凸凹オーロラ珍道中

平成15年正月

by 古森 雲遊<ベベパパ>



<いざ北の国へ>

 かねてより憧れ、一度自分の目で見たいと願っていたものがあった。
写真や映画で見たことはあっても、それは小さな枠の中でのもの、やはり大空いっぱいに光り輝くオーロラは、実際に見みなければならない。そのためには、北極圏まで行く必要があった。
しかし、行こうと思っても仕事の都合や何かしら怪我をしたりで長年行かれずにいた。そして、絶対行ってやると心に決めて、早々にツアーの料金を払い込み、行かねばならぬとプレッシャーをかけ続けた結果、やはりプールで滑って転んで腰をしたたかに打ってしまった。それでも金を払ってしまったのだから行かねばと腰をプックリ腫らしたまま、機上の人となった。
後で分かったが、骨盤にひびが入っていたらしい。 何の、ひびくらいでへこたれるような体ではない。以前は、バイクで転倒して膝の靱帯を切り、剥離骨折したまま、タイに行ってアユタヤ寺院の急な階段を昇り降
りしたほどである。よほどのバカか鈍感なのであろう。

 旅行会社主催の「サンタクロースエクスプレスで行くラップランド、オーロラの旅」というお題目だが、総勢26人の老若男女が成田に集まった。
すでに酒を飲み続けてへべれけに酔っぱらっているおじさん一人をみんなでフォローしつつ、気温5度の成
田を飛び立った。
数人のツアー客はぶくぶくに着膨れていたが、現地に着いてから着ればいいものを、何も成田から着込んでいては、暑いに決まっている。
 かく言う自分は、ライダーブルゾンにライダーブーツ、現地用にとオーバーパンツをバッグに入れて、実に軽装だった。もともと海外旅行には最小限度の荷物しか持たない主義で、韓国や香港など近場の旅行には、ウエストポーチひとつ腰にぶら下げてブラブラ散歩するような格好で行っていた。その代わり、帰りには両手、背中にいっぱい背負って抱えて汗だくになってはいたが・・・。

 およそ10時間の空の旅のあと、ヘルシンキに降り立ったのは、またもや朝の10時。とはいえ、北欧の朝は暗い。時期的に白夜の反対だから、夜明けが10時30分頃ということで、まだ夜明け前だった。しかも、天気は雨。気温摂氏5度。なんと、飛び立った成田と同じだ。北欧だからさぞかし寒かろうと、防寒着を着込んで南極越冬隊員のような格好をしてきた人なんかは、うっすら汗ばんで頭から湯気を立てていた。
その日はヘルシンキに一泊するということで、午後はバスで市内観光に引き回された。

やたら教会ばかり見せられ、スオミ(フィンランドの原名で沼地の国という意味)の人々の信心深さを実感したのではあった。
夕方、と言っても深夜の如く真っ暗だが、フリータイムになったため、相棒のおじさんと市内をウロウロ歩き回ったが、正直疲れただけだった。
買い物しようにも物価は高く、食べようにもレストランが少なく、尤も、どれがレストランなのか看板の文字がやたら長くて意味不明だった。
そして、中の暗さ、この国の電力はロシアの原発からの供給だそうで、生活は結構質素のようだ。それに、レストランらしき店には人気がなく、どうにも入る気にならなくてデパートのレストランで軽く食べたら、これまた高く不味い。前もって情報を仕入れておかないと、どこに行っていいのかさっぱり分からない所だ。仕方なく映画でも観ようと映画館の前に立ったが、上映中のモニターを見るとスクリーンの四分の一ほどがフィンランド語の字幕で埋め尽くされ、アメリカ映画だったので諦めてしまった。以前マレーシアで映画を観たが、全く意味が分からないどころか、画面もまともに見えなかった。画面の半分がマレー語、中国語(北京語&広東語?)、ヒンドゥー語の字幕で占領されていていたのだ。
ともかくその夜は、早いのか遅いのか分からないままベッドに潜り込み、明くる日の午前中の動物園めぐりに心を馳せたのだった。

