みちのく痛リング

F-bebeTouring Reportみちのく編
1998/7/21〜23

by 森 くらうど
<ベベパパ>


#プロローグ

 「風穴」それは、冬に地中で凍った地下水などが、夏に上から入り込んでくる空気を冷やし、冷たい風となって下の方の岩のすき間や穴などから吹き出る。
東北地方を中心に、日本各地に累石型風穴が確認されているが、古来から、一年中低温であることから天然の冷蔵庫として利用されてきた。
そんな、風穴の写真を撮ることと、以前出会った巨木との再会を楽しみに、みちのくを目指した訳で・・・。

#初日、500マイル

 老人の朝は早い。と書けば私がかなりの年齢かと思われるが、まだ45歳の中年オヤジなのだ。でも、最近目覚めるのが早くなり、早いときは4時に目が覚めて、玄関先で朝刊が配達されるのを待っているような始末。
まだ、夜が明け切っていない暗い玄関先で、中年のオヤジがボーッと佇んでいるのに出会った新聞配達のおニイちゃんのギョッとした表情は、筆舌に尽くし難い。つい悪戯心を擽られるのである。 
 
 そんな今朝は、みちのくツーリングに行くこともあって、Tシャツと柄パンツにヘルメットを被った艶姿で立っててやろうと、玄関先に出てみると、残念、もう朝刊がポストに入っていた。
 
 6時に出発。トップケースにカメラ、レンズその他諸々を放り込むとかなりの重さになってしまった。
着替えや合羽を入れる場所が無くなってしまったので、以前使っていたかなりくたびれたサイドバッグを振り分けで下げてみた。
あまり格好良く無かったが、気にするような私ではない。
 
朝早い国道は空いている。
1号線を一気に突っ切り、戸越から首都高速に乗る。
湾岸回りも考えたが、朝の早い時だから箱崎も空いているだろうと隅田川沿いを北上する。
朝日を受けて輝く金色のウンコビルが目にまぶしい。
川口線の方はトラックの団体が向かっていったので、とっさに小菅から常磐道の方に飛び込む。
少し遠回りだが、景色も良いし、何よりもトラックの数が断然違う。
あのディーゼルの黒煙を吸い込まなくても良いだけでも、健康的だ。
いわきから磐越道に入るが、1車線の対面通行だからそうは飛ばせない。
途中のSAで燃料補給。
270キロが目処だ。
リッターあたり20キロほどの燃費。
80マイル平均の巡航ならまあまあというところか。

 郡山から東北道本線に合流し、北上を続ける。仙台を過ぎた辺りのSAで休息をとる。
と、そこにVULCAN CLASSICが止まっており、中年の丸顔のオバ様が乗り込んだ。
エフベベを見るなり、「綺麗な車ですねえ。でも、そのサイドバッグは、ミスマッチですよ。」だって。
大きなお世話だい。物が入れば良いんだ。
でも、横浜に帰ったら、もう捨てよう。
かなり草臥れてるものな。

北上JCで秋田道に入る。大曲まであと少し。やがて、大曲のICで一般道に降りる。
そこまでの走行距離はおよそ600キロ。結構一気に突っ走ってしまった。
角館を通り抜け森吉方面に向かう。気持ちの良いワインディングが続く。木陰を抜けるときの爽やかな冷気が頬を擽る。
だが、いただけないものもあった。冬の爪痕を覆うように施した道々の化粧だ。
本来化粧直しは醜い物を隠す物の筈。
だけど、みちのく道の化粧はどうだろう。あちこちに継ぎ接ぎだらけの凸凹道だ。道の至る所を細々と接いで
ある。まさにパッチワーク道路のごとし。
細切れに舗装する手間を考えたら、一気に全面舗装し直した方が労力、コスト的にもかなり節約できると思うのだが、行政は無駄がお好きらしい。現場施工する人たちもパッチワークにするなら、それなりのアート的センスを具現して欲しかった。リズム感のない、統一性のない路面は走り難くて仕方がない。

 角館から少し北に行った西木村に、真山寺の乳イチョウというのがある。
4年前の5月頃に訪れたときは、まだ、新芽が少し出た頃で、やたら寒々しい姿だった。でも、盛夏の今の姿は元気な青々とした葉をたわわにつけた勇ましいイチョウだ。
樹齢は500年ほどだが、枝に勢いがあり、幹の回りにちゃんと立派な乳房を垂らしている。
垂乳根とはイチョウの気根を指すのであって、昔から乳の出ない母親がイチョウの垂乳根を削って煎じて飲むと乳が出るようになったと言われている。

