
刺身コンニャクをつまみながらウーロン茶をぐびりとやる。
キャンプだと何を食べても旨いものだ。
大自然に囲まれてピクニック気分だから尚更かもしれない。
デザートには、二つの手鍋に夕張メロンが山盛りになっている。
オレンジ色の果肉を噛みしめると、口の中に甘い果汁がいっぱいに広がり、至福の面持ちになる。
「う〜ん、おいちい♪ これでFさんが可愛い女の子だったら、もっといいんだけどなあ。」
「それを云っちゃあ、おしまいよ、ははは。・・・あ、このメロン沢山あって食べきれないから、向こうの若者に分けてあげたら。」
確かに食べ応えのあるメロンだった。
我々に少し遅れてキャンプ場に来たライダーの若者が、少し離れた所でテントを張っている。
「よかったらこのメロンどうぞ。甘くておいしいよ。」
「えっ、いいんですか? うわぁ、ご馳走さまですぅ。・・・うわっ、うめぇ! すっごく甘いですねえ。ありがとうございますぅ。」
でっかいオッサンからの差し入れに、大喜びしていた。

 一息ついたところでFさんがタオルを取り出した。
「じゃ、風呂にいこうか。」
「なぁに、露天風呂でもあるの?」
「うん、そこの川沿いに、鹿の湯って小さいけどいい露天風呂があるよ。」
真っ暗なトドマツ林を抜けて川岸沿いの小径を歩く。
ヘッドランプの光を頼りに岩場を辿ると、暗闇の中にぼ〜っと数人の裸体が浮かび上がった。
「へえ、こんなところに温泉が涌いてるんだ。」
感心しながら服を脱いでいると、湯の中からタオルで胸を隠した人影が上がってきた。
おばさんも入っていたらしい。
ドヤドヤと無遠慮にやってきたでっかいオッサンに臆したのか、そそくさと服を着て行ってしまった。
あまり煌々とランプで照らすと顰蹙(ひんしゅく)を買いそうなので、消してから、そっと湯の中に入る。温めの湯で、微かに硫黄臭がしている。
「ああ、極楽極楽、なんまんだぶなんまんだぶ・・・」
白い湯気が立ち、周りに誰が居るのか分からない。すぐ横を流れる川のせせらぎがさわさわと唄っている。
見上げると数え切れないほどの星たちが瞬いている。
両側に迫る梢の間に流れる天の川のようだ。
「あぁ、星がきれいだぁ。」
と、湯気の向こうで何やらちびちびやっている人影が浮かんだ。
湯の中を泳ぐようにその人影に近づくと、小さなマグカップで酒を飲みながらサケトバを齧っているおじさんだった。
「おやぁ、なかなか粋なことやってますねえ。」

「ははは、いやぁ、いい気分です。こうしてちびちびやりたいが為に、ここまで来てるようなもんですよ。温泉に浸かりながら星空を眺めて川のせせらぎを聞きながら旨い酒を飲む。最高の贅沢でしょう。ははは。」
この時ほど、酒を飲める人が羨ましく思えた事はない。
文字で書くと、「温泉・星空・川のせせらぎ・酒」と実に浪漫的な響きではないか。

 十分温まったところで、温泉から上がり、テントに戻る。
食事の後片付けをしていると、Fさんが云った。
「あ、そうだ、食べ残しやゴミはその辺に置いておかないでね。ビニールの袋に入れて、高い所に吊っておく方がいいよ。夜中にキツネが来て、食い散らかすから。」
「あ、そうなんだ。分かった、じゃあ、全部テントの中に入れておいた方がいいんだね。」
「そう、できればブーツもね。」
「ふ〜ん、この辺のキツネって足がでかいんだ。ボクの30cmのブーツでも履いていくかな?」
「とにかく食べ物だけは外に出さないようにした方がいいよ。」
「あ、キタキツネだけに下手するとエキノコックスをうつされる可能性があるもんね。」
「う〜ん、そこまではどうか分からないけど・・・」
Fさんはどうも生真面目な人のようだ。
バカなオッサンのジョークでも真面目に応えてくれる。
テントの中に入ってシュラーフに潜り込むと、一日の爆走の疲れもあり、あっという間に意識は地平線深く沈んでいった。