 そして、朝、いや、夜・・・暗いままの朝。スッキリしない頭を抱えて起き出し、波止場の動物園のある島までのフェリー乗り場で待っていたが、待てど暮らせど、切符売り場の窓は閉じたまま、ヘルシンキ湾の海面は氷に覆われたまま、気温氷点下5度の凍てついた広場で待ち続けた。
いくら鈍感でも、はてな?と思って、近くにいたフェリー乗り場のお兄ちゃんに英語で聞いたところ、この時期動物園行きの船は無いとのこと。だったらどっかに張り紙でもしておいてよと、文句を言うと、「アソコニハリガミアルノヨメナイカ?」と、ぶすっとした顔で兄ちゃんは答えた。・・・フィンランド語だと分からないもんね・・・やむなくタクシーで行くことにしたら、ものの5分、すぐ着いてしまった。
「ヘルシンキ動物園」はネコ族が多くいるので、ネコ大好きの私としては大満足の動物園だった。ユキヒョウやシベリアンタイガー、ボブキャット、ピューマ、もちろんライオンやヒョウもいたが、寒い国の動物園だけに炬
燵で丸くなりたかっただろう。他にもシマフクロウやギンギツネ、トナカイに本物のオオカミも見ることができた。

 そして、その日の午後、どう見ても夜、かの「サンタクロースエクスプレス」なる夜行列車に乗り込むのだが、これがどう見ても普通の列車。何の変哲も無い、何の表記もない寝台車で、ヘルシンキからずっと北上してガタゴト10時間の旅が始まる。
日本のローカル鉄道と違って、ワイドゲージの軌道と大きな車体ゆえ、ベッドもかなり大きめだった。
巨体の自分にはちょうどよかったのだが、相棒のおじさんにはすべてのものが大きすぎたようだ。
列車に乗り込む前に駅のトイレに入ったら、小便器の位置が高すぎて、小柄なおじさんは背伸びをしながらオシッコをしていた。後ろから見ているとつま先だった足がぷるぷる震えていた。
10時間の道程ゆえ、夜食を買い込んでいった。とても列車のビュッフェで食べる気にはなれない。港近くのマーケットに入ったものの、やはり品数は限られているようだ。野菜はほとんど根菜類中心で値段も高い。魚はというと、スモークサーモンのオンパレードだ。他にはニシンの酢漬けとマスタード和え、あとは何だか缶詰ばかりが積み上げてある。キャビアの缶詰があったが、夜食にはあまりにも高級過ぎる。結局、スモークサーモンのブラックペッパーまみれを1匹分買い込み、黒パンも手に入れて持ち込んだ。
市街地を抜けるまでは何とか街灯や家々の明かりが見えたが、郊外に出た途端、真っ暗闇のベールに閉ざ
されてしまった。鉄道沿線に人家が途切れることのないのは日本くらいのものだろう。
ともかく星も月も出ていない寒い国では、雪明かりだけなのだ。それも、列車の窓から漏れる明かりに照らされる範囲しか見ることはできない。時折機関車の汽笛がなるが、おそらく線路上に迷い込んだトナカイを追い払うためのものだろう。
夜中に目を覚まして窓の外を見やれば、ずーっと変わらぬ銀世界。
トイレに入って、便器の蓋を開けると、真下には枕木とレールが激しく流れていた。垂れ流しのトイレである。腰掛けるとあまりの冷たさにお尻が霜焼けになりそうだ。
部屋に戻って買い込んだサーモンを食べたが、あまりの油濃さに辟易して、半身は残してしまった。如何にシロクマでも、あの油とピリピリ胡椒では、一匹全部は食べられないだろう。結局、ロバニエミに着くまで、まんじりともせずに過ごしてしまった。

<いざ北極圏へ>

 ロバニエミ、北緯66度33分、北極圏の街、寒いぞーっと期待していたが、これまたあまり寒くない。
一応、氷点下ではあるのだが、日本より湿度が低いせいか、どうってことはない。乾いた氷は滑らないというコマーシャルにもあるとおり、路面はガチガチに凍っているにも関わらず、普通に歩けるのだ。で、北極圏の入口の街で、また一日過ごすことになった。
午前中は、バスに乗ってサンタクロースの住んでいるという村につれて行かれ、サンタのおじさんと記念写真を撮って、はい、8000円也・・・高い!
村の郵便局では、赤いサンタの衣装を着たおばさんたちが、世界中から送られてくるサンタクロース宛の手紙にせっせと返事を書いていた。そこは、ちょうど北極圏の境界線上にあり、広場の上には境界線を示す光るケーブルが渡してある。
他のメンバーが店内でお土産物を物色している間、あたりを散策してみた。少し離れた所には牧場があり、トナカイが放牧してあった。どうやらクリスマスにサンタの橇を引いて世界中を回り、疲れていたのだろう。かなりしょぼくれたトナカイたちだった。