 阿仁前田というところにある小又風穴に向かう。
3月に来たときは雪が深く、途中からラッセルして登っていったのだが、今回は全く景色が違う。
雪の厚化粧を落とした山の景色は饒舌だ。
様々な植物、いろいろな花々、地面を覆う草たち、歩みに従って舞い上がり飛び交う昆虫たち。
すぐ側までエフベベを乗り付け、小道を山中に踏み込む。暑い日差しに汗が滴る。
やがて、風穴のあるところまでたどり着く。
ググッと落ち込んだ窪地になっており、そこに足を踏み入れると、ひんやりとした空気が一気に体を包み込む。さっきまであんなに汗が滴っていたのに、サーッと引いたと思うと、今度はあまりの冷たさにゾクゾクっとするほどだ。まさに冷蔵庫の扉を開けた瞬間に似ている。苔生した岩のすき間から冷気が吹き出しているのだ。
一頻りシャッターを押し続けたあと、窪地からはい上がると、再び汗が噴き出してきた。

 大館市に入ると、二ツ山、岩神山という山裾にある風穴を訪ねた。
いずれも小又風穴ほどの冷気は感じられなかったが、もう少し早ければ周辺にゴゼンタチバナやコケモモが咲いていたと思われる。

 時はすでに5時。太陽はまだ高いところにあるのだが、如何せん雲が隠してしまっている。仕方なく本日の宿となる日景温泉に向かう。
山中の秘湯なのだが、結構訪れる人も多く、賑わっている。
温泉は、白濁した硫黄臭が漂う温泉らしい温泉だ。
含ホウ酸、食塩、塩化土類硫化水素泉というのが泉質で、ヒバの木で作った湯船が気持ち良い。

 朝、横浜を出てから日景温泉宿まで、走行距離825キロ。およそ500マイルの一気乗りというところか。“500miles far away from home.”P.P.M.の歌が聞こえてきそうだ
P.P.M.といってもダイオキシン濃度とは違うぞい。
Peter, Paul, andMaryという往年のフォークグループなのだ。

#2日目、痛ーっ!

 朝は良い天気だ。予報によると午後から雨ということらしい。
午前中が勝負とばかりに出かけようとするが、朝食は7時30分からなので、待つしかない。
今朝もやはり5時に目覚め、朝風呂にゆっくりと浸かってしまった。肌に硫黄の臭いが染み込ん
でいる。

 7時30分、早々に朝食を平らげると、エフベベにうち跨ろうとする。だが、昨日の500マイルの強行軍が応えているらしい。方向を変えようとハンドルを右に切り、グイッと押した時、砂利敷きのため前に進まず、そのまま反対側にコテッと倒れてしまった。
嫌な予感。その後起ころうとする事件の前触れであったなどと、一体誰が予想したであろうか。その時は気が付かなかったのだが、倒れた拍子に、ハンドルの右端を地面に打ちつけ、2cmほど左にずれていたようだ。だからといってそのことが後の事件、いや事故の引き金になったなどとは断言出来ない。微妙な操縦バランスの崩れがあったとしてもだ。

 引き起こすのもかなり辛い仕事だった。
トップケースに詰め込んだカメラの重さで、重心が上がっていることもあり、なかなか起き上がらない。宿の人々の好奇の目を意識しつつ、なんとか引き起こした時には、せっかくの風呂上がりの肌に汗が滲んでいた。

 足元に力が入らないまま温泉宿の山を下り、矢立峠の山に登る。
足腰の衰えを痛感する瞬間だ。足どりも重く、体も重い。息が切れて、少し登っては、ゼイゼイハアハア一休み。振り返れば、大した距離を来ていない。情けない。鍛え直さねばと思うのだが、そう簡単には実行に移せない哀しさよ。

 今一つの新沢風穴を求めて林道に踏み行った。
大館から小坂に抜ける県道から、山中に分け入る林道なのだが、あまり人の入った形跡が無く、路傍の丈の高い草が道を覆い隠している。
前方が見えないのと、路面もよく見えないこともあり、ゆっくりとエフベベを走らせるが、如何せん、オンロードタイプのタイヤの哀しさか、ズリズリと滑って、ハンドルをとられる。それでも、腰を浮かせてなんとかバランスを保ちつつ、目的の山の麓に到着した。
しかし、冬に来たときとは勝手が違いすぎる。
かろうじて冷気が感じられる場所を確認はしたが、ここが風穴だという特定ができぬまま大雑把な場所の写真を撮ってその場を後にする。

 大館に戻り、前日出したフィルムのプリント上がりを受け取る。
西木村で撮ったエフベベの姿がまだ綺麗だ。
国道を北上して、碇ヶ関から東北道に乗る。黒石市の黒森風穴を今度は撮影だ。
黒石ICを降りて、十和田湖方面に向かう。
途中、前方から30台ぐらいのバイクの一団が来たので、てっきり地元のライダーズクラブかと思い、挨
拶しようと手を挙げ掛けたら、何と自衛隊のバイク部隊だった。
ヤマハのセローらしきオフ車をカーキ色に塗り、兵隊さんたちが跨る姿は表情も硬く、真っ赤な派手なB
MWに跨る脳天気なオッサンをチラリと一瞥して走り過ぎて行った。