「あ〜、俺のブーツがな〜い!」
朝早く、近くで叫ぶ声で目が覚めた。
「あ〜、俺のもだ〜!」
昨夜メロンをお裾分けした若者達の声だ。
テントから這い出して辺りを見回すと、テーブルの横に引っ掛けて下げて置いたゴミ袋が引き裂かれており、タマネギや夕張メロンの皮が散乱している。
夜中にキタキツネが来てゴミを漁ったようだ。
きょろきょろ探し回っている若者達の方に行った。
「こっちもやられたけど、キタキツネが夜中に来たみたいね。ブーツが無いって? きっと、サイズが合ったから履いていったんじゃないの。」
「ははは、でも俺のは片方だけですよ。あいつは両方持って行かれたみたい。」
草むらの中を探していたもう一人の若者が叫んだ。
「あったぁ!・・・あ、ここにもあったぁ!・・・うわぁ、なんかくちゃくちゃに咬まれてるぅ。」
「腹が減っていたんだろうな。皮のブーツだから齧ったのかな?」
「じゃ、俺もあっちの方を探してみよっと。」
片方のブーツだけを履いて、ケンケンをしながら草むらの方にぴょんぴょん跳んでいった。
「鹿の湯」の姿を明るい陽の下で見るべく、タオルを肩に引っ掛けて川沿いに下りてゆく。
イシカリベツ川の渓流が、朝陽を受けて白く輝いている。

温泉は直径3mほどの円形で、真ん中に岩がへそのようになっている。
すぐ近くに源泉の湧出口があった。

少し白濁した湯に浸かり目を瞑っていると、小鳥の囀りが岩に砕ける水音に混じって聞こえてくる。
ゆったりまったりした時間が水の流れと共に過ぎてゆく。
少しうつらうつらしてしまった。
「ベベパパ、ベベパパ、俺はそろそろ行くけど、どうする?」
「ふぇっ? あぁ、もう行くの? じゃ、今上がる。」
そそくさと体を拭いて、服を着ると、急ぎ足でテントに戻る。
テントを畳んで荷造りしながらFさんと今後の予定を相談した。
「俺は、あと2,3日、ここを拠点にあちこち回るけど、ベベパパはどっちに行くの?」
「う〜ん、あのタイヤがねえ、もっと山があればあちこち回りたいけど、殆ど坊主だもんね。そもそも今回は、下北から直帰してタイヤ交換するつもりだったから、北海道は予定外なんだよね。だから、ここから道南を回って苫小牧からフェリーで八戸に渡って、真っ直ぐ横浜に帰るよ。」
「ああ、それならKちゃんに電話してフェリーの予約とってもらったらいいよ。」
「へっ、何、Kちゃんそんなことまでしてくれるの?」
「ああ、北海道では彼女が全部手配してくれるよ。大体仲間はみんな彼女のお世話になってるもん。たぶん、ベベパパがフェリーに乗るとき、苫小牧まで見送りに来てくれるよ。」
「だから、みんな奴隷になりたがるんだ。」
「ま、そうかな。」
実に頼もしい女王様の存在である。
リアカーを持ってきて、自分の荷物だけ積み込み、キャンプ場を後にする。
扇ヶ原の分岐でFさんと別れる。
最後はあっさりしたものだ。
どのみち3週間後には、戸隠のキャンプ場で会うことになっている。
BMWのバイク仲間には、距離感と時間の観念が全くないようだ。
Fさんとはここ一年の内、和歌山の川湯、長崎の島原、能登半島、下北薬研、戸隠高原と5回も顔を合わせている。
日本を狭くしている張本人かもしれない。

 一人旅になった。
まずは南に下るべく、帯広に向かう。
前日通ったどこまでも真っ直ぐな道を音更町まで突っ走る。
牧場が道の両側に広がる風景は、確かにアメリカのアーカンソーで見た風景と重なる。
音更の市街地に入った所で、十勝川温泉の看板を見かけた。
Fさんが是非入ってみるといいと勧めてくれた温泉だ。
適当に広い道を曲がってぐいんぐいん走っていると、いつの間にか十勝川温泉街に入り込んでしまった。
しかし、時間がまだ午前9時を回ったばかりで、どこの施設も開いていない。
ウロウロしていると、広場の中に「十勝川温泉足湯」とある。
バイクを置き、歩いて近づくと、「美人の湯」と記された小さな浅い湯舟があり、4人のおばさま達が足を湯に浸けてぱちゃぱちゃ遊びながらおしゃべりをしていた。

