小影山のブナ(旧日本一のブナ)

高橋 弘


 

それは今から遡ること9年前の春のこと。画家の平岡氏率いる巨樹の会も、まだ5人ほどの少人数で活動していた頃の事である。
その平岡氏が秋田県のとある町を訪問した時だった。投宿先の宿で、ブナの巨木があるとの情報を偶然得たのだ。おりしもブナの人気が上昇カーブを描き始めた頃でもあった。

 平岡氏は東京に戻ると巨樹の会メンバーを招集し、調査団を組んで一路秋田を目指した。もちろん私も巨樹の会の一員として、喜び勇んで参加したのはいうまでもない。
一行4名は7月20日に秋田入りをし、早速調査の準備に取りかかる。案内は地元のガイド、ブナの存在を偶然平岡氏に伝えた佐藤さんだ。

 初日はブナ林周辺の植生調査も行うため、山中でテントを張る予定だ。そのため佐藤さんは背中に満載の荷物を背負っているが、足取りも軽くひょいひょいと駆け上がっていく。さすがマタギの血を引く山男だと、その健脚ぶりには感心する。
山に入ると本来6月初旬に鳴くはずのエゾハルゼミが大合唱していた。佐藤さん曰く、「今年はとんでもね年だなや、田圃はまんず全滅かもしんね。アブラゼミも出はってるようだけど、寒くて泣けねーんだな」などとぼやきながら先導してくれる。
この年は覚えている方も多いと思われるが、例年にない冷夏で真夏にも関わらず肌寒い毎日が続く異常な夏だった。結局梅雨明け宣言は出されぬまま秋になり、米が買えなくてタイ米で大騒ぎになった、あの年だ。

 そんな佐藤さんに急かされるように、約1時間に及ぶ急斜面の直登をクリアし、喘ぎながら山頂に着く。乳酸の蓄積した身体に鞭打つかのように、休憩もとらずお目当ての日本一というブナに案内してもらう。全く道らしい道がないが、まるで樹の一本一本の場所を覚えているかのように、背丈ほどもあるブッシュをかき分け、道を拓きつつ誘導してくれる。10分ほどの藪こぎを強いられた後、目指すブナの巨木が突如目の前に現れた。「おお、これだ? えっ、こ、これが、ブナ・・・・?」
せいぜい幹周4〜5m程度を予想していた我々には、あまりにも信じがたい物体が目の前に存在していた。

「これはすごい!」平岡氏はそう言うと調査を中断し、絵を描く準備にはいる。私も同行の新聞社のカメラマンとともにシャッターを切り続けるのに夢中だ。
同行カメラマンは、ひとしきり撮影を終え時計を見やると、転げるように山を下りていくのだった。聞くと、東京に電送すれば夕刊に間に合うというのだ。

 その晩は、余りもの興奮と達成感で寝付かれなかった。テントをそっと出て下界を覗くと、角館の夜景がこの世のものとは思えないほどの素晴らしさで迫ってくる。気が付くと隣にはいつの間にか佐藤さんが立っている。やはり、同じように興奮で寝付くことができないのだ。
「どうだ、秋田は良いとこだべ?」そして上を見上げ、「東京じゃこんな星見えねもんなぁ〜」真の闇夜で顔は見えなかったが、お互い大仕事を成し遂げたものにだけが味わえる、充実した笑顔であったろうに違いない。

 翌日調査を無事終えて山を下りる我々に、町の方々が新聞を手に「おめでとう」と声を掛けてくれながら出迎えてくれた。見ると、その一面には大きく「日本一のブナ発見」との文字が踊っているのだった。

 <2002年6月20日早朝 日の出と同時に書き終わる。 あぁ、9年前に戻りたい>


<次回の指名>

ベベパパさん : 当ホームページでもおなじみ、「あかべこ日記」の作者。
180cmを越える巨体に94kgの体重。足にいたっては30cmと日本人離れした体格の持ち主だが、その感性は繊細かつユーモアにあふれる独自のもの。
最近はもっぱらご自慢のBMWに跨り、全国各地の名所、巨樹を訪ね歩く毎日を送っておられ、文筆活動に力を入れているご様子。

 
 

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