 そして、事件は勃発した。と大袈裟に言うほどでもないが、ともかく、起きてしまったのだ。
黒森方面に向かってエフベベを走らせている時、左カーブを曲がったとたん、行こうとする先が通行止めになっており、右の方に迂回しようと車体を倒し掛けたとき、前方に砂が出ているのが目に入った。
また砂かと、去年の奥多摩での砂に乗っての転倒のイメージが脳裏を過ぎった瞬間、ズズーと前輪が砂の上に。
とっさにカウンターを当てて、ブレーキを掛けたのだが、効くはずもなく、そのまま斜めになった石垣に向けて突っ込んで行った。
キャー、グワシャン!とスローモーションのように自分の体が浮き、石垣にもたれ掛かるように背中から跳んで落ちたのを確認した。
あああ、やっちゃった・・と、ヘラヘラ笑いながら、キルスイッチでエンジンを止める。
その時はまだ、自分の体のことを気遣っている余裕はなかった。
それよりも、青森くんだりでバイクを潰してしまったら、どうやって帰ればいいのだろう・・・。
BMWのディーラーなんてあるのかいな・・?と様々な不安な思考が頭の中をグルグル旋回していた。
一度転けたらなかなか起き上がらないエフベベを、何とか踏ん張って起こしたときには、またまた汗だくになっていた。
スタンドを立てて、損傷を確認する。
フロントスクリーンを擦りむいていた。痛々しい。
左のクラッチレバーも擦り傷だけで、折れてはいない。
ミラーは緩んでブラブラしていたが、締めなおしてOK。
それだけの損傷で済んだのかなと一安心して、エンジンを掛けてみるが、なかなか掛からない。
仕方なく押し掛けをしようと押し始めると、アレッ!!?ハンドルの位置とは明後日の方向に進むではないか。
再びスタンドを立てて、前から見ると、嗚呼哀しや、タイヤがハンドルに対して10度近くひん曲がっている。
ホイールを確認したが、歪んでいない。
真上からフロントフォークを見たが、曲がっている様子がない。
となれば、石垣にぶつかった拍子にフォークが捩れてしまったようだ。
どこか、バイク屋さんを探さねばと、重い車体を押して歩く。乗って走っている時には軽快で良いバイクなのだが、いざ、押して歩くと、その重さが心身に応える。汗を拭きつつ途中一休みしてカンジュースを飲んでいると、地元のお婆ちゃんが孫を連れて通りかかった。
「あんれえー、でっかい単車だにゃぁ、どごからぎたねっしゃ?」
「はあ、横浜からです。ハァハァ。あっついねえ、婆ちゃん、ところで、この辺にバイク屋さんないですか?」
「はあー、んだらそこのトンネルを通って向こうの町までいがねばねっしぁ。」と、親切なお婆ちゃんの言葉に送られて、また、押して歩く哀しい中年ではありました。
トンネルを抜けると、そこは雪国のバイク屋だった。
「あのお婆ちゃん、いい人ね。」
「それは、そう、いい人らしい。」
「いい人はいいね。」
とまあ、伊豆の踊り子ならぬみちのくズッコケ人は、なんとかバイク屋さんにたどり着いた。
「すみませーん。向こうで転けたら、タイヤが曲がっちゃったんですけど、走れる程度に応急処置してもらえませんかぁ。」
「あぁん?どげぇすぃだだ?あんれまあ、珍しいバイクだにゃ。・・・ああ、まがってらあ。」
だから、曲がってるって言ってるだっしぁねぇ。と、こちらの日本語も怪しくなってきた。
「すぐ直りますかねぇ?」
「はいよ、たちどころに直るでゃ。」と、嬉しいお言葉。レンチでフォークの根元のネジを緩めると、
「ほんな、ちょっくらいくでぃぁ。」と、曰うなり、柱に手を置いてバランスを保つと、エフベベちゃんの前輪に向かって、ドカッ!ドカッ!と強烈なローキックを見舞うオジサン。
呆気にとられて、呆然とする私に、
「ほいゃ、直った!」
と、跨ってじっくり見つつ、「ちょっとやりすぎたかな?」ですと。
それでも、ほぼ真っ直ぐになり、「後は、帰ってからじっくり直すっびゃね。」
で、2000円也の修理代を支払い、再び車上の騎士となった。
その時、やっと自分の体の痛みに気が付き、確認してみると、左膝を打っていて青じんでいた。
その他は、左肘を軽く擦りむいてはいたが、エフベベちゃんの怪我に比べれば軽いものだ。

 やがて、黒森山の上の方にあるという風穴を目指して、またまた林道に分け入った。
これが、まともな林道ではない。
ほとんどガレキ道といった風情であろうか、トライアル走行状態でハッ、ホッ、ヘッと気合いとともに、バランスを取りつつ急な山道を登る。
かなり頂上近くまで登っただろうか、木陰に入ると、上の崖の方から冷たい風が吹き付けてくるではないか。汗にまみれた体に心地よい。
さっそく、バイクを止めてトップケースからカメラを取り出す。が、これぞ風穴と思って見回すと、何処が風穴?