「ほぉ、美人の湯に浸かってるだけあって、みなさんお美しい。いや、効果絶大なんだなあ。」
と、いきなり現れたでっかいオッサンが極上のおべんちゃらを云うと、
「きゃははは、そうでしょう、やっぱりきれいに見えるでしょう。」
「あらぁ、お兄さん、お上手ねえ、あなたもお入りなさいよ。美男子になれるわよぉ。」
と、おばさま達は大喜びの大はしゃぎである。
自分よりはるかに年上の還暦近い小娘達に取り込まれては大変と、その場を逃げ出す。
近くの交番に駆け込んだ。
「すみませ〜ん、十勝川温泉で今の時間入れるところありますか?」
「はぁ〜、ちょっとまだ早いですからねえ、どうかなあ・・・」
と、若いお巡りさんが施設の一覧表を見てくれる。
「あ、この丸美ヶ丘温泉ホテルなら、10時オープンですから入れるかもしれませんよ。」
「じゃ、そこに行きます。」
地図を教えてくれたが、つい先ほど前を通ってきた場所だった。
礼を言って、今来た道を引き返す。
こんもりとした森の中にあるホテルだ。
駐車場に数台の車が来ており、老人たちがホテルの玄関に入ってゆく。
付いてゆくと、まだ照明もついていないロビーの奥に大浴場と表示してある。
入浴料大人300円とあり、売店にいたおばさんに支払って脱衣場に入る。
朝、鹿の湯に入ったばかりだが、考えてみると薬研温泉でも湯に浸かっただけだ。
秋田の小森旅館でもさっと行水程度だった。
ということは、新潟の守門で入った時から髪も体も洗っていない。
洗い場の椅子にお尻をデンと落ち着かせて、5日ぶりで丹念に体中を洗った。
さっぱりしたところで浴槽に向かうと、だだっ広い。
ともかく広い浴槽に褐色の湯が溢れている。

この温泉は世界的に珍しいモール泉で、地下に堆積する太古の植物を熱源とする一風変わった温泉らしい。
通常、温泉は火山の副産物として湧出する。
植物性の茶褐色の湯は、肌触りがまろやかで、お肌がすべすべになる。
それで美人の湯と謳われている。
ということは、足湯に浸かってはしゃいでいたおばさま達は「足美人」になったのかもしれない。
のんびり入っていたいが、まだ旅の途中でもあり、広い北海道にいるのだからと、早々に湯から上がる。
湯気で煙る浴槽には、数人のお爺ちゃん達がぽっかり浮かんでいた。

 温泉で火照った頬を爽やかな風が冷ましてくれる。
帯広から国道236号を南下する。
中札内でちょっと回り道をして山裾を通る道をゆく。
全くといっていいほど車の通りがない田園の道。

5速全開でメーターを振り切るほどの速度で走っても、不思議なほどスピード感がない。
標識も電柱もなく、だだっ広い平原を突っ走ると風景がゆっくりと移動する。
大樹町で再び国道に合流し、広尾町に入るとようやく海が見えてくる。
海岸線を更に南下すれば襟裳岬に至る。
太平洋の波が打ち寄せる海岸を眺めながら、のんびりとバイクを走らせていた。
途中で「フンベの滝」という小さな滝があった。

もともとは直接海に濯いでいたのだろうが、道路が造られてしまい、可哀想に滝壺はコンクリートの溝となって道の下を通り排水口から情けなそうに海へ流れている。

 えりも町に入って百人浜をゆく。
緑の牧草地帯が道の両側に広がっている。

岬の突端まで行くと、小さな木の鳥居と石碑があり、「襟裳神社旧鎮座詞跡」とある。
本当に何もない。

歌にある通り、襟裳の夏は何もない夏のようだ。

 岬を折り返して、浦河方面に走る。
ふと海岸を見ると、ちょうど昆布干しをしているところだった。

少し前の台風で大きな被害があっただけに、干してある昆布は、千切れたりして傷んだものが多い。様似の海岸で唯一の景勝地の「親子岩」があるが、他にはただ広がる大海原ばかり。

