いつもすぐ近くは通っているのだが、このビャクシンには実に19年ぶりの訪問であった。しばらくぶりの再会だったが、当時の記憶が残念ながら、もう定かではなかった。
当時は何も分からないまま、「たいしたことない木だな」などと感じてすぐに去っていたような気がする。ところが、それから19年後、考えはまったく違う人間となっていたのである。
ビャクシンの古木としては痛みが少ないといえるであろうか。上に伸びようとするものから、地に這おうとするものまで様々である。
これだけの古木が社寺の境内に残っているのは、おそらく鎌倉の建長寺くらいなものであろうか。
今回の訪問は、初期の頃の木の見方が甘かったのを痛感させられた訪問であった。