闘猫記
--闘病記とも云う--
平成11年睦月之事
森くらうど<ベベパパ>
<序>
猫の事を残酷な動物と思うのは人間の主観であり、決め付けるのは人間のエゴであろう。猫にとってウグイスもメジロもスズメもヒヨドリも野鳥という獲物に過ぎず、それらを殺すことに一抹の感傷も無ければ、観賞する意識も認識も無いのである。とかく人間中心の思考形態に陥りがちで、時に猫のとった行動の結末に対し憤りを覚えて叱りつける事があるのだが、猫にしてみれば何が原因で叱られたのか納得のいかない事であったに違いない。まして、その獲物がネズミならば褒められ、野鳥ならば叱られるとなれば、尚更合点がいかないのは当然の結果といえる。耳を後ろに寝かせて怯えたような表情で部屋の隅に逃げ込み、人間の方を睨む姿は当惑の情況を訴えているのだ。そして、人間が猫の食い散らかした獲物を片づけ、一通り叱るという行為に満足して気が治まると、一転して猫なで声で猫を呼ぶ。不条理窮まる人間のエゴの露呈である。
大風邪を引いて寝込んでしまった主人の枕元で、終日つきっきりで看病する姿に更なる愛しさを感じるのだが、看病と言ってもただ一緒にくっついて眠るだけのこと。
寝返りを打つ度に顔の方に回り込んで必ず鼻先に自分の顔を持ってくる。従って、こっちが目を開けると決まって遅れて薄目を開けて一声ささやくように「ニャン」と啼く。
うずうずと顔を近づけるとペロッとざらざらのラング・ド・シャが鼻の頭を舐めてくれる。エサのマグロの缶詰を食べた後などは、魚の臭いが鼻に付く。それでも猫に甘えて腹の毛皮に顔を埋めると優しく小さな前脚で抱えるように頭を抱いてくれるのである。人間の女ならばこうはいかない。「風邪がうつるからあっちへ行ってよ!」と突き放されるのがオチであろう。だからこそ猫の方が優しいのだ。
<その1.温泉は地獄の始まり>
思い起こせば正月松の内の房総半島の暴走から始まった。
一体誰が南房総に雪が降るなんて想像しただろう。現実は厳しい寒さ、それも南房総だからと高をくくった薄手の装備に起因する。いつもなら寒い時期だからとレザーパンツの下にズボン下やレッグウオーマーを着込んで着膨れ状態で走るのだが、「南は暖かい」という先入観にとらわれレザー1枚の装束で走ってしまったのだ。大いなる蹉跌、大いなる失態だった。
養老渓谷は雪景色に彩られ路面には薄氷が張っていた。おまけに圧雪路がアイスバーンとなって前途に立ちふさがっていた。
少しでもバイクをバンクさせると、其処にはスリップダウンという状況が痛みの感覚とともに脳裏を過ぎる。寒いはずなのに脇の下には汗が感じられる。文字通りの冷や汗タラタラでトコトコ走り抜けた。そして、見つけたのが「七里川温泉」の看板。思わず飛び込んで湯の温もりに身を委ね天国にいる気分を味わっていたのである。そこが地獄の入り口とは知らぬが仏であった。
木更津から館山道を北上し東関東道路から湾岸道路、横浜高速のベイブリッジ経由の第三京浜道路と、ひたすらあかべこは高速道路の疾風となって走り抜けたのだった。
その風はバイクにとっては疾風であり、ライダーにとっては風邪の始まりであった。
家に着くなり疲れ切っていたため、うがいも手洗いもせずに蒲団に潜り込んだ。そして夜中にふと目覚めると全身に悪寒が走ったのだ。やたらと咳き込み始め、喉の奥に痰が絡む。ぐずぐず鼻汁が出るのでティッシュでかむと、其処には褐色の固まりがこびりついていた。喉の痰を吐き出すと此また褐色の固形物が飛び出てくる。完璧な風邪の症状を認識するに至ってしまった。慌てて手を洗いうがいをしたが最早手遅れ。
流行の波のまっただ中に飛び込んでしまったのである。
<その2.病と猫との闘い>
巷に蔓延るインフルエンザの症状はいきなり高熱を発するとのこと。とすれば我が病状はさにあらず、微熱が継続しつつも咳、くしゃみ、鼻汁、痰と出物鳴り物が多く部屋中に騒がしく鳴り響くことしきり。