浦河から三石に至る海岸通は、単調そのものだ。
お陰で腹の虫が目を覚まして騒ぎ始めた。
どこか食事処はないかと探していたが、それらしき店は見当たらない。
結局、静内の回転寿司に飛び込んでしまった。
店内には他に客はなく、慌ただしく目の前に流れてくる寿司を次々と口に放り込み、ものの三分ほどで勘定を済ませると再び走り出す。
実に短いピットタイムだった。

 新冠(ニイカップ)に入った途端、あちこちに馬の姿が見えるようになる。
サラブレッドの牧場が目白押しの場所だ。
広い牧草地にぽつんと二,三頭の馬が佇んでいる風景は、額縁に入れたくなるほど美しい。
馬そのものの姿の美しさが絵画的なのかもしれない。

柵のそばにいる馬を見つけ、バイクを停めてそっと近寄った。

「お馬さんたち、ちょっといいですかぁ? 写真を撮らせてほしいんだけど、もっとこっちに近づいていただけますぅ?」
そう話しかけると、子馬が好奇心旺盛な様子で寄ってきた。

ぺたぺたと子馬の顔を撫で回し、写真を撮っていると、母馬が心配そうに寄ってきた。
「あ、お母様ですか、別に怪しい者じゃありませんよぉ。優しいおじさんですからねえ、写真を撮るだけですからねえ。」
適当に話しかけていると、安心したのか、向こうを向いて草を食べ始めた。
子馬は相変わらず親しげに顔を寄せてくる。
しばし、世間話をして親交を深めた。
なかなか話の分かる馬のようだ。

 途中で何度かKちゃんと電話連絡をして、苫小牧発のフェリーを手配してもらった。
「夜10時発だから、私は会社が終わってから苫小牧まで見送りに行くわね。」
「えぇっ、そんな無理しなくてもいいよ。」
「うぅん、無理じゃないわよ。行きたいの。」
「じゃあ、途中の千歳かどっかで落ち合って、晩ご飯でも食べる?」
「そんなの、どこで会うっていっても場所なんか知らないでしょう。」
「あ、それもそうか。」
「だから、苫小牧まで行くから、待っててね。」
「は〜い、かしこまりました、女王様。」
「よしよし、苦しゅうない。」
実に面倒見のいい姉御肌の女王様である。

