<朝にゆき 夜にゆきても 雨衣 妙なる綾も 恨めしき哉>
なぜに、どうしてここまで雨に降られるのか、己の雨大男の異名を呪いたい。
永平寺の山門の石に刻んである文字をついつい捩ってみたくなる。
「杓底一残水」・・・「杓縁横溢水」
杓の底に残った一滴の水を生かすも無駄にするも己の思いの儘哉。萎れた花に与えれば蘇るかもしれない、渇いた喉を潤せるかもしれない、最後の決断という水の運命、己の運命は神や仏が決めるのではなく己自身であると解釈していたが、杓に溢れる水を天から斯くも浴びせられ続けると雨男の異名はやはり天から授かったのだ、神か仏
に定められた運命なのだと思わざるを得ない。
「草津白根の景色は綺麗だよね。」私は過去10回近く行っているが未だに晴れた草津白根の風景を見たことがない。
いつも雨か濃い霧に覆われて数メートル先を見ることも能わず。
「鳥海山の形は綺麗だよね。」私は過去3回行っているがいずれも雨の中、その美しいであろう姿は写真でしか見たことがない。
「リアス式海岸の三陸の道は最高だね。」私は土砂降りの雨の中寒さに震えながら白く曇ったゴーグル越にしか見たことがない。
そしてその日も御多分に漏れず早朝から激しい雨足が路上に踊っていた。
あかべこに巨大アルミ岡持三点セットを装着して走り出したものの、打ち付ける雨の勢いは衰えず寒さも手伝って苦難の旅立ちを強いられた。横浜青葉から東名に乗るも先行車の跳ね上げる水飛沫で思うように速度が上がらない。
電光掲示板には先の数カ所での事故情報が表示されている。
中井を過ぎてからのトンネルの途中では起きたばかりの事故に遭遇した。
トラックが路肩の土手に乗り上げて荷台の荷物を散乱させている。
急カーブの続く山間の高速走行でのすり減ったタイヤは危険窮まりない。
幸いあかべこのタイヤは換えたばかりの新品だったので苦もなく濡れた路面をしっかり掴んで走り抜けて行った。
御殿場に近づくにつれて打ち付ける雨の冷たさに加え、気温も急降下して歯の根が合わなくなってきた。
表示では事故渋滞が先にあるらしい。
この雨では前が見にくいだろうと思いながら御殿場を過ぎ裾野に差し掛かった途端シールドも眼鏡も真っ白に曇ってしまった。
なぜか急激に気温が上昇して飽和水蒸気が結露してしまったのだ。
慌ててグラブで拭おうとするがシールドも眼鏡も内側が曇っているため、走りながらイナイイナイバアをするようなもので危険極まりない。
幸いというかちょうど渋滞というより停滞が始まったのでサイドケースからタオルを取り出してゴシゴシ拭ったら世の中が明るくなった。
幅広いアルミ岡持三点セットを着けてはいてもバイクはバイク、ずらりと居並ぶ車の列の間を縫ってすいすいひょいひょいとすり抜け渋滞の先頭まで出てみると10トントラックが横転して2車線を塞いでいた。
それから先は雨も小止みになり肌に当たる風も少し温かくなって軽快に飛ばしていたのだが、静岡を過ぎ、日本坂トンネルを抜け、吉田を越して登り坂に差し掛かった時、地獄が大口を開けて待ち受けていたのである。
時間は朝の8時半頃、東名下り車線188キロポスト付近、登り坂だからとグイッと右手を捻った瞬間、ぶちっ! へっ?? アクセルグリップを捻れども何の手応えも感じられず、スコンスコンと虚しく空回り、エンジンの回転も徐々に、徐・々・に、お・ち・て・・いっ・・・た。
ハザードを出して路肩に停まり、あまりに突然の事だったのでしばらく呆然としてグリップの一点を見つめていた。
とにかく何とか動かないものかと、まずチョークレバーを目一杯引いてみるが、これまたゆるゆるに弛んでいて通常のアイドリング回転数よりも上回る様子がない。
アクセルワイヤーが切れたのは分かったのだが、切れた箇所が手元ならばちょいちょい引っ張りながら走れないだろうか? ちょっと期待してグリップの根元のプラスチックのスリーブをペキンと折り、そこからワイヤーの端っこをつまみ出してずりずりずりずりと・・・引き出すにつれて期待は虚しくパチンと弾け飛んでしまった。
長いワイヤーをあてがってみると切れた端っこは車体の中の方になる。
とても応急処置で動かせる状態にないことが判明した瞬間だった。
それでも、何とかやってみようとチョークの弛んだワイヤーにくくりつけて引っ張ってみたが回転が上がるどころか、混合気が濃くなってしまってブスブスふてくされたように文句を言うとぶすんと止まってしまった。
プラグがかぶってしまったようだ。
もう手だては無くなった訳である。
