通輪抄
「春風の誘い」

byベベパパ


 春の声に誘われて、ふと外に出ると、薄紅色に頬を染めたカイドウやハナモモが明るい日差しの中で笑っていた。
あたたかい春風に背中を押され、久しぶりにひょっとこバイクで走り出す。
住宅街の庭先には、色とりどりの花が咲いている。
ハナズオウがピンクの花を枝に散りばめ、シモクレンが遅ればせながらと大きな花びらを開いている。
このところ啓蟄の前に夏日があったり、啓蟄の後に雪が降ったりと、蛙も戸惑う天候不順があっただけに、花も咲いていいものかどうか、かなり悩んだようだ。
2月の末の夏日に、もぞもぞと冬眠のねぐらから出てきた蛙たちはどうしただろう。
無事にねぐらに戻れたのだろうか。
二度寝は気持ちいいが、ついつい寝過ごしてしまいがちだから蛙さんたち気をつけてください。

 港北ニュータウンの広い道をのんびり走っていると、すでに桜は満開になっていた。
華やかに着かざったソメイヨシノの花の中で、メジロは蜜を吸うのだろうが、なぜかヒヨドリたちは小さな花束を地に落としている。
早朝七時過ぎでもあり、春眠暁を覚えないまま寝ぼけ眼で走っていると、突然前の角からお巡りさんが飛び出してきた。
馬鹿でかいバイクのあまりの遅さに業を煮やした車が追い抜いていったのをパクッと捕まえたようだ。
そこはいつも取り締まりをしている場所だが、七時過ぎという早朝から頑張っているとは、見上げたものだ。
というより、最近警察の裏金不祥事が露呈して資金難に陥り、必死で庶民の金蔓をたぐり寄せるべく取り締まりによる荒稼ぎをしているのかもしれない。
昔は「うそつきは泥棒のはじまり」などと言われたものだが、今では「うそつきは警察の十八番(おはこ)なり」となろう。
誰かさんが最近犯罪者の検挙率が下がったと嘆いていたが、そもそも泥棒を捕まえるべき警察が国民の税金を泥棒しているのだ。
そうなると泥棒が泥棒を捕まえることになり、同業者同士どうしても目こぼしをしてしまうのではないだろうか。
ますます日本では強い「悪」が正義の鉄槌を振りかざして、弱い「善」なる国民を叩きつぶしにかかるのだろう。
とかく人間社会は住み難い。

 箱車ひしめく街道を抜けだし、相模川のほとりを北上していると「かたくり園」の看板を見つけた。
氷河時代の生きた化石ともいわれ、日本各地の里山などで見られたカタクリも、開発が進んでその数を減らしている。
あのうつむき加減に奥ゆかしく咲く可憐な花に、古風な日本の女性を思うのは私だけだろうか。

 城山町の北の端にあるその「カタクリ園」は、個人の持つ里山であるらしい。
近くの駐車場にひょっとこバイクを乗り入れると、カメラを片手に足取りも軽くカタクリ園に向かう。
早朝にもかかわらずぞくぞくと人々が訪れていた。
シデコブシのしどけない花が咲き乱れる木の下の入り口で、三百円の入場料を払う。

踏み荒らされないように縄張りがしてある通路をのぼってゆくと、さまざまな花が咲く花園だった。

 斜面をおおうように群で咲くカタクリは、ひとつひとつが奥ゆかしくうつむいている。
紫色の花弁を、あるものはうち広げ、あるものはそり返し、濃いむらさきの雄しべとうすむらさきの雌しべをそっとさしだしている。

花の中ほどにはくっきりとギザギザのくま取りがある。
か細い茎に支えられてはいるものの、春のそよ風にイヤイヤをするようにうちふるえていた。

 むらさきの日本古来のカタクリに混じって、白花カタクリや黄花カタクリが見受けられたが、彼らは輸入品種で栽培が簡単なことから最近増えているらしい。

 カタクリの群にまじって、他にもいろいろな花が咲いていた。
オレンジ色の小さな花が丸くかたまって咲いているミツマタ。
枝振りも低く丸く広がっているので、全体がオレンジ色のドームのようだ。