せっかく枕元で看病してくれている猫が、我がくしゃみ一発で飛んで逃げ出す始末。それもその筈、音のみならず痰や鼻汁が同時に飛び出し、下手すると猫の全身に降りかかるやも知れず、おちおち丸くなって安心して眠っていられやしないというのが猫の言い分であろう。しかし、しばらくして発作が治まり静かになると再び静かなるささやきの「ニャン」の一声とともに枕元で看病を始める。健気な猫で実に愛しいものだ。その愛しさに甘んじて寝ていると、明け方近く徐に猫の行動が落ち着かなくなる。トイレの時間らしい。だったら黙って行けばいいのに、必ず例のささやき声で「ニャン」と耳元に断ってから出て行く。せっかく深い眠りに落ちていたのに、その一声で呼び覚まされ一応「ハイ、行ってらっしゃい。」と送り出す病人であった。
だが、猫の不在はほんの数分で、ウトウトし始めた頃に「ニャン」とご帰宅なされる。それだけならまだしも、出した分だけ腹が減るようで、大人しく寝るのかと蒲団の端を持ち上げて中に誘うのだが、一向に入って来る気配が無い。辺りをうろうろして「ニャン、ニャン、ニャン、・・・・ニャン」と啼きながら、病人の顔に冷たい鼻先を押し付けたり、髪の毛をくわえて引っ張ったりするのだ。エサの要求である。仕方なく重い体を引き起こし、寒い蒲団の外の空気に辟易しながら、ぐずぐず鼻水をすすり上げながら、キコキコ缶詰を開ける哀しい病人の姿が其処にあった。
そして、再び温もりの残る蒲団の中に潜り込んでウトウトし始めると、前記の如く魚臭い息とともに枕元にやって来てペロペロ全身の身だしなみを始め、ついでに病人の鼻先をペロっとくるのだ。可愛いやら臭いやらで訳が分からなくなって、そのまま眠りに落ちてしまうのだった。当然、猫も同じように枕元で丸くなっていると思ったら大間違いで、長く伸びて大の字状態の侭枕を占領し、気が付けば病人が端の方で遠慮がちに眠っている。
<その3.鶯>
あまり芳しくない眠りから覚める。
天井を見上げると薄ぼやけた視界の中で時計回りに回転し始める。慌てて目を瞑り再びそっと目を開ける。天井の位置は元に戻ってはいるのだが、そのうちまた回転を始める。再び目を瞑りそっと開けるという動作をしばらく繰り返すうちに、次第に回転が収まってきた。その代わり胃の辺りが何となくモヤモヤし始め、ムカムカに変わって酸っぱいモノがこみ上げてくる。口を押さえながら起きあがろうともがくのだが、横たわった巨体を引き起こすのは至難の技である。まして病臥からの起立となると萎えた筋肉が悲鳴を上げる。
雑多な散乱物のある部屋の中の道無き道をフラフラと蹌踉めきながらトイレに辿り着く。朝だから口から逆流するものなど胃には無いはずだ。
空しく食道の蠕動運動を繰り返し、涙を流して水を流す。咳込みながら所々にくしゃみが合いの手を入れる。鳴り物が続いた後は、鼻から喉から出物が続く。桂米朝演じる「地獄八景亡者の戯れ」の人呑鬼じゃ有るまいし、これで大笑いすればそのままではないか。「フェーックション、フェーックション、カッカッカッカッカ、オエーッ、
アイタタタタ、フェーックション、フェーックション、カッカッカッカッカ、オエーッ、アイタタタ、フェーックション、・・・・・・・・・・・」
心配そうに見送る猫の視線を背に受けふらつく体で出勤する。
その日会社では一日中巨体の人呑鬼が派手な鳴り物と出し物を催していたのは言うまでもない。
自分の喧噪を余所に周りにもかなりの数の普通の人呑鬼がいたが、鳴り物の音量が体の大きさに比例するらしく大人しいものだった。
その夜、病に冒された巨体の人呑鬼が帰宅すると、愛猫が戸口まで迎えに出て来た。
ドアを開けて暗い部屋の中で電灯のスイッチを探していると、やたらと足許に甘えて纏わり付く猫の姿に厭な予感がした。電灯を点けて足許に目を遣れば、フロアマットがくしゃっと丸まっている。猫が嬉しそうにマットにじゃれつく。マットに手を伸ばすとその手にじゃれつく。いよいよもっておかしいと空いた片方の手でマットを広げた途端、・・・コロン!と鶯色の小鳥の頸が転がって出てきた。そして、脚だけがマットの端に引っかかり、鶯色の尾の羽根と羽毛が床に散らばった。鶯色の小鳥、即ちそれは紛うことなく鶯そのものの頸だった。春告げ鳥が無惨な姿で転がっている。
