あかべこ日記
「巨木巡礼野花礼賛諸行無常酔狂之旅」
平成15年7月
by 古森 雲雄<ベベパパ>



<高原の花ステージ>

 梅雨の湿っぽい都会を逃れて、済んだ空気に満ちた高原に踏み込むと、そこは、単一色に塗り分けられた草花たちのステージとなっていた。
春から初夏にかけて下界の木々の花は、梅に始まり、桜、桃、杏、林檎、梨と、果樹園を彩っていた色鮮やかな衣装を脱ぎ捨て、実を結ぶための身支度を整えている。
ミツバチたちを呼び寄せていたハリエンジュ(にせアカシア)やフジの花もすでに咲き終え、代わって高原の草花たちが出番とばかりにステージに飛びだし、ラインダンスを踊り出していた。

 八ヶ岳の山麓をひょっとこ面のあかべこで走っていると、時折スズランの香りがふと鼻先をくすぐる。急停止して辺りを見回すが、香りはすれども姿は見えない。
スズランは「香り」だけで自己主張をしているのだ。
ちょうど真向かいにあたる南アルプス山系の入笠山にスズランの群生地がある。
そこならば姿も見られるはずと、急遽あかべこの鼻先を南に向けて富士見高原を駆け下りていった。甲州街道を突っ切って、今度は入笠山に駆け上ってゆく。

カラマツ林のトンネルをくぐり抜け、シラカバやブナの林が見え始めるところに差し掛かると、道路からすぐのところにピンクの花のレビューが繰り広げられていた。
駆け寄ると、それはクリンソウで、可愛いピンクの花が輪になって花弁を広げ、草原のあちこちにコロニーを作って寄り添うように咲いている。

クリンソウ(九輪草)は、その花序の形が五重塔などの最上部にある九輪に似ているところからそう名付けられた。
本来、山間部の湿原などに見られるのだが、入笠山では道路脇の草むらにも咲いている。
真上から見るときれいな輪になっているが、横からではせいぜい二輪か三輪ぐらいにしか見えない。それでも、目にも鮮やかなピンクの花に心浮かれてしまった。
路肩に多くの車が停まっており、大きなレンズを付けた高そうなカメラを持って盛んにシャッターを切っている人々がクリンソウに群がっている。
見ていると、一つのクリンソウを撮るのに夢中になって、自分の足下で靴に踏みつけられている別のクリンソウに気がついていない。
人々が去った後には、至る所に踏みつけられて地面にへばりついたクリンソウが数多く見られた。
本当にあの人たちは花が好きなのだろうか、自然を愛しているのだろうか、疑問符がアタマの上で
ぽっぽと浮かんでは消えていった。

 更に山頂部を目指して走っていると、あちこちにオレンジ色のレンゲツツジが咲いている。
さほど数は多くないが、緑一色の山肌にはオレンジ色が派手に輝いて見える。

レンゲツツジはビーナスラインの沿道や美ヶ原高原、高ボッチなどにも群生しているが、晴天の下よりも霧にかすむオレンジ花の方が趣深く感じる。
ドピーカンの太陽光の下では、写真に撮ろうとしても花びらの発色が強すぎて正しい色が出ない。
何だか発光体を撮るようで、まともな色で撮れないのだ。

 美ヶ原は確かに晴れていれば美しいだろうが、年間を通して晴れる時は少なく、大抵は霧の中に隠れている。
レンゲツツジは白い霧の中に霞んで見えるのだが、白いミルクのようなベールの向こうから牛の鳴き声が聞こえてくるのが面白い。
牛も霧の中では鳴いていないと、自分が迷子になりそうで不安なのかもしれない。

 入笠山湿原を見晴らすと、面白いほどに色分けされていた。
ズミの白い花、クリンソウのピンクの花、キンポウゲの黄色い花、遠目には緑のスズランと、それぞれのコロニーが色によって棲み分けをしているようだ。
三角形の山の斜面に広がるスズランの群の中に入り込むと、まさに至福の香りに満たされる。
花こそは小さく下を向いて白い鈴の花を咲かせているが、その香りの強さは十分に自己主張をしている。

群生地の中に作られた遊歩道を大勢の人たちが登ってきていたが、香りを楽しんでいる人は極少数で、ただ上まで登って眺めを楽しんで下りてくるだけの人がほとんどだった。
それぞれに道が狭すぎるだの、土止めの丸太が邪魔だの、もっと広い階段をつくればいいだの、やたら文句を言いながら登る人がいるのだ。
スズランやヤナギランやナルコユリの小さな花には見向きもしない。
自然を蔑ろにする人の多さに悲しくなってしまう。

 少し前になるが、同じスズランを求めて芦川村の群生地に行ったのだが、村をあげての「すずらん祭り」で、群生地のすぐそばにテントを張っていろいろな物販をやっていた。
しかも、やたら呼び込みの声が大きく、しつこかったのだ。
更に、群生地に入るのを有料にしている。
スズランの群生地を護りたいのならば、一切人の手を入れないのが一番いいのに、なぜ金がかかるのだろう。
不思議な考えが罷り通っているようだ。
スズランの香りを楽しもうとしていると、盛んにスピーカーからスズランを歌ったど演歌が流れてくるし、近くの茶店で作っているのか、焼きそばソースの匂いが漂ってきて、せっかくのスズランの香りをかき消してしまった。
腹が立つやらアタマにくるやらで、大いなる失望と絶望で早々に引き上げてしまった。
どうにも変な風潮が当たり前のようになっている。悲しいことだ。

