楠のある小学校

このきなんのき所長

 

 “巨樹”という言葉には、文系的な響きを感じる。それに比べ私は、いつも理系的に木を見ているのかも知れない。いわゆる“巨樹”と出会っても、“老木”や“大木”としての一個体ととらえてしまう。だけどそんな私にも、“巨樹”と思っている木が、そういえば1本だけあった。小学校の校庭にあった楠(クスノキ)だ。

 山口県の田舎で育った少年時代、特に植物というものに興味はなかった。でも、週に一度は口ずさむ木の名前があった。小学校の校歌の中に「楠香る庭静か」というフレーズがあったのだ。全校児童100人を切るその小学校には、校庭の真ん中に楠の大木が立っていた。それ以外には目立った木はなかったので、まさに学校を象徴するような存在だ。幹の根元には、大きな空洞が口を開けていて、樹冠は少々いびつな形をしていた。今考えてみると、ずいぶん衰えた楠だったのかも知れない。

 でも、毎日その落ち葉を踏んで登下校し、掃いても掃いても落ちてくる落ち葉掃きもよくやった。校長は、朝の挨拶の中で、「あの校庭の楠のように・・・」と、よく長話をした。そんな木だったから、理屈抜きで楠は覚えてしまったし、幼心の中に、「あの楠は巨樹だ」というイメージが染みついていたように思う。


●卒業式の日の写真。後に楠が写っている。私は右から4番目(1989.3)

 楠のある小学校を卒業してから6年後、私は上京して大学に入った。そこで初めて木に興味を持つようになった。たくさんの知識を持って、山口の実家に里帰りしたある日、人気のない夕暮れの小学校を訪ねてみた。

そこには、小さな小さな、楠の巨樹があった。

高さは10mに届かないぐらい。いつ倒れてもおかしくないような、年老いた楠だった。でも、あの頃と変わらぬ姿で、生きていた。

「あの楠は、こんなに小さかったのか・・・」

私の中の、唯一の“巨樹”との再会は、年老いていつの間にか自分より小さくなってしまった親父と再会するように、寂しくもあり、嬉しくもあった。


●現在の楠(2002.7)

 


<次回の指名>

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