しばらくトナカイにちょっかいを出していたら、何やら5,6人の若い男女が煙の立つ大きな円錐形のテントの中に入っていった。しかも、中で素っ裸になっているのが見える。
チャンス到来とばかりに雪の中をラッセルしてテントの方に向かおうとしたら、後から来た若い男がテントの前に立ちはだかって両手を顔の前でクロスさせ、「NO!!」と制止されてしまった。すごすごと立ち去ったが、あのテントの中で若い男女が団体で何をしていたのだろう。想像するだに・・・おぞましい、いや、羨ましい。

 午後からはフリータイムになったので、市内をあちこち歩き回った。
履いてきたライダーブーツでは歩きにくいからと、靴屋に入ってみて驚いた。巨大なブーツが店内に並び、40cmなどというサイズまである。ヒマラヤのイェティかビッグフットでも買いに来るのであろうか。30cmの自分の足が可愛く見えた。
履いてみたら異常にごつい。内側に毛皮が張ってあるらしく、氷点下50〜70度でも耐えられるようだ。そんなものを日本で履いたら水虫になりそうで、結局買わずに出てきてしまった。

 昼食は山のロッジのレストラン、夕食はホテルのレストランでとったが、いずこもバイキング形式だった。それもそのはず、北欧はバイキングの本場なのだ。なぜか当然の事に、いたく感銘してしまった。しかし、食事のメニューには些か閉口してしまう。肉類はビーフ、ポーク、チキンの三種類があるのだが、味付けが実に味気ない。
トナカイの肉は現地でも滅多に口にできない貴重品らしいが、コケモモのジャムを添えて食べるのには面食らった。やはり醤油ベースのソースで大根おろしを添えて食べたいものだ。更に、野菜はポテトとニンジンとオニオンなどの根菜類だけで、魚はスモークサーモンとニシンの酢漬けとマスタード和えのみ。サーモンは見ただけでトラウマになりそうだ。
翌朝、ホテルのゴミ箱にはスモークサーモンの半身が捨てられていた。


<いよいよ待ちに待った・・・>

 フィンランドに入って4日目で、ようやくオーロラの見えるユッラスという街にたどり着いた。
途中、バスの前をトナカイがトットコトットコ走っていて、なかなか横に逃げてくれない。ラップランドでもフィンランド国内には野生のトナカイはおらず、すべて家畜であるという。それぞれ耳の切り込みの形で持ち主が分かるようになっているのだ。
ロバニエミからユッラスまで数時間のバスの旅だが、道行く車の運転を見て、さすが世界の名ラリードライバーを輩出する国だと実感した。どの車もどんどんバスを追い越し、コーナーでは四輪ドリフト状態で曲がっていく。なんだかみんなサロネンやカンクネンのようなドライブテクニックを実生活の中で身につけているようだ。
バスのドライバーはどうかと、ちょっといたずら半分に聞いてみたら、一言「Terrible!(こわ〜い)」と答えた。

 バスを降りると、さすがに寒い。氷点下30度。これぞ北極圏。息が凍る。涙が凍る。眼鏡の埃を払おうとふっと吹いたら真っ白にレンズが凍りついてしまった。

ホテルの中は暑いくらいに暖房が効いている。部屋にはそれぞれにサウナが付いているが、浴槽はない。ゆったりと湯に浸かって疲れをほぐすという習慣はないようだ。シャワーだけだと、どうも風呂に入った気がしないのは日本人だけかもしれない。