 そんな人間社会の横暴を知ってか知らずか、高原では、同じ場所にありながら咲く時期が異なるため、時を追うごとに様々な花が咲く。
レンゲツツジのオレンジ色が終わると、今度は黄色いニッコウキスゲが高原を覆い尽くすのだ。
「高原のお嬢さん」ならぬ「高原のおじさん」は、花追い人として春から夏にかけて忙しい日々が続く。


<巨木巡礼>

 安曇村から平湯に抜けるのにトンネルを通るのは味気ない。
雪のある時は仕方がないが、夏場の峠越えは高原の涼やかな風を受けて実に爽やかな気分を味わえる。
平湯から少し行った乗鞍登山口の近くに昔から案内板が掛かっていた。
「平湯の大ネズコ」とあるが、よほど興味のある人でないと何だか分からないだろう。
すぐそばにも「平湯大滝」という名所があるだけに、少し影が薄くなっている。
ネズコはクロベともいい、「黒檜」と表記する。クロベの方が本名のようだ。
案内板の指し示すところから路傍のちょっとした広場に入り込む。
だだっ広い場所に戸惑って見回すと、川沿いの道に矢印標識を見つけた。
身軽な服装に着替えてペットボトルのお茶をザックに放り込み、砂利道を歩き出す。
眼前には乗鞍岳に続く急峻がそそり立っている。
雪解け水を集めたせせらぎが涼風を呼んで、汗まみれの肌に心地よい。
木々の梢の葉擦れの音に混じって、ウグイスやホトトギスの囀りが聞こえてくる。
自ずと頬が綻んでへらへらとだらしない笑顔になってしまう。
小川に架かる橋を渡って大きく回り込む坂道に差し掛かると、贅肉で過積載の体が膝への負担を重くする。
やがて、砂利道から人一人通れる幅の小径が、急峻の山肌につづら折れになって登ってゆく。
ゆっくり休み休み登らないと心臓が悲鳴を上げそうだ。
ミズナラやブナに混じってカツラが丸い葉を繁らせ、木漏れ日の射す方を見上げると水玉模様になって網膜に届いてくる。
ヤマモミジやハウチワカエデ、イタヤカエデがあるところでは、星形の葉がまさに緑の星空のようだ。足下を見やると、あまり陽の当たらない山肌にはシダが繁茂している。
ところが、明るい日差しを受ける場所では、カメバヒキオコシが蠢く亀の如く生い茂っている。
何度もつづら折れを繰り返し、膝小僧がゲラゲラと大笑いし出す頃、いきなり大ネズコが現れた。

山間に威風堂々と根を下ろす姿には、千年の時の老獪さが滲み出ているようだ。
幾本もの太い枝を天空に突き上げる様は、見方によっては巨大なクワガタムシのアゴにも見える。
昭和の初期、村人に発見されるまで人の手が入らず、その後も地元の保護で生きてきたのだ。
だが、幹の近くにまで木柵を作り、周囲に何基もの見物台を作ってしまっては、千年近い過去の環境を壊しているとしか思えない。
木を護るつもりなら、もっと手前に人が入れないような柵を作って、周囲には一切人の手を加えないことが大切なのだが・・・。

 大ネズコの周りを何度もぐるぐる回ってバターになりかけた頃、ようやく満足して鄭重に別れの挨拶をし、山道を下り始めた。
上りと違って周囲を見回す余裕が少しできる。
その時、枯れ葉の中に何やら白っぽい妖精を見つけたのだ。
「あっ、ギンリョウソウだぁ!うわぁ、嬉しいっ!」

ユウレイソウの異名を持ち、気持ち悪いとも囁かれるその花は、鬼太郎の目玉オヤジの如き風貌で小さく寄り集まっていた。
20年ほど前に写真で見てから、ずっと実物に会いたくて恋い焦がれていただけに、舞い踊らんばかりの喜びがあった。
植物でありながら葉緑素を持たず、枯葉や朽ち木などから養分を得ているのだが、真っ白なその姿はまさに妖精のようである。
いや、身の丈3,4cmだから目玉オヤジと同じ妖怪かもしれない。
滅多に会えない貴重な花だけに、こんな道のそばに咲いていて盗られはしないかと心配になる。
木でも花でも一番の天敵は人間なのだから。

 山を下りきったところで、膝小僧は満面の笑みを浮かべていた。
汗の小一升もかいて体重も少し減ったようだ。



<小さな命の営み>

 平湯から高山に向かう国道を軽快に駆け下りていく途中に、「銚子滝入口」という看板を見つけた。「平湯大滝」では、遠くから眺めるしかなかっただけに、近くで涼めるならばと横道に入り込んだ。
滝壺近くに行くと期待通りに涼しい水飛沫が降りかかってくる。