 苫小牧の近くまで来ると、辺りの風景は一変する。
長閑(のどか)な牧草地帯が、巨大な石油備蓄タンクの立ち並ぶ大工業地帯に変貌する。
後に地震で炎上するタンクの横を通って、フェリーターミナルに着いたのは、まだ午後5時過ぎだった。
チケットを買おうと窓口に行くと、発券は9時からになっている。
もっとどこか回ってくればよかったが、初めての北海道では時間が読めない。
それに、日が暮れてはどこも見ることはできない。
仕方なく、待合室のベンチで座っていたが、でっかい体には窮屈過ぎて居ても立ってもいられない。外に出てバイクに跨り、タンクバッグに突っ伏して寝ようとしても、船に乗り込んだり下りたり轟音を立てて走り回る巨大なトラック群がうるさくて眠るどころではない。
上の奥の方の駐車場に移って、外灯の下で本を読み出した。
すると、暗闇の向こうから二日前に別れた「ハヤブタ」が、煌々とヘッドライトを光らせて走り込んできた。
「おまたぁ♪」
「う〜ん、待ったぁ。5時に着いちゃったもんだから、待ちくたびれてる。」
女王様の到着である。
「どうするね、9時の発券まで時間を潰さないといけないんだけど、ここって何もないんだね。」
「だから云ったじゃない。北海道は何も無いって。襟裳岬も何も無かったでしょ。」
「うん、確かに、森進一の云うことは正しかった。」
「とにかく中に入って、何か食べよう。」
ターミナルビルのレストランで軽く食事をすることになった。
和風膳の定食を食べて、食後のコーヒーを飲んでいると、ウエイトレスのお姉ちゃんがやってきた。
「ラストオーダーですけれど、よろしいでしょうか。」
「えっ、もうそんな時間なの?」
「はい、8時には閉店となります。」
フェリーの出る時間くらいまでは開けてくれてもよさそうなものだが、追い出されるように席を立った。
「ここはボクがご馳走するよ。札幌じゃお世話になったからね。」
「あぁ、じゃ、もっと高いの食べればよかったぁ。」
「ボクはそんなに金持ちじゃないよ。」
それでもまだ時間を持て余してしまい、ホールの隅のベンチに座って二人でうだうだ話をしていた。
「いやあ、今回の旅は実に有意義だったなあ。Kちゃんの白い肌とふくよかな肉体を間近で拝ませてもらったし、下着姿まで披露してくれたもんなあ。」
「私の方もみんなの逸物を見たかったけど、眼鏡が無いと何にも見えないのよねえ。」
「へぇ、あんな目の前でぶらぶらさせてたのにぃ?」
「ううん、全然見えてなかった。」
「てゆうか、とてもお見せできるような立派なものでもなかったけどね。」
「あぁん、それは分かってる。」
いい歳をした二人の男女の会話は、結局下ネタになってしまったようだ。
ようやく9時になり、窓口に行ってチケットを購入する。
「それじゃ、いろいろどうもありがとう。お陰様で大助かりだったよ。」
「北海道に来たら、いつでも連絡ちょうだい。私にできる事なら何でもやったげるわよ。」
女王様のありがたいお言葉に感謝感激しながら、バイクの所に戻る。
「暗い夜道だから、気をつけて帰ってね。バイバイ。」
女王様の跨るスズキGSR-X1300<隼>は、ブォーンという豪快なエギゾーストノート
を残して暗闇の中へ走り去っていった。


<雨と霧のはざまで>

 フェリーに乗り込むと、一番上の一番奥に誘導された。
バイクは一台しかない。
船室に入ると、だだっ広いパンチカーペット敷きの床があるだけだ。
客数はさほど多くない。
巡ってきたコースを確認するために北海道の地図を眺めていると、次第に瞼が重くなってくる。
ごろんと横になって目を瞑った途端、瞬間移動するかのように意識のブラックホールへと吸い込まれていった。

 目が覚めた時、船室の窓の外は明るくなっていた。
甲板に出ると、船はうねる海面を滑るように進んでいる。
空は鈍色の雲が垂れ込めて陽の光は射してこない。
船の進行方向東側は遠く水平線が霞んでおり、西側を見ると平坦な陸地が延々と続いている。
下北半島の東の海岸線だ。
やがて八戸港が見えてきた。
車両デッキに下りてバイクの所に行くと、周囲は巨大なコンテナ車に埋め尽くされている。
埠頭に接岸すると、トレーラーの頭の部分のトラックが次々と上がってきてコンテナを繋ぎ、引っ張り出してゆく。
船員のお兄ちゃんが、申し訳なさそうに云った。
「すみませんね、お宅が一番最後になっちゃいます。」
「ああ、いいよ、ゆっくり待ってるから。」
ひょっとこ面を付けた過積載バイクが悠然と船から下りてゆくと、岸壁に居合わせた人たちが呆気にとられた表情で見ている。
そして、一様に皆笑顔に変わってゆく。
ひょっとこが早朝の荷役の人たちに愛嬌を振りまいたようだ。

 いきなり高速道路で帰るのも芸がないように思えたので、一般道で十和田湖を目指す。
八戸から数キロ北上して、百石(ももいし)から国道45号で西に向かう。
ふと道端に「日本一の大イチョウ」の看板が目に留まった。

全国どこにでも「日本一」を謳う巨木があるが、ここ青森には日本最大級のイチョウが数多くあるのは事実だ。
仏教伝来と共に大陸から渡ってきた舶来の樹木だけに、千五百年以上のものはない。
何をして日本一と謳うのか。
根下ろした土地の環境による生長の度合いの違いで、多少の生育サイズの違いはあろうが、植物は生き物である。
日々生長し続ける限り、数字は変化し続ける。
植物時間のゆったりとした流れに、人間時間のセカセカした数字の価値観を当てはめて日本一を競うことは、果たして意味のあることなのだろうか。
「絶対値」ならばそれなりに公式を当てはめて不変の数値たる「真理」を導き出せるだろうが、元々が「変数」であるものに、人間の価値観という大いなる「変数」を掛けても、そこには公式は成り立たない。
常に変数として動き続ける。
「真理」とは不変のものなのだ。