「鶯に春来たかと問ふ、まだ来ぬ」
とは正岡子規の詠った歌だが、その時の状況は、
「鶯に春来たかと問ふ、応えぬ」
といったところか。
腹の部分は猫の腹に収まってしまったらしい。
小鳥が可愛そうにと思って猫を叱りつけたが、獲物を捕って喰って何が悪いのという無邪気な目で見返されると怒れないものだ。
猫にとって、鶯であろうとスズメであろうと小鳥には変わりないのであって、猫の手の届くところに眠る小鳥こそ災難であった。木の枝で眠っているのだから容易に捕獲出来たことだろう。猫の無情を責めるのは人間のエゴなのだ。人間以外の動物、たとえそれが愛玩動物であっても、彼らの生命の営みの中では喰う喰われるの関係が成り立っている。否、人間以内の生命もその関係が成り立っているのかも知れない。
体内では白血球や抗体がバクテリアや微生物との闘いを演じている。それらの生存競争は人間という形骸の外と内で繰り広げられているのだ。尤も人間も社会という生活組織の中での生存競争を行ってはいるのだが・・・。
それにしても今回の風邪の菌はかなり手強い輩らしい。
我が体内の白血球や抗体をもってしても敵わず、雁首揃えて討ち死にを呈している。褐色の痰や鼻汁は彼らの死骸なのだろう。ティッシュの装束にくるまれてゴミ箱の中に累々と犇めいている。普段から雑多なモノが散乱している部屋の中に、病臥の巨体が横たわっている。体内の微生物に打ちひしがれた哀れな姿があった。そして、その哀れな病人が徐に枕元の雑誌を除けてみた時、其処に更に哀れなムカデとゲジゲジの干からびた死骸を見出した。
彼らでさえ生きることを許されない部屋なのか。それとも生命の葛藤が見られる貴重な部屋なのか。
<その4.病み上がり>
およそ一ヶ月に渡る闘病並びに闘猫生活の末、節分の頃に全快となった。
最終的には薬は役立たず、専らひたすら終日安静にして眠るのが一番の薬だったようだ。
途中治りかけの時に長野や山梨に出張し、帰ってきては大風邪をぶり返して病臥することを繰り返していたため長引いたと思える。
猫はというと、相変わらず寝てばかりいるようだ。
別に病気の様子でもなく、趣味で寝ているのだろう。寒い時期でもあり、人の体の温もりを求めてぴったりくっついて離れない。猫には人間の風邪はうつらないのか、毎日元気に走って迎えに来るし、晴れた日には外の草むらで遊んでくるらしく体中に「ひっつきむし」なる雑草の種をくっつけて帰ってくる。お陰で蒲団の中は草の種と干からびた泥とネズミの尻尾のようなモノで一杯だ。・・・・ネズミの尻尾?・・・・・ガバッと蒲団をめくる。其処
には、血塗れの小さなネズミの残骸が・・・・。
「こおらあー、べべーーーッ!! なあにすんじゃあーーーい!!」
「ニャン???」
続・闘猫記
平成14年師走
森くらうど<ベベパパ>
<再会?>
その猫との出会いは唐突にやってきた。
10月に台風で御蔵島から強制送還されて、船酔いからまだ醒めやらぬ夜のことだった。
外でかすかに「ニャン」と鳴き声が聞こえたので、何気なく窓を開けると、いきなり猫が飛び込んできた。
まだ、生まれて半年ほどの子猫だったが、入ってくるなり足元に擦り寄り、ゴロゴロ喉を鳴らしている。見たところ野良猫にしてはあまりにも人懐こく、毛並みも白い部分は真っ白で汚れていない。近所で飼われていたならば、この大きさになるまでに、どこかで見かけた筈なのだが、初めて見る猫だった。
頭から背中にかけて黒と茶のトラ模様があり、目元はアイマスクをしているようになって、口元から胸、腹、足先まで真っ白な毛で被われている。鼻先は黒く、鼻水を垂らしているのかテラテラと濡れていた。更に、尻尾は先代の猫と全く同じ形のポンポンのような短尾型で、大きな耳と大きな目はしっかりとした意志を宿しているかのようだ。
「あれれぇ、どちらさんですかぁ? 可愛い女の子ですねえ。」
「ニャン・・・ニャァン・・・」
