オーストラリアの春

葉山ゆり

今から、10数年前、転勤で、オ−ストラリアに、移住しました。

夜、日本を発ち、翌朝、オ−ストラリアにつく少しまえに、飛行機の中から真っ赤な太陽が、海の地平線から上ってくるのをはじめて目にした時の感動は、今でも忘れることが、できません。

 その季節は、日本の秋、そしてオ−ストラリアでは、春でした。

街に出た時に、目にしたのは、家々の2階のベランダまで巨大に伸びている地植えのブ−ゲンビリア−−日本では、鉢植えでしかみられない--とか、日本では、鉢植えの、高級花である“君子らん”が、道端に、無造作に、贅沢に、植えてあったりetc と、花花が、咲き乱れていました。

その中でもひと際、印象に残っている樹が、今まで見たことのない、紫色の巨木に咲く花木=ジャカランタ=でした。


   

 オ−ストラリアの、紺碧色の青空の中に、咲きほっこっている紫色のジャカランタは、その大きさからと言い、姿かたちからと言い、色を、紫色に置き換えれば、日本の桜を、思い出させる花木でした。

ジャカランタを見る季節になると、日本の桜に思いを重ね合わせ、日本をしのび、日本の人々に思いを寄せていました。

 =ジャカランタ=は、千昌夫の、“北国の春”の歌とともに、日本への郷愁を誘う、私の思いで深い樹なのです。

 


<紹介>
葉山ゆりさんは、学生時代からの大の親友です。私が雨のときも曇りのときも晴れのときも変わらず付き合ってくれました。

このエッセイはご主人の転勤でオーストラリアに行かれた時のお話です。
現地では、草月流の生け花の先生として、オ−ストラリア人、中国人、韓国人、そして日本人に教えて、草の根国際交流をしていたようです。今は日本で生け花の先生として活躍中です。

花子     


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