マイナスイオンをたっぷりと浴びて、滔々と流れ落ちる瀑布を眺めていると、二人の男の子がきゃっきゃとはしゃぎ回っていた。
話している言葉は英語で、顔は日本人っぽいのだが、そばで話している父親は明らかに外人だ。
そして、男の子の一人が足下を指さして叫んだ。
"Butterfly on my foot. I can't move, wow."
「チョウが足にとまっちゃった。動けないよ、ワーオ。」
見ると、美しいタテハチョウが羽を閉じたり広げたりしている。
なかなか逃げないので、母親が手を差し出すと、今度は彼女の指にとまってしまった。
顔を見るとどうやら日系人らしいのだが、話す言葉はべらべら英語だ。
チョウの写真を撮ったり、滝の話を交えながら、仕方なく英語でしばらく会話していた。
やがて、父親が帰ろうと促し、バイバイと別れたのだが、すぐ近くの水たまりに何やら子供たちが見つけて騒いでいる。
"Wow, little frogs! So many frogs! "
「うわーい、ちっちゃなカエルだ! 沢山いる!」
遠目には何やら黒いものが蠢いているように見えたのだが、よく見ると体長5,6mmの黒っぽいカエルそのものだ。
それらが小さな水溜まりの中に無数に蠢いている。
子供たちが手に掬うと、小さなカエルたちは、もぞもぞと腕の方まで這い上がってくる。
水の中を見るとアカハライモリが盛んに子ガエルを捕食している。
どうやらアズマヒキガエルの子ガエルらしい。

普通、カエルは孵化したらオタマジャクシになって水中で幼生期を過ごし、足が生えて水陸両用生活をするのだが、中にはヒキガエルのように、山や森の中で生きてゆくカエルもいるのだ。
それにしても、1cmに満たない小さなカエルが一年で4000倍にもなって大きく成長するとは驚きだ。
尤も、目の前の何千匹もの子ガエルの中から生き残るのはごくわずかであることを考えると、何かしら応援したくなる。
イモリが子ガエルを捕食するのを見て子供が可愛そうだと嘆くと、父親が諭した。
"Oh, no, don't cry, my boy. コレガシゼンナンダヨ。Amazing!"
英語の中に普通の日本語が混じっている。
" Can you speak Japanese?"
「はい、ボクは日本生まれです。子供たちも日本生まれです。かみさんだけはアメリカ人ですがね。」
どうにもややこしい一家ではある。
どう見てもアメリカ人の父親が日本生まれで、母親がアメリカ生まれの日系人で、子供たちは日本生まれで、べらべら英語の会話をしているのだ。
ほんの十数分の出会いだったが、チョウとカエルを通してすっかり仲良しになってしまった。
近いうち家に遊びに行く約束をして別れたが、米人一家は乗鞍高原に住んでいるのだ。

 小さな水溜まりの中にも、その周囲にも、まさにグローバルな命の営みが見られた。


<命を彫る>

 更に国道を下って丹生川村に入り、千光寺のある袈裟山を駆け上がる。
途中に五本杉という根本で合体した大杉があるのだが、どう数えても四本にしか見えない。
せっかくだから、声に出して数えてみた。
「いち、にぃ、さん、しぃ、ゴホン!」
なるほど、咳払いしたら、ちゃんと五本あったようだ。

 千光寺は、約1600年前、飛騨の豪族両面宿儺(すくな)によって開山されたとある。
日本書紀によると、「体は一つで顔が前後にあり手足が4本ずつある力持ちであった。」すなわち日本版ヤヌス神という風貌で、善悪・陰陽を司る神のように崇められていたようだ。
江戸時代中期には、円空が寺にとどまって立木や枯れ木に仏像を刻んだ。

いずれの仏像も柔らかな笑みを浮かべており、彫り手の円空の人柄が仏顔に表れているようだ。
常々円空が語っていたのは、木に像を彫り込むのではなく、木の中に隠れている仏様を彫り出す。つまり木に宿る魂を具現化するのが命を彫ることなのだ。

 境内には大きな石碑が建っており、そこには「樹魂」と彫ってあった。

木に親しみ、森や自然にふれてゆったりとした自分を取り戻す。
木には木の、森には森の知恵があり、長く生きてきた。
そして、動物たちもそれぞれが本能という生きる知恵を持ち、自然に育まれている。
本来の人のあるべき姿とは、一体何だろう。
森の中で自然と向き合い、あらゆる命の営みを見つめていると、いつしか自分自身と向かい合っていることに気がつく。
自然の中では、人もチョウもカエルも木々も花々も、すべて「ひとつずつの命」なのだ。
命はかけがえのないもの、ひとつひとつの命を大切に思うこと、そしてあらゆる命は、互いの命を糧にすることで「生きる」ということ。
円空が書いた「帰一(きいつ)」には、そんな命の営みを意味しているのではないだろうか。
そして、森の中で円空と同じように「樹魂」から自然に生きる術を教えられたような気がした。


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