 そんな疑問を抱きつつ「百石の大イチョウ」を眺めると、人間の思惑とは無関係に大らかに生長しているようだ。
それでも、幹の周りには注連縄(しめなわ)を巻かれ、無粋な白い柵が張り巡らされて、何とも動物園の檻に入れられているようだ。
尤も、イチョウにしてみれば、柵の外にいる人間から隔てているので、人間のいる空間の方が「動物園の檻の中」なのかもしれない。
人間の勝手な「空間の意味づけ」に、イチョウはせせら笑っているように思えた。

 十和田市を抜けて十和田湖に向かう道の途中にもイチョウの巨木がある。

「法量のイチョウ」と名付けられたイチョウは、百石のイチョウや北金ヶ沢のイチョウと同じ時代に植え付けられたものと思われる。
こっちの木には注連縄ではなく紅白の腰巻きがぐるりと巻かれ、根元にデンと真新しい祠が建てられている。
まさに人間のお仕着せがましい着せ替え人形のように扱われているようで、イチョウは苦笑いをしているように思えた。

 奥入瀬渓流沿いの道に入ると、ポツポツと雨が降り出した。

見上げると梢の向こうには少しではあるが青空が覗いている。
どうやら樹雨(きさめ)らしい。
ブナ林が多くある中、渓流近くにあって地中から大量の水を吸い上げ、樹冠から降雨装置の如く雨を降らせているのだ。
ところどころカツラの甘ったるい匂いがして、通り過ぎるだけで虫歯になりそうだ。
十和田湖から流れ込む渓流も、上流で雨が降っているのか少し濁りが見える。
子ノ口で十和田湖を見晴らせる場所に出たが、上空は鈍色の雲に覆われ、湖面は空の色を映して灰色に染まっている。
湖畔道路を走っていると、樹雨ではない本物の雨が降ってきた。
発荷峠を越えて樹海ラインに入っても、雨足は止むことなく、辺りは白い霧の帷が降りている。
とても景色を楽しむ余裕などなく、小坂まで下りると、下界では太陽が顔を出していた。

 更に西進を続け、大館を回って郊外の出川を訪れた。
そこには、お気に入りの「出川のケヤキ」がある。

主幹はすでに枯死しているが、力強く横に張り出した極太の根から若木が何本も育ち、生命力の強さを誇示している。
「大きさ」という数量単位上での数値はそれほど高くないにしても、「生きる力」のエネルギー値は、人知を越えたものがある。
枯死した主幹にはトタンの屋根が被せてあるが、笠地蔵じゃあるまいし、無駄なものに思える。

 大館から比内を経て南下を始める。
みちのくの山々は彩り深く美しい山並みが続いている。
山間を縫う国道341号を走る。
此のあたりは八幡平の温泉地帯であちこちから硫黄ガスが噴出している。
「玉川温泉」の看板を見つけて、思わずひょっとこバイクを乗り入れた。
急坂を下ると大勢の観光客と湯治客が入り交じって「地獄」巡りをしている。
湯治客は手に手に筵(むしろ)を持っていた。
聞けば、「岩蒸し」と呼ばれる温泉治療のひとつで、地熱で熱くなった岩の上に筵を敷いて寝ていると、温熱効果が得られるのだそうな。
年間を通して湯治客が大勢訪れるという玉川温泉は、温泉の効能もさることながら、施設そのものが最初から「湯治」を目的として造られており、自炊部と旅館部と併せて格安の料金で提供されている。
難病で苦しむ人々がこの温泉に訪れ、笑顔を取り戻して帰ってゆく姿を見るのが、最大の喜びだと温泉の主人は語っていた。

