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Tuki-yo
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実家の庭の真ん中に、一本の黒松が植えてある。
今は荒れ放題の庭になっているのですが、農業のかたわら庭師でもあった祖父が健在だった頃は、とてもよく手入れされた庭でした。 雨の日に限って庭木の剪定をしてみたり、雪が今年は早そうだ…とさっさと雪囲いをした年は暖冬だったりと、天候をよむ能力がなかったのか ちょっとへそ曲がりな祖父の性格だったのかはもう定かではないけれど、祖父が組み上げる雪囲いはちょっとした芸術品のように美かったように記憶している。 まだ私が小学校に上がるが上がらないかの頃だっただろうか、ある日母に「何か絵描いて!」と らくがき帳を差し出すと、母が「じいちゃん絵書くのじょんだんだじぇ。(上手なんだよ) この間だ広告の裏さ松の樹かいっだっけも。(描いていたもの。) かいでもらてみろ〜。(描いてもらったら?)」 母に遊んでもらいたかったのに… と内心思いつつ祖父に絵を描いてと行ってみると、やはり広告チラシの裏を使い庭の松を眺めながら 「まづのき(松の樹)」、「チャボドリ(ニワトリ)」 とぼそっと言葉を発し描いてくれた。 今思うと広告チラシの裏に描いたというのも、松を描いたというのもとても祖父らしいと思える事であるけれど、かわいらしい花や小鳥の絵を描いてくれるだろうと想像していた当時の私には鉛筆でぐにゃぐにゃっと描かれたなんとも地味な松の絵は、なんの面白みも魅力もないつまらない絵に映ったものでした。 (子供がよく花といえばチューリップやひまわりを描くように、祖父にとって松は一番身近な樹木だったのでしょうか?) 紅葉するわけでもなく、綺麗な花を咲かせるわけでもなく、むしろなんだか古臭く時代を感じるような ”松” は、明治の生まれで 「 すまづして暮らさんなねなだ。(つつましく暮らせ)」 が口癖で直角に近いほど腰が曲がり、背中に松葉や杉葉を沢山付けて帰ってきた時は庭仕事、どろだらけの手で帰ってきた時は野良仕事と 自分の ”今日”をいつも背中に付け、TVのリモコンやプッシュホン電話、自動販売機など新しいモノは全く使えず どんどん時代に取り残されている様であった無骨な祖父の生き様にかぶる気がしている。
庭の中央に佇む松・・・ 松くい虫にやられ瀕死の状態だったりと松受難の昨今、さほど手入れもしてもらえずにいるのに中々の元気さで寡黙に立っている松。 この松は紛れもなく 90歳、大往生で逝った貴方の松だと思っている。 −−−−−−−−−−− 私は実は、祖父に可愛がってもらったという記憶はほとんどない。 むしろ軽く虐待されていた感さえある。 でも今、樹と云われ祖父を書いてみたいと思った。 今なら書ける様な気がしたのです。 祖父への追悼であると同時に、私自身への鎮魂の意味も含めて… <バトンリレーの行方> |
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