 ユッラスに着いてからも、昼間はどのみちオーロラは見えないのだからと、いろいろ時間つぶしのプログラムが組まれていた。
オーロラ詣で初日の午後は、アイスフィッシングに出かけた。日本人の現地ガイドが付いて、何かと面倒を見てくれるのだ。
それぞれ小さな釣り竿とバケツと杓を持って凍てついたアカスロンポロ湖の真っ白な氷原に散らばっていく。手回しのドリルで氷に直径15cmほどの穴を開けるのだが、みんな初めての体験ゆえ、きゃっきゃとはしゃいで遊んでいるためか、なかなか穴が開かないでいた。それでも何とか穴が開くと、水面に浮いた氷の欠片を杓ですくいとり、小さな竿の小さなリールをくるくる回して、小さな釣り針にエサを付けて糸を垂らしていった。

おそらくワカサギのような魚が釣れるのかと期待して、ビュービュー冷たい風の吹く中、辛抱強く待ち続けた。30分ほど経っても誰の竿にも魚信はこない。女の子なんかは飽きてしまって、釣りそっちのけで雪の中を転げ回って遊びだしてしまった。ついには巨漢の中年オヤジも釣り竿を放り出して、女の子を雪の中に投
げ飛ばしたり、自分で頭から突っ込んでいったりで、子供のように遊ぶ始末。とうとう現地ガイドが、「もう釣りはやめましょうね。中で暖まりましょう。」と、パオのようなテントの中に全員引き上げてしまった。
トナカイの毛皮にくるまって熱いコーヒーを飲みながら歓談する方が楽しいかもしれない。少し疑問に思って訊ねてみた。
「ねえ、今まで釣りに来て魚を釣った人いるの?」
「さあ、もう3年ぐらい案内してきてるけど、魚釣った人なんて見たことない。」
「なんだ、だったら最初から釣れないの分かってるんじゃん。」
「まあ、雰囲気だけでも楽しんでもらえたらいいかと思ってね。」
「じゃ、エサも針もなしで、糸だけ垂らしていればいいやね。」
「はあ、今度からそうする。」
そもそも魚なんていないのかもしれない・・・。

 その夜は、吹雪いていてオーロラの出る状況ではなかった。オーロラの出る条件は、無風快晴で氷点下15度以下ということらしい。

 次の日の時間つぶしメニューは、犬ぞりとトナカイ橇の体験ツアーだった。
午前中はマイクロバスで別の湖の畔に連れて行かれた。そこには犬舎があり、多くのハスキー犬が集まっていた。雪原で見るハスキー犬は実に逞しく美しく見えた。元々はシベリアオオカミや北極オオカミなどを品種改良し労働犬として作られた犬らしい。本来、群を作って野山を駆け回り狩りをしていたオオカミの血が、群でソリを引くという形に本能をし向けられたようだ。
日本でも一時期ハスキー犬のブームがあったが、バカで飼いづらいと敬遠されてしまい、ほとんど姿を見なくなった。だが、極寒の地でソリを引くように作られた労働犬を日本の家屋で愛玩用に飼われては、本能を奪われた犬の方が可哀想である。バカなのは人間の方ではあるまいか。

 ソリは5頭立てで二人ずつ乗り、御者のおじさんが乗ってくると相当重いのだろう。
軽やかに滑るどころか、ずりずりずりずりと重々しく引きずられていくような感じだった。
「ごめんね、ワンちゃんたち、おじさんたち重すぎるよね。」と、いたわりの声をかけたが、日本語は通じなかったみたい。

 昼にはロッジの中に案内されて、トナカイの肉とジャガイモのスープにパンという簡単なランチだったが、そんなシンプルな料理の方が実に旨い。キャンプで作る簡単手料理が旨いのと同様に、普段現地の人が食べている家庭料理が一番のご馳走なのかもしれない。