 でっかいオッサンも五十肩で悩んでいるので、早速そのありがたい温泉に入ってみる。
木造の広い浴場で天井が高い。
有毒ガスがこもらないようにしてあるようだ。

幾つもの浴槽が並んでおり、それぞれに「あつ湯50%」とか「ぬる湯70%」、「源泉100%」などと表示がある。

試しに100%源泉の湯に入ってみると、肌がちくちくして傷のあるところが強烈に沁みる。
「あ、いたたたた、いっちぃ〜・・・しみるぅ〜・・・」
と、小さな声で悲鳴を上げていた。
ちょこっと湯を舐めてみる。
「ぎぇ〜、す、す、すっぱ〜い!」
舌がびろびろ震えて思わず顔をぶるぶる振ってしまった。
「は、は、は、そのまま飲んじゃいかんよ。ほれ、あそこに書いてあるびゃ、薄めて飲めとよぉ。」
湯から首だけ出して入っていたお爺ちゃんが、笑いながら云った。
云われた方を見ると、コップが置いてある小さな桶があって、
「飲用には5倍から10倍に薄めてお飲みください」
と、注意書きがあった。どうやら源泉は強烈な酸のようだ。
それから幾つもの浴槽を渡り歩いてみたが、いずれもぴりぴりちくちく肌を刺しまくる温泉だった。
タオルで全身を拭き取っても、まだ肌がヒリヒリしている。
そのうち消えるだろうと服を着て表に出た。
筵を持った老若男女がぞろぞろと歩いてゆく後に付いていく。
湯元から引いている温泉の溝にはびっしりと硫黄が付いて黄色い蛍光色に光っている。
湯気と噴気が立ちのぼる一帯はおどろおどろしい風景だが、そこに筵を敷いて累々と横たわる人々がいる。

湯治と知らなければ、何とも怪しい風景ではある。
何でもないように見える岩の横に立て看板があった。
「北投石・・・台湾の北投温泉で最初に発見された鉱物で、日本では玉川温泉が唯一の産地として知られています。北投石は、鉛を含む重晶石(硫酸バリウム)の一種でラジウムも含むため放射性を有しています。学術上貴重なものとして特別天然記念物に指定され保護されています。」
と、貴重なものとして紹介されているが、最近この北投石が盗難に遭う騒ぎがあった。
学術的な価値があるにしても、何のために盗むのだろう。
磨き上げて飾るような石でもないように見えるのだが・・・。

 バイクの所に戻ると、湯治客のお爺さんやお婆さん達がひょっとこ面を囲んで何やら話していた。
「いやぁ、ははは、なかなか愛嬌のある単車だにゃ。」
「仰山荷物積んでぇ、なんか大八車みたいだにゃ、ははは。」
「ええ、そうでしょう、ま、トラックみたいなバイクですよ。」
やはりひょっとこバイクは、この玉川温泉でも心の湯治をしているようだ。

 元の国道に戻るべく急坂を上っていると、次々と観光客や湯治客が下りてくる。
健康な人も病気を抱えている人も何かしら癒しの効果を求めてこの温泉に来ているのだろう。
再び国道を南下する。
田沢湖近くに下りてくると、辺りには白い花を付けた蕎麦畑が広がっていた。

角館街道を突っ走って大曲を突っ切り、山間の農道や県道を駆け抜けて本荘に出る。
目の前には日本海の荒波が打ち寄せる海岸が延々と続いている。
夕暮れ迫る鳥海山は黒い雲の衣を纏って姿を隠していた。
酒田のホテルに予約を入れて、日暮れと同時に到着する。
食事処を求めて市内を彷徨ったが、七時というのに殆どの店がシャッターを下ろしている。
この街でも、昔あった商店街が、大型店の進出で客を取られて消えてしまっているのだ。
自ずと旧市街の住民は、郊外のバイパス沿いの大型スーパーなどへ車で買い出しに行かざるを得ない。
まして、老人などは車にも乗らないゆえ、軒先に座り込んで無為の時間が過ぎるのを待っているばかりなのだ。
そこには廃墟の街の寂しい姿がある。
通りを歩く人影もない。
こうしてあちこちの街の賑わいが消えてゆくのだ。
地域活性は、人のコミュニケーションによって生かされる。
人々が集う街、人々が笑顔で歩く街角、四角いコンクリートジャングルでは、真の命の営みは続かない。
自然豊かな緑のジャングルには、あらゆる命が息づいている。
人が住みよい街は、自然と調和のとれた笑顔が溢れる街ではないだろうか。


