南野珠子花詩集・序


私は、小さな頃から、少々個性的で、友達のできにくい子供でした。
ずいぶんと昔から、孤独が良い友達でした。ものを言うのが下手で、よく誤解をされました。まるで、アマノジャクが間を仲介しているかのように、私が言った言葉が、相手の心の中に入ると、全く違う意味になったりしました。要するに不器用だったんですね。友達が欲しくて、やたらと愛想を振りまいてみたり、無理に周りに合わせてみたりもしましたが、それはますます自分を苦しめるだけでした。
こういう私の気持ちを、慰めてくれたのが、植物たちでした。私は、いつの頃からか、寂しさを補うかのように、道端の花や、公園の木々や、よそ様のお庭の木などに、声をかけ始めたのです。その中で、時に、ほんのかすかに、彼らが返事を返してくれることに気がついたのです。
彼らに語りかけることを通して、私にも、少しずつわかってきました。彼らはただそこに生えているだけの存在ではなく、彼らに特有の霊性の香りを発しながら、私たちの心の糸に何かの想いを編みこんでくる、見えない力を持つ不思議な命なのでした。彼らが私たちにくれるものは、多く、言葉にならないものなのですが、私は、彼らとのかかわりを通し、私の感性と心を通して感じるものを、言葉にできないかと、考えはじめたのです。
これらの詩は、そうして書いた私の詩の一部です。まだ学びの途中で、表現力の足りなさを感じるばかりですが、少しでも、木々や花々の想いを正しく伝えていけたらと、思っています。





南野珠子花詩集


センダン

なぜ幸せになれないんだろうと
思ってばかりいるのは
自分の幸せのことしか
考えていないからですよ

人は自分だけでは
幸せになれないのだから
まずは目を周りに広げて
もっとたくさんの幸せと
自分の幸せを
響き合わせてみるんです

鳥や虫や森や 世界や
振り向くとそばにいる誰かさん
もっともっとたくさんの人たち
そして神さまの幸せと
共にありたいと願うんですよ

最初は難しくても
少しずつやっていきなさい
我慢強くしていれば
そのうち何かが変わってゆく
体中から花咲くように喜びがあふれ出し
喉が割れそうなほど 熱い歌が響きだす
心の底が すっぽり抜けて
青空の中に落ちたと思ったら
目の前で神さまが笑っている

幸せはいつも
自分の中にあったのだと
そのとき初めてわかるんですよ





光の中で

ときおり
光の中で
木のように
立ち尽くしていると
叫びだすような喜びに
全身を貫かれてしまう
ことがある

沈黙の形に
閉じ込めてはいるけれど
魂はもう空を飛んでいる
微笑が 光の珠のように
瞳からこぼれ出て
声にならぬ愛の言葉が
私の全てを埋めて
あふれかえってしまう
何もかもを
だきしめてしまいたくなる

ああ
木々が
全てのことに耐えて
立ち尽くし
続けているのは
このせい だったのか と

ただ 立ち尽くしているだけで
風にそよぐ木々は
ふりそそぐ光を
私たちのための声に
変えているのだ と





巨樹

幼いものは
本能的に愛するもので
愛がなにかわかって
愛している訳ではないのですよ

生まれ持っていた愛の卵のうが
なくなる頃になると
子供は大人への道を歩き始めるのですが
そのとき
人はしばし彼らがあまりに
愛に未熟なことに驚くのです

それは彼らが悪いわけではない
人は人としての時を食べて
自らを生きることによって
愛を学んでゆき
愛そのものへと成長していくのですから

だからこの世には
どうしても巨樹が必要なのです

あなたがたの生と死を
何度も何度も見送って
時に過酷な運命を耐えくぐりながら
永い思索の闇の中で
澄んだ愛の香りを醸してきた
美しい巨樹の心が必要なのです

なぜなら
時の深みに流れる大地の悲しみの歌の
そのしづかなる音律と言霊を
あなたたちの胸に伝えられるものは
巨樹の他にないからです





 