 さらに目をやると、うすむらさきの小さな花びらが集まったショウジョウバカマがあった。

カタクリとよく似た色で咲き競っているかのようだ。
形こそまったく違うが、色の群にまぎれるとつい見落としてしまいそうだ。

 鮮やかなあかむらさきに咲き乱れるのは、少しみだらな花びらの形をもつミツバツツジと丸っこい大らかな五弁の花びらのヤシオツツジ。

そのみだらな花びらに惹かれたのかテングチョウがじっと羽を休めていた。

このチョウもカタクリと同じく生きた化石のような古い昆虫であり、日本に生息している唯一の種であるらしい。
貴重な花と虫は、限られた世界でひっそりと生きつづけている。

 少し上を見ると、キブシが小さな花の房をたらしている。
まるで祇園の舞妓の花かんざしを見るようだ。

うす黄色のその小さな花は、ひとつひとつは地味だけれど、房になってつながり枝にすだれのように垂れ下がるとあでやかなキャバレーの踊り子の衣装のようになる。
そのうちチャールストンでも踊り出しそうだ。

 再び地に目をやると、白い針のような花びらをもつヒトリシズカが咲いていた。

野に一輪咲いていれば、その名にふさわしいが、まるく集まって団体でいると、なんだかかしましい。井戸端会議を開いているのかもしれない。

 少し花の時季が重なっているが、この里山には普通では見られない貴重な花たちが一同に会している。

しどけないシデコブシや葉の先が金魚の尾鰭のように分かれているキンギョツバキ、深紅の花びらのボクハンツバキ、そそり立つ華麗なホウキモモ、しとやかなクロモジなどの木の花、地には緑の花咲くシュンラン、黄色いセツブンソウ、薄紫の角を出すようなイカリソウなど野生ではほとんど見かけなくなった花たちが、間近にその姿を現していた。

 一時間ほど花園を巡って帰る頃になると、のぼってきた通路は人波に溢れ、駐車場に戻ると、周辺の道路にも行列ができていた。

 春風に頬をなでられ気分がよくなったので、山梨の藤野の山奥まで足をのばす。
軍刀利(ぐんだり)神社のカツラに、そろそろ紅い花が咲いているころだ。
急坂の下にバイクを置いて汗をかきかき山道をのぼる。
去年来た時とちがって、新しい鳥居が建ち、道も整備されている。
うっそうと茂っていた杉木立が切り払われ、かなり下の方から大カツラの姿が見えてきた。

なんだかアッケラカーンとした明るさがあたりを支配している。
以前のような幽玄さが失われてしまった。

少し失望しながらも近寄ると高くそびえる梢の先が紅く染まっていた。
花は咲いているようだ。
だが、遠すぎてその形を見ることはできない。
カメラのズームを思い切り伸ばしても、高い梢の小さな花を捉えることはできなかった。
間近に見たい気持ちをおさえて、その場を去った。

 笹子峠の大月側のふもとにお気に入りの店がある。
ひとつは笹子餅の「みどりや」で、ほんのり甘い草餅が旅人の疲れを癒してくれる。

いつも十個入りの箱詰めを買うのだが、代金を支払ってお釣りをもらおうとすると、オヤジさんが箱のふたを開けて勧めてくれた。
「ひとつどうぞ。」
両手に財布と釣り銭と笹子餅の袋を持っているので、手がふさがっている。
普通ならもう買ったからいいよと遠慮するのかもしれないが、そこは貪欲に振る舞う。
「あ、ちょっと待ってください。」
と、財布をしまい、袋を置いて、差し出された箱の中の笹子餅をひとつつまんでポイと頬張った。
口のまわりが白い粉だらけになったが、舌なめずりして舐めとる。
相変わらずほんのりした甘さの餅だった。
ただ、中の粒あんのツブがちょくちょく固いのが気になった。

 もうひとつは「やまびこ」という蕎麦屋だが、コシのある蕎麦が安くて旨い。
昼時でもあり、店の中は大入り満員だった。
カウンターの端に座っていたおばさんが一人で入ってきた大男を見ると、さっと立ち上がって席を譲ってくれた。
「どうぞ、ここに掛けてください。いいんです。私たち大勢なもんで座敷が空くのを待ってるんですよ。」
実に親切で気の付くオバサマである。
恐縮して大きな体を小さく折り畳み、小さなイスに腰掛けた。
通りかかった店のおばちゃんに、「もり蕎麦ひとつと、アジフライね。」
「はいよ。」
ここの蕎麦は、並でもかなりの量がある。
大盛りにすると、とても食べきれない。
アジフライと共に食すとちょうどいい分量で腹がいっぱいになる。
もっと空腹の時は、コロッケも注文すればよい。
美味しい蕎麦とアジフライを食べ終えた時、歯の間にアジの小骨がはさまったのか舌先でれろれろするとちくちくしていた。
代金を払ってちらりと座敷を見ると、大量の蕎麦やうどんが食べ残してあった。
もったいない。

