熊宿のトチノキ           樋口智昭


東京にツキノワグマが生息している。という事実を、どれだけの方々がご存じであろうか。もちろん、動物園にではなく野生のクマがである。
  東京都で現在確認されている一番大きなトチノキは、奥多摩町日原の山中にある。 幹周5.92m、その名もズバリ「熊宿のトチノキ」という。この巨樹は主幹を失い、幹の内部は洞になっている。健全な木とはとても言い難いが、それでいてこのトチノキ、なかなかユニークな個性を発揮してる。


この巨樹がなぜ「熊宿」なのか?
まず、この木の洞がクマの冬眠に十分なスペースがあること、そして何者かが古い樹皮を剥ぎながら、昇り降りした形跡があること、それとこの一帯に、クマの行動した痕跡が多く見られることなどである。ただし、本当に「熊宿」かどうかは確認されていない。またする必要もないと思うのだ。


 私の故郷九州は、都会に比べて自然の宝庫のように思われているが、野生のツキノワグマは、もうとっくに絶滅してしまっている。ところが、都心からわずか90kmほどしか離れていない山中にツキノワグマが闊歩し、秋にはブナやミズナラの巨木によじ登り、その実をたらふく食べて肥え太りながら、冬になるとトチノキの巨樹の中で静かに眠りにつく。九州では昔話になってしまった森の営みが、ここでは今だに存在するのだ。「熊宿のトチノキ」は、そんなロマンを秘めた森の象徴なのである。

ところでこの巨樹は、NHKの長寿番組「小さな旅」で、画家の平岡忠夫先生の絵のモデルとなって紹介された経歴を持っている。が、実は地元の人にもその存在はほとんど知られていない。けれど、「森のクマさん」達にとってはそれこそが何より幸せな環境に違いないのだろう。



樋口さんは管理人高橋の友人で、奥多摩方面、特に日原の山に入るときには絶大な信用をおける森林ガイドの方です。
日原の森のことでは間違いなく日本一の方で、霧の中、ホワイトアウトになっても安心して導いてくれる心強い山の味方です。
森林インストラクターやエコツアーなどで偉ぶっている方々が数多く見受けられるようになってしまいましたが、彼に案内していただくと、インストラクターなんぞくそくらえっ!なんて思ってしまう、それほどの方なのです。