ヒノキ

やさしさだけでは
なまぐさくなる
きびしさだけでは
むごくなる

光と影を左右のポケットに入れ
空に向かって敢然と額をあげ
行く手を見据えなさい
あなたにはしなければいけないことがある

一度や二度のつまずきに
とらわれていてはいけない
そこで学ぶべきことを学んだら
次にすすみなさい
あなたにはしなければいけないことがある

泥沼のような哀愁に
とらわれていてはいけない
愛は腐りやすいものだから
傷み始める前に解き放たなければならない
そしてあなたには
しなければいけないことがある

学び 悩み 考えなければならない
なぜ人は苦しむのか
なぜ人は過つのか
暗い苦悩の霧の向こうに
光る何かがあるはずだ
それをつかまなければならない

そのためにあなたは生きるのだ





レモン


心を静かに整えて
欲を少なくしていましょう

美しい人よ
すえた我臭の泥沼に
身を浸してまで
その底で揺れる
琥珀の檸檬に
手を出してはいけません

あれは琥珀などではなく
沼にうつる金の木漏れ日

哀しみに全てを失ってしまう前に
瞳をあげ
あの空一面の
花の野をごらんなさい
沈黙の奥に折りたたんだ
あなたの水晶の心臓を
今 布のようにいっぱいに広げ
風の中に溶け込む
美しいこの星の香りに
さらしましょう

魂に風がとおり
心が澄みわたる
閉じ込められていた小鳥が
あなたの中で金の歌を歌いだす

あなたが求めていたものの
全てがそこにある




ケヤキ

人はひとりに一つずつ
一本の木を持っています
脳神経系がそう
ほら そっくりじゃないですか
樹冠のような大脳
木の実のような眼球
主根は脊髄 毛根は末梢神経

大昔の昔
まだ熱い海のすうぷの中
命という命がまだ小さな粒で
植物も動物も見分けがつかなかった頃
婚約指輪のように
お互いの遺伝物質を交わした
それが名残なのですよ

あれは遠い遠い約束
私たちがあなたたちに何を与え
あなたたちは私たちに何をくれたか
あなたたちはもう覚えていない

けれど私たちは忘れない
なぜなら私たちは
闇と光を結ぶ緑の神経系
悠久の記憶を刻み続ける地球の
目に見える思考そのもの

大地が私の身体
空が私の頭蓋
風が私の声

私たちは動かないのではない
常に地球と共に流れていく
その愛の叫びの ほとばしる形






愛を学ぶためには
それを失うことが一番なのだ
だから若者は
木に打ち付けられて死んだ
十字架は
伐り倒され滅びていく
森の予言でもあったのだ

冷酷な悪魔のように
神の愛の大きさが
かえって人を苦しめることがある
人間の小ささこそが
龍のように巨大な心の闇を生むものだから
驕慢の飾りが少しでも
自分を大きく見せるものなら
時にはどうしようもなく迷ってしまう
それが人間というもの

もの言わぬ森の愛を背負って
若者は滅びていく
その向こうには
光が潮のようにひいていく世界がある
彼はそれを指差して言う
さあ行こう
暗がりの時を乗り越え
その向こうでもう一度出会うために

たとえ最後の森が焼き尽くされても
世界はたった一つの種の叫びでよみがえる
必ず

光よ 再びあれ





モモ

わたしたちはいつも
やわらかい根で
地球の魂に触れています

(あげたい あげたい あげたい)

閉じた瞳の奥の
深い大地の思索に横たわる
巨きな沈黙の湖に
見えない琴糸を垂らして
いつも耳を澄ましています

だからこうして
実を結ぶのです

わたしたちの実は この美しい地球の
あまやかに香る 魂のかたち

その地球の思いを
あなたたちにわかる
かたちに変えて

(伝えたい 伝えたい 伝えたい)

奥底からつきあげる
光るマグマのような
その切ない愛の叫び
それが

すべてに耐えて
生きるわたしたちの
魂の糧なのです



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