猪狩の大樅

この樅を中心とする一円の地を猪狩と名付ける。昔、日本武尊がこの地をお通りの折り、猪が出没して尊等の行手をさえぎったので、 一日、猪狩をされたという伝説に基づく地名である。
さて、尊の猪狩は、え物が極めて多く、これらを一まとめにして 土中に埋めさせられた。その上に当時、当地では希に見る樅の苗木を一本植えられた。
樹は亭々と伸びた。そして、その時から吾野川の流域に樅の良材を産するに至ったと伝えられる。
この樅は、その後植え継がれたものと見られ、樹令約五百年、樹の長さ(周囲)目通り五.五メートル。根元で七.六メートル。 高さは三一メートルである。根元からはい上がるつる植物は蔓まさきと冬蔦である。
我野神社氏子中これを立て民族の伝承を長く後世に伝えることを忘れない。

昭和五十四年十一月二十二日
我野神社氏子中
小粥信康 謹書

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猪狩の大樅



猪狩の大樅

指 定 埼玉県指定天然記念物 → 解除 
指定年月日  
所在地 埼玉県飯能市坂石、神明神社
解説板 かつてはあった  詳細を見る
樹勢等 枯死
特記事項    
お勧め度 ☆☆☆☆☆
到達難易度 ★  下車後すぐ
撮影日 1997年3月2日
 環境省値  解説板値 実測値
幹  周   5.50m   5.50m   4.89m
樹  高     31m     31m     15m
樹  齢   伝承500年   約500年    
実測詳細 地上1.3m部分を計測 

初めて訪問したのが1989年であったが、木全体をツルマサキやフユヅタがすっぽりと覆ってしまっており、その間から数本の枝が横に出ている状態であった。
根元を国道299号線が通り、振動と排気ガス、ツタと三重苦に苦しめられていた。97年に訪問した際が写真のもので、ツタは取り除かれたが時すでに遅し、もうモミの生命力は尽きる寸前であった。2005年に訪問の際は、ついにその姿はなく、石碑がその存在を知らせているだけであった。
モミとしては全国的に見ても、かなり大きなものであったが、残念ながら枯死してしまった。
現在は切り株跡に若いモミが植えられており、二代目として成長を続けている。かつての雄志が再現されるまで、300年以上待たなければならない。



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