「原点」 − 万福寺のビャクシン −


山東智紀

 

私の巨樹巡りの始まりは、思い返せばはや6年も前のことになる。そもそも「大きな樹」を「巨樹」として鮮明に認識するようになったのは、画家の故 小川祐吾さんとの出会いによるところが大きい。

 高校時代までを和歌山で過ごし、縁あって九州熊本の雄大な阿蘇山のカルデラの中にキャンパスを持つ九州東海大学に通うことになった。もともと植物に関心が深かった私は、阿蘇という豊かな大自然の中で大きく翼を広げ、羽ばたきまわっていた。

 そんな折、所属していた研究室の戸田義宏教授と県下の樹木医さんたちが中心となり「くまもと巨樹の会」が発足、その記念行事として小川さんのペン画展が開催された。当時その研究室の学生だった私は、手伝いを兼ねて会場に足を運び、そしてそこで繊細なタッチでありながら存在感のある巨樹の絵にすっかり魅了されてしまうことになる。開催最終日、小川さんと出会うことができ、そもそもなぜこのような絵を描くようになったのか、そのきっかけを尋ねた。すると、返ってきた答えは、なんと僕の郷里である和歌山市にある1本の樹との出会いが始まりだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その年の正月、私の足はおのずとその樹に向かっていた。その樹は、「万福寺のビャクシン」と呼ばれ、和歌山市東松江の密集した住宅地一角のお寺の境内に枝を広げていた。樹高こそ決して高くはないが、2mぐらいのところで5つの大枝に分かれ、うねりながら伸びるその姿は、まるで空をつかもうとする手のようにも見える。しばらくその場に立ち尽くし、その樹が持つ迫力と生命力に圧倒されてしまった。小川さんが絵を描くきっかけになった樹が、私にとっても「大きな樹」を「巨樹」として鮮明に認識させる原点の樹になったのである。

 その後、小川さんとふみのやり取りを重ねていくうちに、私の巨樹への関心はますます深まっていったが、ある年、小川さんは病に倒れ、帰らぬ人となってしまわれた。

それ以来、故郷に帰省しこの樹に会うたびに、私に巨樹の存在を気付かせてくれた小川祐吾さんのことを思い出さずにはいられない。

 

(2002年6月19日の夜、研究室でひとり・・・)

 

 


<次回の指名>

高橋弘さん:みなさんご存知のとおり、当HPの製作者で、全国をまたにかけ巨樹の撮影&測定を精力的に行なっている巨樹探訪の先駆者的存在です。
昨年末には12年間の結晶として、HPと同タイトルの「日本の巨樹・巨木」を出版されました。掲載されている写真はもちろんのこと、文章からも高橋さんの巨樹への熱い思いが伝わってきます。その出版記念には各地からファンが集い、巨樹好きのネットワークができましたが、高橋さんはその中枢になくてはならない存在です。

 
 

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