縄文杉が再発見される以前は屋久島最大とされたスギであり、その名も大王杉と命名されていたことからも、かつては屋久島を代表するスギであったことをうかがい知ることができる。
現在は登山道が整備されすぎたため、スギの南西側を登る道一本となってしまっているが、かつては大王杉のすぐ脇を通る登山道も存在した。
その道からはスギの背後に残された試し切りの痕跡、空洞内の様子なども伺うこともできた。
この空洞内で登山者による火災が起きたため、その後は前述の登山道一本にまとめられてしまったようである。
個人的には縄文杉よりも大王杉の邦画風格があるように感じる。
全容をなかなか見渡せないため、少々不利な立地条件にも見える。
屋久島全体に言えることであるが、当然ながら環境省調査報告値と現地屋久島営林署での幹周の表記はシンクロしていない。
あれだけレンジャーがいるのだが、突っ込まれた際にはどのような解説をしているのだろうか?・・・って、突っ込みそうなのは私くらいであろうが。