<つんぽこ?>

 翌朝、ホテルを出ると空は晴れ渡り、鳥海山が美しい姿を見せていた。
喜び勇んで遊佐から鳥海ブルーラインを駆け上る。
途中の展望台から日本海を見渡すと、遙かに朝鮮半島が見えそうだ。
「おっ、将軍様が手を振ってる。」
居合わせた数人の観光客が笑っていた。

眼下に白い雲が浮かんでいる。
日本海と雲海が同時に見えた。
辺りにはススキの穂が伸びて、秋の色を見せ始めている。

象潟まで下りると、大きく裾野を回り込んで雄勝町を通り、新庄方面の国道をのんびり走る。
尾花沢から3桁国道に入って寒河江まで来たとき、腹の虫が騒ぎ出した。
今回の薬研温泉に集まるメンバーの一人が、直前で事故に遭い、腕の骨を折ってしまった。
その仲間が山形に住んでいる。
見舞いがてら電話を掛けた。
「もしもし、Mさん、ベベパパです。その後、骨の具合はどうですか?」
「おおっ、ありがとうございます。いやあ、何とか今リハビリやって頑張ってますよ。下北に行ってらしたんでしょう?」
「はい、当初薬研温泉から帰るつもりだったんですけど、Fさんたちに拉致されて北海道まで行って来ちゃいました。で、今その帰りで寒河江まで来たんですよ。」
「はぁ、じゃ、近くまで来てるんですね。」
「そうなんですよ、で、寒河江あたりで美味しい蕎麦屋はありませんか?」
「う〜ん、寒河江ねえ、だったら慈恩寺そばが結構美味しいですよ。」
リハビリ中のMさんに慈恩寺そばの場所を聞いて、適当に走り回っていたら、ひょいと看板が目に飛び込んできた。

普通の農家をそのまま使っているようで、中に入ると土間の端に沢山の農機具が並べてある。
壁には色紙に挨拶文が書いてある。
「よぐござたなっす あがらっしゃえ」
更に厨房の扉の上の壁からは、黒毛和牛の首級が突き出ている。
うっすらと埃をかぶった牛の首は、恨めしそうに見下ろしていた。
あまり気持ちのいいものではない。

板そばを注文すると、やや褐色がかった蕎麦が出てきた。
しこしことコシの強い麺で、蕎麦の香りが鼻腔に広がり、結構旨い。
ふと、頭上を見上げると、ミズキの小枝につけた短冊が揺れている。
正月の飾りがそのまま残っているらしい。
その短冊に書いてある文字を見て、首を傾げてしまった。
「つんぽこ?」

他にも、「やばつえ」「まつぽえ」と書いてある。
「あのぉ、このつんぽこって何ですか?」
亭主が出てきたので聞いてみた。
「あぁ、子供が書いたもんだけどね、そりゃぁ、そのぅ、この辺の方言で、チンポコの意味でさぁ。」
「ああ、そうか、だからブラブラしてるのか。」
頭の上でブラブラ揺れる「つんぽこ」の短冊を眺めながら、蕎麦を啜っていた。

 腹の虫が収まったところで、一気に米沢まで下り大峠を越えて、またもや喜多方に入り、会津若松を突っ切って白河まで走ったところで、東北自動車道に乗った。
横浜に帰り着いた時、タイヤの状態はまさにバースト寸前で、溝など全くないほど磨り減り、よくぞ耐えてくれたと些か感動さえ覚えてしまった。


一週間の旅から帰ってきても、愛猫は姿はなく、迎えにも出てこない。
部屋に入って明かりを点けると、布団の上でふんぞり返って寝ていた。

ほぼ一年前は2キロと少ししかなかった体重が4キロを超えて倍以上になっている。
愛くるしい人懐こい子猫も、体が大きくなった分態度も大きくなっているようだ。
それでも、椅子に座るとごろごろ喉を鳴らして擦り寄り、膝に乗ってくると、やはり可愛いものだ。

「う〜ん、べべちゃん、パパがいなくて寂しかったの? ゴメンね。」
と、ぎゅっと抱きしめた途端、かぷっと手を咬まれてしまった。



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