 昼からはトナカイ橇の体験ツアーだった。今度は自分で手綱を持ってトナカイを御すのだ。ところが、現地ガイド曰く、
「トナカイは性格悪いから言うこと聞きませんよ。ま、手綱は持っていても、何の役にも立たないかもね。」
「じゃ、どうすればいいの?」
「みんなトナカイに任せておけばいいんです。勝手に行きたいコースを自分のペースで走りますから。」
とまあ、言われた通り、一本の手綱を握ったまま、じっとしていると、トナカイはちょっと振り返り、「ふんっ!」と鼻でせせら笑うかのように一瞥すると、トットコトットコ、マイペースで走り、いや、歩き出した。試しに手綱でピシピシやってみたが、全くペースは変わらず、横を向いて「ふんっ!」と一喝されてしまった。サンタクロー
スもこんなわがままなトナカイに橇を引かせて大変だろう。だから「サンタ苦労す」なんだ、と駄洒落を連発していたら、いきなりトナカイがダッシュし始め、柵に向かって突進していった。既(すんで)の所で、トナカイは体をかわしたが、後ろの橇は勢いあまって柵に突っ込んでしまった。両足上げてひっくり返った人間を見て、またもやトナカイは「ふんっ!」とせせら笑いを浮かべていた。本当に性格の悪いヤツである。洒落の通じないヤツだ、いや、駄洒落が通じて頭に来たのかもしれない。

 そして、その夜、氷点下30度、無風快晴だったので、真っ白な氷原広がるアカスロンポロ湖の上で3時間待ち続けたが、結局オーロラは姿を現さなかった。

 最終日となった。午前中から暇つぶしツアーでスノーモービルでのクロスカントリーに出かけた。
各車両に二人ずつ乗り、インストラクターの先導で雪原や森の中を走るのである。なかなか爽快で楽しいツーリングだ。ただ、スピードが遅いので、時折、前との距離を長くとり、思い切りダッシュして軽くジャンプなどやったのだが、タンデムのおじさんはぴょんぴょん後ろで飛び跳ねて結構辛かったみたいだ。他のメンバー
にもカーブで放り出されて、スッポリと雪の中に埋もれてしまった者もいた。コースは安全な所を通っていたから、多少のアクシデントも楽しい思い出になったようだ。

 夜になって、夕食後、ホテルのフロントにいるキルシーという名の女性といろいろ話していた。お互い座っていたので分からなかったのだが、じゃ、部屋に戻りますかと立ち上がった時、彼女が186cmの自分と同じ目の高さだった。北欧の女性はデカイと、改めて認識してしまった。

 息も凍る気温の外に出るのも辛く、半分あきらめの境地で、サウナにウダウダ入っていた。すると、誰かが「おーい、出そうだぞーっ!」と、屋外で叫んだのだ。
慌てて防寒具を着込み、カメラを三脚にセットして肩にかつぐと、エッサホイサと飛び出した。
午後9時。氷点下30度。遥か夜空を眺むれば、そこには口では言えぬほどの美しき妖しきあらまほしき雅なる蒼き光の饗宴がうち広げられていた。
実に素晴らしい、あらゆる形容詞を並べ立てても言い表しきれない美しさで夜空を彩っていた。

最初は、すーっと一直線に地平線から天空に向かってぼんやりした青い光が走り、それから青緑と赤紫の光の帯が音もなく横にふわ〜っと流れてゆく。更に、漆黒のキャンバスのあちこちで青い光が乱舞し始めると、全体にカーテンのような青白い光のひだが風に揺らめくように広がっていく。かと思うと、沸き出る泉の如く緑の光がもやもやとうごめき次第に大きさを増してゆく。地平線から天空までの夜空すべてをキャンバスのステージにして、青、青緑、赤紫、緑、藍、紺、橙の光たちが沈黙のセレナーデを奏でているのだ。
ぼーっとオーロラを見ながらも、手はせかせかとカメラのシャッターレリーズを押しつつ、「いち、にい、さん、し、・・」とシャッターの開放時間を数えていた。

途中でフィルムを入れ替えようにも、カメラの金属部分に触れると指がくっついてしまうし、マイナス30度では、バッテリーもすぐに弱ってしまう。だから、使い捨てカイロをカメラにベタベタ張り付けていたから、 容易にはフィルム交換はできない。結局、15分ほどで光のページェントは終演を迎えてしまった。

 オーロラを見て喜ぶのは、日本人とアメリカ人だけで、現地やヨーロッパの人は、オーロラを不吉なものと思っているらしい。それでも、日本人だから美しいものは美しいと捉え、感動収まらぬまま部屋に戻ると、網膜に焼き付けたオーロラの映像を忘れぬように、夢に見るようにとベッドに潜り込んだ。

 そして、朝、・・・どんな色してたっけ??

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