今度はライダーの方がふてくされてしまい、グラブを投げつけると路肩のガードレールに腰掛けて通り過ぎる車の轟音を背に蒼い茶畑を見つめていた。
最近勢力を盛り返してきたセイタカアワダチソウの黄色い花が毒々しく風に戦いでいる。
奴らの花粉にはアレルギー反応を示してしまうので、如何に花が好きとはいえ我が身に災いをもたらすモノには美的鑑賞をする精神的余裕は無い。
苦々しく敵対心を持って黄色い花を見ると、心が和むどころか嫌悪感さえ覚えてしまうのは不思議だ。
同じ黄色い花のヤマブキやナノハナを見ると心が晴れやかになるのだが、時期と色彩と形の合致でセイタカアワダチソウであると認識するが故に感覚が反応してしまうのだろう。
30分ほど途方に暮れていたが、何とかせねばと携帯電話でディーラーの店にかけたのだが、生憎その日は定休日だった。
だからといって他の店の番号はメモリーに無く、従業員個人を呼び出してもどうすることも出来ないのだった。
「もしもし、アクセルワイヤー切れちゃったあ・・・どうしたらいい?浜松の店の番号教えてよ。ここからなら近いし・・・」
「・・・同じ系列の店だから何処も休みですよ。横浜と静岡じゃあどうすることもできないですねえ。」
「そうだよねえ・・・どうしよっかなあ・・・困ったなあ・・・」
「・・・困りましたねえ・・・」
虚しい会話が続くだけだった。
電話を切ってからもしばらくぼんやりしていた。
猛スピードで通り過ぎる車の轟音も大型トラックの吐き出す真っ黒な煤煙も知覚の外に通り過ぎていった。
牧ノ原に向かって上っていく坂を300キロオーバーの巨大バイクを押して行くことなど到底無理である。
以前押して何キロも歩いたことはあるがそれは燃料を入れれば走るという可能性があるからであって、動く可能性の無い物体を当て所もなく押して歩く気力は失われていた。
ふと坂の下の方に目を遣ったとき、非常電話の青い標識が目に留まった。
そこなら道は平坦になっていて路肩スペースに少しの余裕がある。
次々と通り過ぎる車の合間を狙って重い車体の方向転換をさせると、下り坂を楽々と非常電話の所まで動かすことができた。
尤も高速道路の逆走だから危険なのだが、路肩を行く分には少々許されるだろう。
「もしもし、バイクのアクセルワイヤーが切れてしまって動かないんですけれども、どうしたらいいでしょう?」
「押して近くのインターまで行けませんか?」
「無理ですよお、こんな馬鹿でかいバイク、軽自動車より大きいんですから・・」
「じゃあ、JAFに電話回しますね。・・・」
「・・・ハイ、JAFです。どうしました?」
「あのお、バイクなんですけど、アクセルワイヤー切れちゃいまして動かないんです。トラックで運んでもらえます?」
「バンじゃ乗りませんか? 車種は?」
「BMWの1100GSで、でっかいケースを着けてるんでハンパな大きさじゃないんですけど・・・」
「はあ?じゃあ、陸送トラックでないと無理ですかネエ?・・・手配しますけど、1時間以上待ってもらわないといけないんですが、いいですか?」
背に腹は代えられない、助けてもらえると分かると即答した。
「はい、お願いします。いつまでも待ってます。」
助けが来ると分かると現金なもので気分が楽になり、路肩に生えているセイタカアワダチソウの黄色い花をつんつん指で弾いたりして弄んでいた。
大きなくしゃみを連発したのは黄色い花の仕返しだったようだ。
1時間余りで4トン車でも運べそうなトラックがやってきた。
JAFスタッフはバイクの扱いに慣れていないらしくモタモタと積み込んでいた。
「次のインターまでしか運べないんですけれど、いいですか?」
「仕方がないよね。いいよ。」
と、路肩をノロノロとトラックは進む。
牽引中は本線を走れないのだそうな。
そうこうするうちに相良・牧ノ原インターへ到着し、茶畑の中の駐車場に動かない重いバイクを下ろした後精算と相成ったのだが、「JAFの会員証を持ってるんだけど・・」
「ああ、すみません、二輪はJAFの対象外なんですよ。ですから、非会員と同じで2万3千円と消費税になりますが、・・・済みませんね。」
済まないと思うならば会員の四輪扱いにしてくれればいいのにと心の中でブツブツ言いながら財布から出たくなさそうにしている福沢諭吉さんたちを引きずり出した。
本当に何もない茶畑の中に放り出されて途方に暮れるままさっさと立ち去るJAFのトラックを見送り、この先どうするべきかと思案に暮れていた。
まずは近くのJRの駅まで行かねばならない。
地図で見ると一番近い菊川まで10キロはあるようだ。