鳴き声は先代の猫そっくりの可愛いソプラノで、囁くように啼いていた。そして、敷きっぱなしの布団の方に行くと、すっかりくつろいでコロンと寝転がると毛繕いを始めた。何だか勝手知ったる他人の家の如く我が物顔の振る舞いをしている。

人生50年、猫との付き合いは古く、生まれたときから猫が傍にいて、自分では刷り込み(インプリンティング)によって猫を母親のように思い込んでいる。だから、自分では猫を可愛がるのではなく、猫に可愛がってもらえるように甘えているといった方が妥当かもしれない。
一頻り毛繕いを済ませ、何か食べ物をねだるようにしたので、ミルクを少し温めてやった。キャットフードは先代の猫が死んだ後、処分してしまったので何も残っていない。
とにかく、その夜は御蔵島から帰ったばかりで疲れ切っていた。布団に入ろうとして上に座ると、さっさと膝に乗ってきて、先代の猫がやったのと同じ仕草を始めた。腕だろうが脚だろうが素肌を狙って吸い付いてくる。ちょうど子猫が母親のおっぱいを吸う仕草をするのだ。
ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ、もみもみもみもみ、ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ、もみもみもみもみと飽きることなく延々と吸い続けている。
お陰で吸われる肌が赤く内出血して唾液でベタベタになるし、もみもみする時に爪を立てるものだから、皮膚にぽつぽつ穴が開いて血が滲んでしまった。
水で洗ってアルコールで消毒し、もう堪能しただろうと布団に潜り込むと、例の囁きニャンで肩口からごそごそ入ってきた。足元の方まで進むと、むき出しの脛にむしゃぶりついてくる。何やら先代の猫と全く同じ癖と性格、尻尾の形まで同じなのだ。違うのは模様と年齢だけで、中身は同一と云ってもいいほどだ。本当に生まれ変わりなのかもしれない。

深夜、何か視線を感じて目を開けると、枕元にすっくと佇んで、じっと顔を見下ろしていた。その目には、何ともいえない親しみと愛しそうな感情が見て取れた。だから、そっと呼んでみた。
「べべちゃん? べべちゃんなの? 生まれ変わって会いに来てくれたの?」
しかし、彼女はゆっくり目を細めてグルグル喉を鳴らしながら、べったりと私の顔に柔らかい毛を押しつけるようにもたれ掛かってきた。柔らかい毛の中に鼻を埋めて匂いを嗅ぐと、懐かしい先代べべちゃんと同じ香りがした。
<新型べべちゃん>
翌日は、早速猫のトイレや缶詰などのキャットフードを買いに走り回ることになった。
普通、野良猫ならばどこかに出ていってしまうものだが、ずーっと傍を離れないのだ。トイレにも付いてくるし、外にゴミを出しに行くのにもちゃんと付いてきて、一緒に帰ってくる。前夜、初めて出会って、いきなり猫のストーカーの如き振る舞いなのだ。
買い物に行くからバイクに乗ると、付いてくるのは諦めるのだが、窓の外でじっと座って見送ってくれる。戻ったらいなくなっているかもしれないと思いつつ、ネコグッズをいっぱい買い込んで帰ったら、転がるように走って出迎えに来てくれた。
やはり先代べべちゃんの生まれ変わりで、「新型べべちゃん」であると確信した時だった。

思えば、先代猫の三周忌間近であり、母の一周忌直後でもあった。
生前の母の入院中に猫を京都に連れて帰ったことがある。その頃は体重が7キロあり、雌猫の標準体重の2倍であった。デブ猫はそれなりに可愛いし、実に健康体だった。
一時退院していた母に抱かれておとなしくしていたのだが、その後、横浜に戻ってから急に体調を壊してしまった。母がしていた軽い咳き込みと同じ症状でクスンクスンとやりだし、食事の量も減って痩せだしたのだ。母が入院して病状が進むのに追随するかのように、猫の体内にも癌が発生してしまった。どうも、母の病気の肩代わりを引き受けてしまったような感がある。
