「約束の樹」

Juhske

 

街で偶然出会った友人から、キミが結婚したらしい、と聞いた。
キミはあの約束を、僕の知らない他の誰かと果たしたのだろうか。

 あの夏、僕らはプールで遊んだあと、公園の広場へと歩いていた。ここに好きな樹がいるんだ、と笑いながら僕の腕を引くキミ。好きな樹がいる、という表現に耳慣れない面白さを感じた僕だけど、その樹の前に立って、その表現が何となしに分かった気がした。広い広い芝生の広場の中央、1本の大きな樹が立っていた。真っ青な空と巨大な白い積乱雲を背景に、その大きなケヤキは大きく枝を広げ、悠然と僕らを迎えてくれた。

 ね、綺麗な樹でしょ、キミは笑いながら、樹がつくる大きな木陰に座った。そして、実は他に逢いたい樹がいるんだ、と、まるで別の恋人の存在を告白するように、ある樹のことを話し始めた。何年か前にみつけた写真集に載っていた、北海道のハルニレの話。その樹に憧れ、逢いたいと思っていたとき、とても似た姿のこのケヤキに出会ったのだ、と。

 雷雨に追われ、ずぶぬれで逃げ込んだキミの部屋で、キミはその写真集を見せてくれた。あのケヤキとは少しだけ違うけど、確かに雰囲気は似ていた。広い草原にたたずむハルニレの大木。青空の下に、霧の向こうに、雪をいただいて、そのハルニレは立っていた。優しい、さわやかな風が僕の頬を撫でた気がして、僕のなかに、キミと同じ気持ちが広がっていくのが分かった。いつか、一緒にこのハルニレに逢いに行こ、キミの言葉に僕は頷き、タオルをかぶったまま、そっと僕らはキスをした。

 その秋、僕は近くの森林公園で偶然ハルニレの樹をみつけた。キミを連れて行った日、ハルニレの葉は黄金色に染まり、僕らの頭上から絶え間なく降り続けた。あの写真の樹とは姿が全然違ったけど、ほんとうに、美しい光景だった。飽きもせず、首が痛くなるくらいずーっと見上げていたキミは、本当に嬉しそうだった。

 つまらないケンカをしてキミと別れてしまって、もう何年になるだろうか。キミとの約束は果たせなかったけど、僕もあの写真集を手に入れて、たまに眺めている。

 キミはあの約束を、僕の知らない他の誰かと果たしたのだろうか。
僕もいつか、あのハルニレに逢いにいきたい、そう想いつづけている。

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構想3時間、執筆30分のフィクション(爆)
十勝川の河川敷に佇む、ある美しいハルニレへの憧れを書いてみました。時間が経って読み返したら恥ずかしくなるだろうなあ、という自分を想像してニヤケてます(^.^)

<2002年6月30日、府中の自宅にて。W杯決勝の結果に打ちのめされています……>


<次回の指名>

このきなんのき所長さん:名前のとおり、「このきなんのき」の所長さん。送られてきた写真を元に樹木を同定する鑑定サイトを運営していて、今日も多分、写真とにらめっこして樹種の同定をしていることでしょう。掲示板は多くのお客さんで賑わっていて、所長さんの人望を感じさせます。
我々、大きな樹にばかり目が行く者とは違って、大きさにかかわらず、優しい目を樹に注いでいる所長さん。
現在、樹に関する本の出版を目指して活動中、楽しみですO(^-^)O





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