 店の外に出ると、少し肌寒い峠の風が吹き下ろしてきた。
ひょっとこバイクで勢いよく峠道に駆け込むと、いきなり眼前に通行止めの看板が立ちはだかった。四月三十日まで閉鎖とある。
まだ、笹子峠は冬期閉鎖されたままだった。
仕方なくトンネルに向かう。
以前は排気ガスが充満し、とてもバイクでは通りたくなかったトンネルだが、ここ最近はディーゼル排気ガス規制のお陰でか、割と楽に呼吸ができたようだ。
勝沼から御坂に入る。
桃の花の咲く頃は辺り一面ピンクの絨毯が広がり、まさに桃源郷になるのだが、まだ時期尚早だったようで殆ど花はついていなかった。
一カ所だけピンクのハナモモと黄色いレンギョウが咲いている場所があり、そこだけ人だかりがあっ
たようだ。

 そうなればさっさと帰るしかない。
西の空から雨雲が押し寄せてきていた。
夕方には降り出すと気象予報士は言っていた。
もっとも、最近の天気予報はあまり信用できない。
どうも、あの気象予報士という資格を持った人間が出てきてから、天気予報の当たる確率が下がったように思える。
漁師のおじさんやお百姓さんの方が、経験と勘でぴたりと天気を言い当てていた。
気象予報士はあくまでも机上のデータを元に予想するのであって、漁師やお百姓さんは現実の海や空を見て、自然の表情の移り変わりを身をもって感じ取っているのだ。
どちらを信用するかと言われれば、私は漁に出るおじさんや畑を耕すお婆ちゃんを信じたい。

 三つ峠に向かう道を勢いよく駆け上る。
御坂峠への脇道へ入ろうとするが、ゲートが閉まっており、やはり冬期閉鎖されているようだ。
ここでも呼吸が楽になったトンネルをくぐると、白い雪衣を被った富士山がうっすらと霞んで見えた。
峠の天下茶屋に滞在して太宰治が「富岳百景」を書いたのだが、今と同じ富士山の姿を見ていたの
だろうか。

 都留から道志に抜ける途中に、カツラの大木があるのを思い出した。
菅野のカツラと呼ばれるその木は、瑞乃木神社の祠の両側に立っており、古くから水神様として信
仰されていた。

紅い花を見たさに駆けつけたものの、花の気配すらない。
カツラの紅い花は雄株限定なのだった。
ここのはどうやら雌株のようだ。

 道志村に至るうねうねくねくねの山道曲道をひらりひらりと舞うように駆け抜け、ちょっぴり汗ばんだ肌を洗おうと「道志の湯」ののれんをくぐった。
五百円でチケットを買い受付のおじさんに渡そうとすると、
「あ、帰りの時にくださいね。」
そのままポケットにしまって脱衣場に入ると、二人ほどが入れ替わりに出るところだった。
浴場に入ると誰もいない。
洗い場にはボディソープだけで、シャンプーはない。
仕方ないので髪も体も一緒にボディソープで丸洗いする。
露天風呂でしばらくまったりゆったりしていたが、貸し切り状態だ。
風呂から上がると、火照った体の中に冷たいコーヒー牛乳を補給する。
もちろん片手を腰に当てて一気に飲み干す。
売店で以前試して美味しかった「七里味噌」を買い、ひょっとこバイクの背中の箱に放り込んで走り出した。
県道に出てすぐに七里味噌の醸造元があり、前を通ると発酵した味噌の匂いが花の香りと共に鼻先をくすぐった。

 春風に誘われて久しぶりにバイクで走ったが、帰り道は歯の間に挟まったアジの小
骨が気になって、ずっと舌でれろれろしていた。



| あかべこ日記TOP | HOME

Copylight(C)  Unyuh Komori  2004. All rights reserved.