それから、1ヶ月以上何も食事を摂らなくなり、無理矢理飲ます栄養剤だけで保たせたのだが、最後は2.5キロまで痩せ細ってとうとういなくなってしまった。その1年後、母もまた1ヶ月以上何も食事を摂れなくなり、あの世に旅立った。そして、更に1年後の新型べべちゃんの登場である。何か因縁のようなものを感じてしまう。
バイクのフロントスクリーンに母と愛猫の写真を貼り付けているが、天国から母が寂しがっている私を見かねて、「ほら、べべちゃん、パパが寂しがってるから可愛い子猫に生まれ変わって行ってきんちゃ。」と、可愛い天使を送って寄こしたのだろう。そうとしか思えないほどの実に可愛い天使ぶりなのだ。
家に居るときは片時も傍を離れようとしないし、出かけるときは寂しげに見送ってくれる姿が実に愛おしい。

そして、帰ってドアを開けると奥から嬉しそうに「ニャニャニャニャ・・・」と小さく囁きながら走って出迎えに来てくれるのだ。以前の先代べべちゃんと同じ生活が、再び始まったようだ。
<そして闘い>
猫のしつけで一番重要なのはトイレである。
先代からの使い回しの猫トイレに、水に溶けるパルプ粒を敷き詰め、人間のトイレのすぐ横に置いた。お輿入れ2日目の夜中、トイレに起きて台所の電灯を点け、流しの中を見て驚愕した。
コロコロとした立派なウンチがシンクの底に横たわっていた。
まず、初めての家だし、どこで排泄したらよいのか分からないのは当然かと思い、トイレに流した後、鄭重に布団で眠る猫を抱きかかえ、諭すようにお願いした。
「あのね、この流しはトイレじゃないの。べべちゃんのトイレはこっちです。ウンチとオシッコは、この専用トイレでしてね。」
そっと、猫用トイレに下ろしたが、さっさと飛び出して布団の方に行ってしまった。
この時から、猫との「トイレの闘い」が始まった。
翌日、外出から帰って見ると、またもや流しの中にコロコロウンチが転がっていた。
今度は、少し厳しく叱ってやると、応えたのか神妙な顔つきで押入の奥に引っ込んでしまった。
次の日、同じ流しにオシッコをしていた。しかも、食器や鍋の隙間にしていたのだ。
今度ばかりはかなり厳しく叱りつけ、鼻面をにゅんにゅんにゅと押しつけてやると、必死でもがいて逃れようとしたが、熱湯で洗い流して消毒している様をまるで他人事のような表情で眺めていた。
更に次の日も、また次の日も、全く懲りようとしない猫は、同じ流しの中にウンチとオシッコをし続けたのだ。実に意志強固な猫である。
2週間ほど過ぎた頃、長期の旅行をするので、横浜に置いておけないから松本の馴染みの民宿に預けることにした。
車に乗せて走っていると、最初のうちは落ち着かなく車内をうろうろして、ダッシュボードの上に乗ろうとする。

目の前に立ちはだかれては運転出来ない。片手でハンドルを操り、別の手で猫の攻撃を防御する羽目になっ
てしまった。

1時間もするとようやく慣れてきたのか、おとなしくシートでうとうと眠るようになってきた。
何とか松本に着き、持ってきた猫トイレと一緒に一時預かりとなったが、果たしてちゃんとトイレでしてくれるのかどうか確証は全くない。
翌日、猫としばし別れの挨拶をして横浜に戻ったら、その夜電話がかかってきた。
「あの猫、流しにウンチまったでぇ、オシッコもまっとったみたいやでぇ、もう、かなわんわ。」
どこにいても、しっかりと自分の意志を貫き通しているようだ。
ちなみに、松本の方言で「まる」とは、古語の「くそまる」からきた言葉であるらしい。携帯便器の「おまる」の「まる」と同義語なのだ。

来る日も来る日も、頑固な性格のべべちゃんは、流しの中でウンチをし続ける。
猫と暮らすこと、それは猫のウンチとオシッコとの未来永劫の闘いなのかもしれない。
その「トイレ問題」以外の猫の存在は、実に心が和み、心が癒されるものだ。そう思うと、多少の代償は目を瞑るしかないのだろうか。楽しい反面、大いに悩まされる存在であり続ける。それが、我が家の猫なのだ。
こうしている間も、猫は日向で幸せそうな顔をして眠っている。
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