天然記念物 樟の森

当、大樟樹は大昔より存するものにして樹令凡そ千歳余
日本三大樹の一つ。
樹幹の周囲(約 十m)
樹の高さ(約二十一m)
樹枝の最長(約二十七m)

大正十一年十月十二日 史跡名勝天然記念物に指定される。
この森に大内義隆公の愛馬を祀りしより霊馬の森という。
文治年間源平合戦のころ、生月(いけずき)、 駿墨(するすみ)の二名馬により宇治川の先陣争いは史上有名になり、その名馬駿墨は長門国豊浦郡室津御崎山の牧場より出たと言われる。其後数百年を経たる天文十二年の春又御崎山の 牧場より雲雀毛の名馬は出生後日も浅く母馬死亡す。飢と乳の恋しさに牧場をかけめぐれども母馬の姿無く波打ち際に立ちて恋しくいななけば、その時遙か海の彼方の蓋井島にこだまして聞こゆるに 母馬彼処にありと思いけん怱ち海中に飛び入り死力を尽くして泳ぎ渡り島中かけめぐれども母馬の姿見えず、また悲しくいななけば其の声岬山に響くを聞き又海中に飛び入りて泳ぎ帰る。 斯して風雨も激雨も物かわ二浬の海を押し渡り泳ぎ帰るに日を経るに従いついに自得したる水泳の術素晴しく見る里人も驚嘆したりと。
斯くの如く海を渡り岩山をかけめぐるに蹄はくろがねの如く体格又大にて名馬出ずとの声四方に高まりぬ。此の事、山口居城防長二州の領主大内義隆公の聞くところとなり家臣の地方郷士に生虜を命ぜられたり、 於玄青山の城主黒井判官為長い石堂山の城主豊川左近安延、茶臼山の城主永富下総貞恒、芦山の城主金田三郎乗貞毫錆釣山の城主石川左衛尉政近等力を尽していけどらんとせしが荒馬にて手に負えず、 此の時金田三郎乗貞大力勇将にして生捕る事を得て義隆公に献す。其の功によりて黄金十枚と新地三百石を賜りぬ。後日調練せられたる此の名馬は常に義隆公の乗馬として愛されたり。
然る処天文二十年義隆公は家臣の陶晴賢に背叛せられ山口落城。陶の軍勢に急迫せられて各地に転戦す。八ヶ浜に陣取りし黒井判官為長も敗戦して青山落城残兵退きて川棚ヶ原にて戦い又敗れ芦山の麓にて 討死せり。
義隆公の乗馬も此の時深疵を受けて斃れる。義隆公哀惜の情けに堪えずされば金森左近近等の武将によりてその頃うっ蒼たる大樹たりし樟の木の下に運びて此の名馬を埋めたり。
義隆公は暫らく川棚小野岩谷ヶ浴八丈岩に隠棲せられた事跡あり。後年地方の里人より名馬の霊を弔う為毎年三月二十八日慰霊祭を行う。  

豊浦町

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川棚のクスの森





 

川棚のクスの森
指 定 国指定天然記念物
指定年月日 大正11年10月11日 
所在地 山口県豊浦郡豊浦町川棚
幹 周 10.2m                ※1
樹 高 21m
樹 齢 300年以上
解説板 あり                 詳細
樹勢等 良好
特記事項    
幹周(実測) 11.47m
樹高(実測) 24.5m
お勧め度 ★★★★★ 
到達難易度   下車後徒歩10分
撮影日 2002年4月10日

山口県の名湯川棚温泉。その川棚温泉から車で数分のところ、ちょうど温泉の裏山といったところに位置しているクスの巨樹。
幹周は国指定のものとしては突出して大きい方ではないが、このクスの特徴はなんといっても枝張りの雄大さであろう。
幹を太らせる養分のほとんどを枝に振り分けてしまったかのような姿は、一見に値するものであろう。
左右に張りだした枝が垂れ下がり地面に接し、そこから再び幹として成長している枝もあるほどだ。
この広大な樹冠を持つクスは、他には熊本の「寂心さんのクス」くらいであろうか。
日本三大樹と呼ばれるらしいが、他の二本は不明である。

※1 環境省資料による

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