群馬県指定天然記念物
雲昌寺の大ケヤキ

指定 昭和三十二年九月十日

雲昌寺の境内南側にあるこのケヤキは、古文書によると、弘化四年(一八四七)二月二九日南風非常に強い日、昼頃南方より出火、集落五十三・四軒を焼き払い、さらに寺を超えて飛び火し、 東北方の入沢集落十一軒を焼いた。この大火で寺が無事残ったのは不思議という他はなく、大ケヤキが身を挺して伽藍を守ったことは事実であろう。樹の南面根元は焼けて今も大きな空洞となっている。
雲昌寺は慶長の頃、現在地にほど近い西原にあったが、寛文二年(一六六二)に中興五世覚心甫大和尚の時、伽藍の整備がなされた。そのときすでに四百年もの樹齢の大木があった。これが現在の大ケヤキである。

目通り 8・4メートル  根廻り 二〇・六メートル
根張り 東西二三・六メートル  南北 一八メートル
樹高目測 一八メートル
樹齢はおよそ七百年と推定されている。

平成十年三月三十日


群馬県教育委員会
昭和村教育委員会

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雲昌寺の大ケヤキ



 

雲昌寺の大ケヤキ
指 定 群馬県指定天然記念物
指定年月日 1957年9月10日 
所在地 群馬県利根郡昭和村川額
解説板 あり   詳細を見る
樹勢等 良好
特記事項 火災の痕跡が残る  
お勧め度 ★★☆☆☆
到達難易度 ☆☆☆☆  下車後すぐ
撮影日 2008年8月13日
 環境省値  解説板値   実測値
幹  周   8.50m   8.40m  11.06m
樹  高     18m     18m     14m
樹  齢  伝承700年    700年   
実測詳細 地上1.3m地点を計測 

赤城山西麓の裾野を縫うように走る旧道沿いの川額集落に曹洞宗雲昌寺がある。境内の東側、建物に挟まれ道路に面するように立っているのが雲昌寺の大ケヤキである。
写真のように、根の大きさからは想像できないこぢんまりとまとまってしまった感のあるケヤキである。
これには解説板にあるとおり、火災で幹が焼けてしまったからに他ならないであろう。
現在も空洞内には焼けこげた痕跡が明瞭に残り、身を挺して寺を守ったことを知ることができる。
すぐそばに建物や車庫が迫り、かなり窮屈な印象は否めないが、根張りの雄大さは相当なもので、もし火災に遭わずに残っていたなら、さぞかし雄大な樹形だっただろうと想像される。
クスノキなどと同じく、根の肥大した部分を計測せざるを得なく実測値は11mを超えるものとなり驚いたが、じっくりと検証してみると10mクラスのケヤキであることに疑いはないようだ。
余りにも立地の場所が悪く、これが大きさをスポイルしている原因であろう。
現在は火災の影響もなく盛んに葉を茂らせている。
火災で成長が阻害された分を取り戻そうとしているかのような元気の良さを見せており、まったく申し分ない樹勢の様子。

いつもケヤキを見せていただくのに寺の方にひと声かけると、「どうぞどうぞ」と、優しく導いていただける。お寺の方の心遣いがいつも嬉しく感じる。
境内に西側はちょっとした展望所となっており、時間を忘れてのんびりとするのも良いだろう。


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