 ぱっと見では位置が特定出来ない。
それらしき岩の隙間を狙ってシャッターを切るが、果たしてそこがそうなのか確信は無い。
だって、冷たい空気は写真に写らないのだから。

 ほうほうの体で山を下り、寺の茶店でコーヒーを啜る。
水が良いのか、豆が良いのか、なかなか旨いコーヒーではあった。
昼時になったが、青森市内に行きたい店があったので、一路八甲田山を越えて走ることにした。
応急処置だけとは言え、何事もなかったように調子良く走ってくれる。
敢えて言うならば、ハンドルが直進に対して右に1度ずれているが、大した影響は無い。
ワインディングを軽快に倒し込んで走り抜ける。
砂さえ無ければ、と信じ込んで走るしかない。
あれほどの荒れた林道で、一度も転けたこともないのに、なぜ、普通の道でコテッと転けてしまうのか、我ながら納得できない。
結局、道を信用してはいけないのだと得心する。
常に何かあるはずと疑って走らないと、思わぬ事故に遭うということだ。

 青森市内に入って、行き付けの寿司屋に入る。といっても、1年に1度来るか来ないかの店だが、暖簾をくぐった瞬間、「おおっ、いらっしゃい。久しぶりーっ!」という元気な若大将の声が心を和ませてくれる。
私の大好きな店の東北支店だ。
いつ来るか分からない気まぐれな客を親身になって迎えてくれる稀少な店だと感じ入っている。
因みに店の名前は「玉寿司」、駅前通りを1本南に通る道にある。

 そこの大将もバイク好きで、エフベベを珍しそうに眺めていた。
青森では見かけないバイクらしい。
そういえば、東北の至る所で、好奇の視線を集めていたのを思い出す。

 少し痛い思いもしたが、何とか無事に撮影の方の目的を遂げ日景温泉に戻る。
明日は再び500マイルの帰路につく。雨が心配だ。

#3日目、雨男本領発揮。

 朝の目覚め、外が騒がしい。さもありなん。大雨だ。
朝風呂に入り、体を十分に温めて、雨中走行に備える。それにしても酷い雨だ。
朝食を済ませ、雨の重装備を身につける。
ブーツカバーは小さいためガムテープでぐるぐる巻きにする。格好なんて構ってられない。
「また、お越し下さ〜い。」という番頭さんの声を背中に、エフベベは雨の中に踏み出していった。
雨がバイザーに付いてほとんど前が見えない。
頭を左右上下に振りつつ、雨粒の隙間から前を見る格好だ。端から見るとさぞ滑稽だろう。
小刻みにヘルメットを振りながら真っ赤なバイクを走らせる中年ライダー。ヨイヨイの還暦ライダーに見えるかもしれない。

 高速道路は、前方視界不良のため、安全を考えて避けることにした。といっても、一般道でさえ雨で見えないのは同じこと。注意してトコトコ走ることにする。
大館から大曲まで2時間30分を費やした。距離はおよそ150キロ。雨のワインディングも結構いけると思った。自信過剰か?
大曲から秋田道に入り、北上で東北道本線に合流する。雨も上がり、国見SAで重装備を解く。
そこで、徳島から来たというRS乗りの御仁に出会う。北海道帰りだとのこと。
メイルアドレスを渡して、ネットでの再会を約束し、再び高速道路の風となる。
なかなか軽快で速い。80マイル平均ですっ飛ばす。
転けたフォークの歪みなんて全く感じられない。いや、感じたくないので、かっ飛ばしたといった方が語弊がなかろう。
あくまでも、バイクを信じて、道路を信じてひたすら風と格闘する事6時間。
8時に横浜に着くまで、やはり500マイルを一気に乗り切ってしまった。
元気な懲りないオジンである。

#エピローグ

 往路で800キロ、中日300キロ、復路850キロ、合計1950キロ。
ざっと1200マイルの短期集中走行。
高速道路、一般国道、ワインディングロード、林道、山のガレキ道とあらゆる道を走破したが、転けたことを度外視してみると、実に、楽な楽しいバイクである。
それが証拠に、一夜明けた朝から疲れも感じずに元気に出勤しているではないか。・・・単なるバカではないか。



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