派手なバイクを目立たないように隅っこに隠し、料金所の事務所でタクシーを呼んでもらい、最小限の荷物だけを手に京都まで帰ることにしたのだった。
掛川から京都まで新幹線を利用したのだが、黒革縅の物々しいライダーウエアとブーツという扮装で電車に乗り込むことほど場違い、寂しい、恥ずかしい、物憂い、屈辱的なものはない。
大きな体を縮めるようにして窓の外の通り過ぎる風景をぼんやり見つめていた。
<都路の 彩なる風に 革衣 内なる露と 濡れそぼる哉>
秋も深まったというのに京都の街に吹く風は暖かい。
嵩張る黒革縅の装束を脱いでも抱える荷物が増えるだけで吹き出る汗の量は変わらない。
三条河原町の「田毎」で鰊蕎麦を食べ終えたときにはさながらサウナから出てきたような有様を呈していた。
汗臭いから着替えようと思っても肝心の荷物は茶畑の中のバイクと一緒だった。
それでも、実家に帰れば何かしら着替えはあるだろうと、鴨川の岸辺をぶらぶらと散策していた。
その格好は傍目には異様だったのだろう、通りかかる人たちが奇異なモノを見る表情で避けて行くのがよく分かる。
暑いからとファスナーを下ろしたライダーブーツをガバガバいわせながら黒い革のライダーパンツをはき、片手に黒い革ジャンをくるんと腕に巻き付けて、もう一方には紐の切れかかったズタ袋を抱え、汗でくちゃくちゃになった頭から湯気を立ててぜえぜえはあはあ息遣い荒く巨大な物体が二足歩行していれば、散歩中のハスキー犬さえ尻尾を巻いて遠巻きにするのも当然か。
汗だくになって家の前に着いた時、ちょうど母親も病院から戻ったところだった。
「くっさあ・・・早うシャワー浴びて着替えんちゃあ。」
愛する息子に対する第一声がこれである。
後の姉や姪達の放つ言葉は推して知るべし。
着替えも結局姪のTシャツを着る羽目になってしまった。
巨大な男が着られるほど彼女の胸が巨大なだけである。
翌日、奈良行きの予定が大幅に狂ってしまい、朝から浜松のバイク店と電話で茶畑の中に放り出してあるバイク回収の段取りをしていたが、キーを持っている手前浜松まで出向かざるを得なくなってしまった。
なにやら怪しげな空模様の中新幹線で浜松までとって返し、店からトラックで東名を走って懐かしの相良・牧ノ原インターに着き、きららと派手に輝くアルミケースが見えた時には正直ホッとした。
霧雨にしっとり濡れるバイクをさっさと手際よくトラックに積み込み、再び浜松まで戻ったときにはもう夕暮れが迫っていた。
部品の届く翌日の昼には修理が完了するとのことだったので、心置きなく近くのホテルで一夜を明かしたのだった。
<露渇き 湖畔に集う もののふの 遊びの心 皆わらべ顔>
一天晴れ上がった日の午後、浜名湖畔での公然秘密集会が開かれるとて、全国から続々とBMWばかりが集まってきた。
雑誌の小さな記事を目敏く見つけて大雑把な場所を各自探しだしてくるのである。
別にこれっといった目的があるわけではない。
ただ、同じメーカーのバイクのオーナーだからというだけで老若男女が全国津々浦々から駆けつけてきて、好き勝手に話をし、せっかくだからとジャンケンで持ち寄った土産品を獲得し、集まったという証拠の記念写真を撮って、自由勝手に解散してゆくのである。
端から見れば何と無意味な馬鹿馬鹿しい集まりだと思われるかも知れない。
だが、それでいいのだ。別に万人に知れ渡り理解されるための意味を持つ必要は無い。
ただ心の遊びをしたいが為に同じ趣味を持つ者が集うのだ。
それが証拠にみんなたわいのないじゃんけんを童心にかえって楽しそうにやっていた。
人間の真の姿、真の心は無垢なこどもに見いだせるのではないだろうか。
夢中になって遊んでいる時のこどもの顔は邪念がなく可愛い。
動物も然り、満腹の時や遊んでいる時の欲の無い動物の顔は心から和んでいる。
和みの心、遊びの心にあえて意味づけするのは賢者ぶった愚者のすることだ。
いい年をした大人達が無邪気にジャンケンに興じている姿はこどもの遊ぶ姿に等しい。
森羅万象、物事の真理を語るのに難しい言葉はいらない。
専門用語で説明のつくものは専門家でなければ理解出来ないのは道理だ。
共通理解を得るための用語は極力「開いた言葉」「分かりやすい表現」「具体的な比喩」を用いる必要があろう。
「こどもにでも分かる言葉」を使って大人に語りかけると、こどものような心を持つ人ならば最初からうち解け会って和やかな会話ができる。
また、同じ価値観で話し合うことも同じであろう。
以前から思うこと、バイクという同じ価値観に乗っているからこそみんな「こども」になれるのだ。
こどもたちは秋風に乗って三々五々自分たちの塒に帰っていった。