地蔵と桜

ベベパパ


 そうさなあ、儂が見てきただけでも、もうかれこれ百年以上になるかのう。かの日本画家の橋本関雪ゆかりの屋敷ということで「橋本記念館」という名前がついておった。

儂か? 儂はこの屋敷の庭先にずーっと居着いている「お地蔵様」じゃ。家主が何代も替わってきたのをずーっと見続けておるんじゃ。この屋敷は山の上の奥まった所にあってのう、大きな門構えをくぐると左手に蔵があり、母屋の二階から銅(あか)葺き屋根の渡り廊下が離れに通じているんじゃな。その離れの前庭には枯山水が設えてあって、横手の石段を上がると茶室があり、そこから京都の街が見渡せるという侘び寂び兼ね備えた屋敷じゃった。それは、そう、五十年ほど昔に五人の家族が移り住んできたんじゃ。子供は三人で女の子二人と男の子が一人、この家族、仲がいいのか悪いのか初中終(しょっちゅう)喧嘩ばかりしておった。父親は平凡な会社勤めで、母親は書道と華道の教室を開いておった。だから、その離れを稽古場にしておったんじゃ。そのお弟子さんたちで、この屋敷は人の出入りが甚だしく多かったようじゃ。
そのうち、茶室に空手家の学生が住み着いてのう、四十年以上も家族と苦楽を共にしていたようじゃ。そんな一家の唯一の楽しみが何と「猫苛め」じゃったんじゃ。屋敷の飼い猫はそれはもう猫可愛がりするのじゃが、殊余所の猫が屋敷に入り込んできたら、それはもう、たいへんな騒ぎが起こったものじゃ。家族全員が手に手に箒や鯨尺などの得物を持って、侵入者の猫を家中追いかけ回すんじゃな。追いかけられる猫は、もう必死で逃げ惑うんじゃ。
「ほら、そっち行ったでえ!」
「あっ、二階に上がったあ!ああっ!障子突き破ってしもたあ!」
階段の上と下、廊下の端、台所の流しの前、それぞれに各人が陣取って、追いかけ回すんじゃ。どこかの戸を開けてやればそこから逃げるのに、そうはしない。何といっても追いかけ回す快感を楽しむために、全部締め切ってしまうんじゃ。そのうちどこかのガラスや障子を突き破って逃げ出してしまうんじゃが、後の始末が毎度大変だったようじゃ。窮鼠猫を咬むもんじゃが、窮猫は失禁するようで、ものすごい臭いのおしっこをまき散らしておった。じゃが、そんなひと騒動の後の家族の表情は生き生きしておったぞ。おかしな連中じゃわい。

 儂のいる庭先には、一本の大きな桜の木があった。その桜は少々ボケ桜だったようで、春と秋の年二回花を咲かせておった。そして、その張り出した枝は屋敷の便所の屋根にかかって、いつも毛虫をぶら下げていたんじゃな。ところがここの母親が大の毛虫嫌いで、どんな小さな毛虫でも、見るといつもきゃあきゃあ悲鳴を上げておった。そんな家族が移り住んで十年ほど経った夏のある日、大きな台風が襲ってきたんじゃ。空手家の学生が一生懸命窓に板を打ち付けたりして風を防いでいたんじゃが、桜の木までは気がいかなかったんじゃな。風が強まってきた夜に、いきなりばきばきばき・・どんっ!と大きな音がした。みんなびっくりして見に行くと、桜の木が根元から折れて便所の屋根に覆い被さっていたんじゃ。

 夜が明けて、折れた桜の木を見てみると、便所の屋根に一本の枝先が突き刺さっていて一枚の瓦だけが割れていたんじゃ。空手家の学生が感動して云っておった。
「すごい、あんな大きな木が倒れても瓦一枚だけ割って止まってる。空手の技でも、あれだけの体重かけていたら瓦一枚なんかじゃおさまらないですよ。」
みんなにボケ桜だとか、毛虫桜だとか散々悪口云われても、最期は最小限の被害で収めてくれた桜の木には、家族全員感謝しておったようじゃ。ただ、その後がいかんかった。
父親が折れた桜の枝や幹を細かく切り分けて屋根から下ろそうとしたのじゃが、大柄だったのと、瓦が古かったのじゃろ、屋根の上を歩くたびに、ばり、ばり、ぱきん、ばきんと、ほとんどの瓦を割ってしまったんじゃ。その後の夫婦喧嘩は凄まじいものじゃったなあ。
「なにぃ、桜がせっかく一枚だけ瓦を割ってとどめてくれたのに、なんでお父ちゃんが全部割ってしまうのや。桜を見習ったらどうや!」
ははは、地蔵の儂から見ても、あれは桜が偉かったのう。
さてと、儂もここに長居しすぎたかな?
かといって、地蔵は歩けんからのう。せめて、まわりの草ぐらい刈ってほしいもんじゃ。儂の姿が隠れてしまうのはいいが、それよりあの桜の根元から若い新芽が出ているのを見たいからのう。ははは・・・


<次回の指名> 瀬川さんにお願いしようかな?

山などに入ると、「クマゴロウ」のごとくあたりの風景に溶け込んでしまって、時折見失いそうになってしまう。そんな時みんな思うのは、「ドウカシテルヨオ」これには、二つの意味がかかっており、「同化してるよお」と「どうかしてるよお(おかしいんじゃないの?)」・・・・なんてね?





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